6. 回想

王国では新年を迎えると、多くの貴族たちは田舎屋敷(カントリーハウス)から王都にある街屋敷(タウンハウス)へ住まいを移す。ダイアナの両親も社交界の通例に習い、バーリントン領から王都へ旅立ったばかりだ。

いまだ社交界へデビューする年齢に達していないダイアナは、王都で退屈な日々を過ごすよりも、田舎の領地で過ごすことを選んだ。それに、バーリントンの屋敷には多くの遊び仲間がいる。

羊の放牧と蒸留酒の酒造で有名なバーリントンに住む人々は大らかで、素朴な人柄が多い。そんな土地で、ダイアナは家庭教師(ガヴァネス)について学問や礼儀(マナー)を学び、友人たちと野原を駆け巡って大いに遊ぶ日々を過ごしていた。

ダイアナのもとに両親が事故に会ったという知らせが届いたのは突然のことだった。知らせを受けたコナーと共に慌てて列車に飛び乗り、タウンハウスに向かったダイアナを出迎えたのは物言わぬ姿となった両親の姿だった。

「父上っ、……母上っ!」

自動車が崖から転落し、車は大破したという。引き上げられた車から見つかった遺体の損傷は激しいらしくダイアナは見ることが叶わなかった。けれど、くるまれた布からのぞく顔だけは不思議と傷ついておらず、美しいままだ。

ダイアナによく似た父の金色の瞳が開かれることはもう二度とない。母の優しい手が頭を撫でてくれることもないのだ。

泣き叫び、床にうずくまるダイアナをコナーが支えた。

「旦那様……」

突然の訃報(ふほう)は長くシェフィールド家に勤めてきたコナーにとっても大きな衝撃だった。

「どうして……こんなことに」

両親を失ったダイアナほどではないにしろ、コナーは大きな喪失感に胸が痛んだ。泣き疲れて眠ってしまったダイアナをコナーは抱きしめ、ダイアナの行く末を思って涙を滲ませる。

コナーがなにもかも手配し、所縁(ゆかり)の教会で両親の葬儀が行われた。

両親が棺に入れられ、冷たい土の下に埋葬される様子を、ダイアナはどこか心が麻痺したような感覚の中で見つめていた。

葬儀に参列した人々の間では臆面(おくめん)もなく次のバーリントン伯爵について噂されている。

ダイアナには兄弟もなく、バーリントン伯爵を継承できる血筋はダイアナひとりしかいない。領地の経営だけでなく、いくつか企業を所有しているシェフィールド家の財産は魅力的だ。

さながら甘い蜜に蜂が群がるように、隙を窺う大人たちにダイアナは取り囲まれる。

「ダイアナ!」

母の従兄弟(いとこ)であり、父の友人でもあったアイザック・カークランドは、葬儀が終わろうとするころ、息せき切って駆けつけた。

「遅くなって、すまない」

大きな企業を経営するアイザックは、海外で訃報を受け取ったらしい。慌てた様子で現れた姿は、洒落者(しゃれもの)で知られるいつもの彼らしくなく、灰色の髪も乱れていた。

しわひとつない顔はとても四十歳を過ぎたばかりには見えない。

「アイザック様……」

ダイアナはアイザックに抱きついて涙をこぼした。

「ダイアナ、泣くな……」

アイザックはダイアナを抱き上げ、背中を撫でて慰(なぐさ)める。

「私がそばにいるから……」

優しい言葉に、ダイアナはますます涙をあふれさせる。そう言ったものの、デヴォンシャー伯爵を賜るアイザックは領地の管理と会社の経営に忙しく、そばにいられる時間は少ない。

ダイアナはアイザックの気持ちを汲み取り、泣きながら笑みを浮かべて見せた。

バーリントンの領地を管理してくれるコナーがいるとはいえ、領主の任は十歳の少女には荷が重すぎた。それでもアイザックが後見人に名乗り出たことで、爵位の継承を王から許され、ダイアナは十歳にしてバーリントン伯爵を受け継いだ。父が株を所有する企業については、コナーが管理を受け継ぎ、アイザックも信頼できる人間をよこすとうけあってくれた。

葬儀も終わり、この先の身の振りかたに悩むダイアナに、アイザックが話を切り出す。

「少し早いが、ラ・ロサに入るのはどうかな?」

淑女の教育で有名なフィニッシングスクールへの入学を提案してくる。社交界へデビューする前に必要な教養や礼儀を身につけるために、寄宿舎制のフィニッシングスクールで学ぶのが貴族の子女の間では一般的なのだ。

デビュタントのことを考えれば現実的な選択だった。そんな提案に頷こうとしたダイアナをコナーがさえぎる。

「ダイアナ様の成績ならば問題なく中等学校(パブリックスクール)へ入学できるでしょう。将来、ダイアナ様が会社を経営されるのならば、大学(カレッジ)へ進学されることを視野に入れて、パブリックスクールに入られるのがよいかと……」

「ダイアナが望むならば私はどちらでも構わないよ。お金のことならば心配する必要はないし。どうするのがいいのかな……」

アイザックは思案に暮れている。

「アイザック様、もし許されるのならば、パブリックスクールに入りたいと思います」

「そうか……。ならば手続きを進めておこう」

優しい笑みを浮かべたアイザックに、ダイアナは頷いた。

「ダイアナ様、領地のことはお任せください」

「うん。コナー、お願いね」

こうしてダイアナは寄宿舎のあるパブリックスクールへ入学することになった。

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