17. 警告

「お前か、ファイというのは」

サファイアブルーの瞳は冷たい色をしている。

イリヤは背筋に寒気が走るのを感じた。

――この男、普通の人間じゃない。

イリヤはオメガから浴びせられる殺気に、思わず戦闘姿勢を取りそうになってあわてて抑えこむ。胸に付けられた徽章から相手が中佐クラスの人間だということが分かる。

「Yes,Sir」

オメガは椅子から立ち上がると、イリヤに近づいた。

ぐるりとイリヤの周りを観察しながら一周すると、オメガは口を開いた。

「監査部から話は聞いたな?」

「はい」

「誰かのあとばかり追って、任務をおろそかにしないことだ。せっかく得た場所を失いたくはないだろう?」

オメガが意図することに気付いたイリヤは表情を変えることなく、内心で目の前の男を罵った。

――ふざけるなっ!この××野郎。

「ご忠告、感謝します」

イリヤが敬礼すると、オメガはそれきりイリヤに興味を無くしたかのように休憩室を出て行く。

入れ替わりにクシーが休憩室に現れた。

「やっぱり、オメガに目を付けられたのね」

呆れたようなクシーの口調に、イリヤは片方の眉を上げるだけで答えようとはしない。

――あれが、オメガ……。

「皆、どうしてアルファにばかり夢中になるのかしらね」

ため息と共に吐き出された台詞を背にして、イリヤはこれ以上この場所では休憩を望めないと、部屋を出ようとした。

「ファイ、待って」

「何か?」

イリヤは面倒だと思いながらも、後ろを振り返ってクシーの顔を見つめる。

「局内での恋愛に口をはさむほど野暮ではないつもりだけれど、アルファに近付けばオメガが黙っていないわよ」

「ああ、すでに忠告というか警告は受けた」

「だったら」

「それくらいで、やめられるものならとっくにやめている」

イリヤはクシーの声を遮ってそう言い放つと、今度こそ休憩室を後にした。

――どいつもこいつも、口を開けばアルファに近付くなだとか、ふざけているとしか思えない。私が誰を好きになろうと、勝手だろう!

内心、怒り心頭に発していても、イリヤの顔に感情は現れない。いつもより早い足取りが、その心をわずかに表しているくらいだ。

イリヤは自分の席に戻り、猛然と仕事を片付け始めた。

自分の意識を電脳空間に切り替える。イリヤはいつもこの感触に慣れることが出来ない。

どうしても生理的な嫌悪感が自分を襲う。こんなことを素早くやってのけるアルファの技量にはいつも感心させられてばかりだ。

AIのサクリファイスから割り当てられたデータに目を通していくと、ふとデータ全体を見渡した瞬間、違和感を覚えた。

――なんだ?まさか、データが抜き取られている?

違和感を否定しようと、数日前からのデータまで遡って確認するが、違和感がますます強くなる。

割り当てられたデータから、恣意的にデータが抜き出されている痕跡を発見し、イリヤはニヤリと笑みを浮かべた。

――ふーん。面白い。私に喧嘩を売ったこと、後悔させて差し上げましょう。

イリヤは好戦的な気持ちが湧きあがるのを抑えきれず、笑みを深くする。

自分の持てる知識のすべてで、自分の作業領域(ワークスペース)に罠(トラップ)を仕掛けていく。侵入者を撃退するのではなく、追跡し挑戦者が誰かを突き止めるために。

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