7. 失われた遺産

バーリントン領にあるパブリックスクールへ入ったダイアナは、優秀な成績で飛び級(スキップ)をして、そのまま全寮制の大学(カレッジ)へ進んだ。十八歳で大学を卒業したダイアナは、本格的にバーリントン伯爵として動き始めた。

両親を亡くしてから、ずっと寄り付かなかったタウンハウスを基点にすることにして、領地で家令(ランド・スチュワード)を勤めていたコナーをひき連れて王都オーモンドへ向かう。

ダイアナとコナーの目の前に荒れ果てた屋敷が現れた。

タウンハウスの管理を任せていたはずの執事(バトラー)と女中(ハウスメイド)の姿はどこにもない。

「管理不行き届き、申し訳ございません」

「私がちゃんと管理してなかったから……」

ずっと領地にいたコナーに、この状況がわかるはずもない。自らを責めるコナーをダイアナは慰める。知らせを聞いたアイザックも駆けつけてきた。

「すまない。私がもっとちゃんとした執事を手配していれば……」

タウンハウスの執事を紹介してくれたアイザックも自責の念に駆られている。

「このように裏切られることなどそうはないが……、やはりこたえるな」

「過ぎたことを嘆いていてもしかたがないわ。それよりもこの屋敷を修復するほうが建設的だと思うの」

多くのものを失ってきたダイアナは切り替えも早かった。

アイザックやコナーの助けを借りて、タウンハウスの修理を手配する。そうして一息つくことができた頃、シェフィールド家に代々伝わる宝飾品や絵画などが失われていることが発覚したのだ。

運び出すのが難しい大きな絵画や彫刻は残されていたが、価値の高い宝飾品や小さな絵画などはことごとく持ち出されていた。

すぐに警察に盗難の届けを提出したものの、ほとんどが地下市場(アンダーマーケット)へ流出してしまったらしく、回収は難しいと告げられただけだった。

「なんてこと……」

警察は頼りにならない。

ダイアナは心の奥底に冷たい炎が燃え上がるのを感じていた。

両親を失ったダイアナにとって、ふたりが残してくれた遺産は拠り所だった。

「私は父上と母上の遺産を取り戻すわ。どんな手段を使っても」

コナーに向かって宣言したダイアナの瞳は冷たく凍っていた。頼りになる親類はいない。アイザックも何かと気にはかけてくれるけれど、いつもそばにいてくれたのはコナーだけだ。

「お止めしても無駄でしょうね」

無言で頷くダイアナに、コナーは口ひげを弄りながら告げた。彼が動揺しているときに見せる癖だ。

「でしたら、信頼の置ける仲間が必要です。あまり気は進みませんが……心当たりがあります」

そうしてコナーが連れてきたのは彼の息子、コンラッド・ハーシェルだった。執事学校を卒業したばかりだという彼は、子犬のような愛らしい顔立ちを裏切って近接格闘術が得意だという。

ダイアナは従僕(フットマン)としてコンラッドの採用を決めた。

「父のように立派な執事になってみせます」

「ふふ、楽しみね」

笑顔を見せることのなくなっていたダイアナの笑みに、コナーはすこし安心する。

遺産の行方を調べ上げたコナーはまずは極秘裏(ごくひり)にそれらの新たな所有者に接触した。盗品であることを伝え、買い取りを申し出ても、頷いてくれる者などまずいない。

「だったら盗み出すしかないわよね?」

「お嬢様……」

やはりこうなってしまったかと、予想がついていたコナーは、痛む頭を抱えつつコンラッドにサポートを指示する。

そうして怪盗アルテミスは誕生した。

事前調査をコナーが担当。実行役はダイアナで、そのサポートをコンラッドが受け持つ。そうして最初の獲物の奪還(だっかん)はあっけないほど簡単に行われた。

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