15. 変貌

ダイアナは我が目を疑った。
ノーフォーク公の別荘にどうしてこの人の姿があるのか。
デヴォンシャー伯爵、アイザック・カークランドは亡き父の友人であり、ダイアナの後見人としてこれまで長い間彼女を支えてきてくれた。
「アイザック様……」
ダイアナは信じられない思いで彼の名をつぶやく。
「どうしてここに私がいるのかわからない、とでも言いたげな顔をしているね」
アイザックは楽しそうに茶色の澄んだ瞳を細めた。
ダイアナの父とそう変わらない年齢であるはずだが、いまだ青年と呼んでも通用しそうな、若々しい容貌を保っている。彼とは一年ほど前に夜会で顔を会わせた以来だ。ダイアナが成人と認められ、アイザックの後見を必要としなくなってからは、頻繁に顔を合わせることはなくなった。それでも、季節の挨拶のカードを贈りあい、互いの近況は知っている。
「ずっと待っていたんだ。……女神の末裔が現れるときを」
「なんの……ことですか?」
うっとりと目を細め、どこかここではない場所を見ているようなアイザックの声は、興奮に上ずっていた。
ゆっくりと彼がダイアナに近づく。
ダイアナは得体の知れない恐怖を感じて、総毛立った。
「まさか、女神の末裔がこんなに身近にいるとは思いもしなかったよ……。ダイアナ、君は女神の血を引く一族のことを知っているかい?」
アイザックは右手をダイアナの顔に伸ばした。ゆっくりと近づく手を、彼女は茫然としたまま見つめる。動けばなにかが壊れてしまいそうで、ダイアナは身動きひとつできずにいた。
「私の一族は古くから月の女神の血を引く者をずっと捜し求めていたのだよ。そうして、ようやく手がかりを見つけた。女神の末裔に受け継がれるという宝玉の存在を……。そして、君が手にしている絵にはその宝玉への道しるべが記されている」
アイザックはダイアナの頬に触れた。冷たい指が頬の上を掠めていく。ダイアナは知らず知らずのうちに恐怖に震えていた。
「でも、この絵は父が持っていたものです!」
ダイアナは父の遺品である絵を胸元にぎゅっと抱きこんだ。
「そう……。だが、残念ながらクリストファーは女神の末裔ではなかった。もしそうであったならば、その絵が反応していただろうからね」
アイザックは興奮に瞳孔を大きく開き、瞳を爛々と輝かせている。
「君が手にしたいま、その絵は輝きを放っている……」
陶然とした表情で、アイザックはささやきながら、ダイアナの頬に触れた指を首筋に沿って下ろしていった。
「私には輝きなど見えません……」
「ふふ……。自ら輝く者にはその光は見えぬものだ。だが、それがなによりの証拠となる」
アイザックの手が首筋をたどり、鎖骨の辺りへと進んでいく。ダイアナは震える身体に活を入れた。膝を曲げ、腰を落としてかがむと、一気にうしろに跳躍してアイザックと距離をとる。
彼がこの場に現れた真意を問いただしたいという気持ちと、早く逃げなければという焦りがダイアナの心の中でせめぎあう。
「さあ、……おいで。私の手をとりなさい。そうすれば、すべてを教えてあげよう」
差し出されたアイザックの手はひどく誘惑的だった。
彼の手をとれば、なにかが決定的に変わってしまう。そんな予感がする。
ダイアナは逃げ出すことも、彼の手をとることもできずに立ち尽くした。

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