一七. エルトの街へ

栞たちは順調にエルトの街に向かって歩みを進めていた。
進む先に現れる魔物は、少しずつ凶暴なものが多くなっているように思われる。けれど、リアムが魔物を足止めし、レイモンドが攻撃を補助、エドワードが回復を担当することで、栞のバグ退治の効率は格段に上がっている。
四人での戦闘に次第に慣れてきた栞には、周囲を見回す余裕が生まれつつあった。
周囲には栞が見たことのない木々が生い茂っている。それほど幹も太くない木々は、広葉樹の一種だろう。
適度な木漏れ日が差し込む風景が、まるでピクニックやハイキングに来ているかのように栞は感じさせていた。だが、そんな栞の前にやはりファンタジーな世界なのだとしか言いようのない光景が飛び込んでくる。

「ねえ……あれはなに?」

ぽかんと口をあけ、茫然とつぶやいた栞の視線の先には、不気味な黄みがかった光を発する、奇妙な形をした岩が地面から突き出ている。

「ああ……あれか。竜の顎(あぎと)と呼ばれているが、ただの岩だ」
「えぇ? ただの岩なの?」

足を止めたリアムは、栞に説明をしてくれる。

「あの岩が光っているのは、陽光石(ようこうせき)を含んでいるからです」

エドワードがリアムの説明を補うように口を開いた。

「陽光石?」

聞きなれない言葉に、怪訝な顔で栞はエドワードを仰いだ。

「はい、太陽の力を秘めた鉱石です。魔法を使うときの助けになりますが、魔力を引き出すことができるのはほんの一部の力を持った魔法使いだけなのです。なのであまり市場での需要はありませんね」
「ふうん……」

もしお金に換えられるのであれば、軍資金にでもなればいいなあという栞の目論見は、はかなく消えた。だいいち、本当に価値のあるものならば、こんな道端に放置されることはないだろう。
旅費に関しては、リアムとエドワードにまかせっきりなので、栞は少々心苦しく思っていたので、少々がっかりしながら相槌を打つ。

「シオリならば……できるかもしれない」

黙って話を聞いていたレイモンドが口を開いた。

「え、本当に?」

期待をにじませ、レイモンドに駆け寄った栞は、じっと彼の目を見つめる。

「ちょうどいい。魔力を感じる訓練にしよう」

栞の意識はレイモンドの琥珀色の瞳に吸い寄せられる。どきりと心臓が軽くは跳ねる。

すごくきれいな瞳……。吸い込まれてしまいそう。

栞の鼓動はいつもより早く、手のひらにはうっすらと汗がにじんでいた。自分の体が示す反応は、身に覚えのあるものだった。

もしかして私、彼のことを好きになり始めている……?

栞は背筋に冷水を浴びたようにぞっとした。この異世界で恋しく思うような大切な人は作ってはならない。それは栞がこの世界に来てすぐに決めていたことだった。
いずれ家族や友人の住む地球に、日本に戻る日が来る。
たとえ恋人という関係になったとしても、ふたりの間に未来はないのだ――そう思っていた。だからこの世界では誰も好きにならない。
助けてくれたリアムやエドワードには感謝しているが、栞の中ではあくまで友人に近い協力者という位置づけでしかなかった。
だが、レイモンドとは出会ったばかりだ。自分でもどうしてこんなに彼のことを意識してしまうのか不思議だった。

今はこんなこと考えている場合じゃない。

ふう、と大きく息を吐いて心を落ち着けると、栞は元気よくレイモンドに向かって頭を下げる。

「それじゃあ、よろしくお願いします」
「ああ、もう少し近づこうか」

レイモンドに手を引かれ、栞は黄色い光を放つ岩に近づいた。

レイモンドと栞が岩に近づいたのを見て取ったリアムはふたりに声をかけた。
「ならば、俺はすこし先を偵察してくる」
「私もいっしょに行きます」
エドワードは歩き出したリアムの背中を追った。
リアムとエドワードが立ち去ると、栞は改めて岩に向き直る。
レイモンドが岩に向かって腕を伸ばす。伸ばした腕が栞の背後から顔の横を掠めた。
特に何かされたというわけでもないのに、栞の頬は上気し、赤く染まり始めていた。

お、おちつけ。私!

「こんなふうに手を伸ばして、魔力を感じてみてください」
「は、はい……」

暴れる心臓をなだめすかしながら、栞は自らの腕を、光を放つ岩に向けて伸ばした。

なんだろう? ほんのりと温かい気がする。

そのままゆっくりと岩の表面に指先を近付けて触れてみる。日向(ひなた)で温もった石のような温もりを指先が伝えてきた。

「あったかい……けど、別に何も感じないよ?」

栞は後ろで見守っていたレイモンドの方に振り向き、彼の顔を見上げた。
真剣な表情の琥珀色の瞳と視線がぶつかり、一時忘れていた動揺が再び栞を襲う。

「筋はいいです。そのぬくもりは陽光石からあふれているわずかな魔力をシオリさんが感知している証拠です。そのままで……もっと深い場所にある魔力を感じてみてください」

確かにあたりには木が生い茂っており、かすかな木漏れ日が差し込むくらいでしかない。太陽の熱というには日差しが少なすぎた。その証拠に辺りを照らしているのは陽光石から放たれる黄色い光だ。

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