22. 侵入者の正体

レイはイリヤが見つけた侵入元のサーバの解析結果を受け取り、頭を抱えたくなった。

――まさか、クシーが『赤の翼』と繋がっているとは……。

けれど厳然たる事実がレイに示されている以上、調査をせざるを得ない。

早速VVMに接続し、クシーの経歴、交友関係、最近の行動を洗い出す。表面上はUIAの局員として違和感を覚えるものは何一つなかった。

だが、ファイのワークスペースに潜入型のウィルスを仕掛けていたのは確かにクシーなのだ。

幼少期のデータにかすかな違和感を覚えたレイは、電脳世界に存在する教育システムのサーバのデータに侵入する。該当する学園の場所を確認したレイは直接足を運ぶことを決めた。

この世界はほとんどがデータ化され、必要なときに必要なデータを閲覧できるようになっている。けれど、それゆえにデータ化できないものはそこから欠落してしまうという欠点を持っていた。

Section9に所属するクシーは本人なのかも含めて調査する必要があると感じたレイは、すぐに行動に移る。

画像通話(ヴィジフォン)でオメガを呼び出す。

「何だ?」

「オメガ、クシーを拘束してくれ。テロリストと内通している可能性がある」

「了解した。デルタ、イプシロンを向かわせる」

「詳しい話は直接会って話す」

確保を要請したレイは続いてニューとファイを呼び出した。

「私の執務室へ来てくれ」

画像通話で直接二人を執務室へ呼び出したレイは、唐突に切り出した。

「ニュー、しばらく統括の権限を一部代行してくれ」

「かまいませんが、なぜファイも一緒に呼ばれたのでしょうか?」

普段から一緒に仕事をすることの多いニューが、レイの仕事を代行することに異議はない。けれど、Section9では新入りとしてしか認識されていないファイを呼び出したことに、ニューは疑念を感じていた。

「X-000を使いたい」

「あれはV/STOL機でしょう?」

「ああ、だからファイに頼みたい」

垂直/短距離離着陸機として運用が可能なX-000は通常のVTOL(ヴィトール)機よりも操縦が難しい。空軍のパイロットを務めていたイリヤであれば操縦可能だろうと、レイはイリヤの顔を窺った。

「V/STOL機ですか……。確かに操縦経験はありますが、その機体コードは聞いたことがありませんね」

首をかしげつつ、イリヤは現在運用されているV/STOL機を思い浮かべている。

「ああ、X-000は試作機だからな。正式に運用されれば別名称がつくだろう」

「試作機っ!そんな不確かな機体でいかなければならない場所は何処ですか?」

「お前の意見は聞いていない」

抗議するイリヤをレイは冷たく切り捨てる。

「それで、操縦できるのか、できないのか?」

「……できます」

俯いたまま渋々答えたイリヤを横目にレイはすぐに歩き出す。

「では、18:00にベースへ集合だ」

空港の近くにある空軍の基地の場所を指定され、イリヤは体を強張らせた。

「イエス、マム」

レイはオメガに詳しい事情を説明するためにさっさと部屋を後にする。レイの執務室に取り残されたふたりの局員は複雑な心境を隠せなかった。

「何が起きているか、知っているのか?」

「多分ですが、Section9への侵入者が誰だか判明したのだと思います」

「そうか……、それであんな無茶を言い出したのか」

ニューはイリヤの回答に納得の表情を見せる。

「付き合いの長いあなたでも無茶だと思うのですか?」

「ああ、X-000は情報戦に特化した機体だ。来年にはUIAに正式採用される予定だが、所詮試作機でしかない。通常のVTOLよりはましだろうが、十分注意してくれ」

「アイアイ、サー」

状況を理解したイリヤはすぐに準備に取り掛かった。

 

 

「レイ、どういうことだ?」

「ミューは赤い翼と繋がっています。上手く聞き出せれば、紅い翼の尻尾くらいはつかめると思いますよ」

オメガの執務室へと入った途端に詰め寄られたレイは正直に理由を告げた。

「それで、今日の出撃予定はどういうことだ?」

「Area10へ向かいます。ミューが幼少期に受けた教育機関が怪しいので直接調査に向かいます。X-000を使用し、同行者はファイとラムダ、ニューは本部待機で私のサポートを」

淡々とした様子で作戦内容を告げるレイをオメガは黙って承認した。

「X-000を使う必要があるのか?」

「……はい。私の予想が当たっていれば、大きな衝突があるかもしれませんので」

「そうか、了解した。責任は私にある。お前は統括としての任を果たすことに集中していればいい」

「ありがとうございます」

そのままオメガの前から立ち去ろうとするレイを、オメガは手を引いて引き留めた。

「何でしょうか?」

「レイ、……気を付けて」

切ない光を湛えたサファイアブルーの瞳が急接近する。

キスをされそうになったレイは、慌てて身をかわしてそれを拒んだ。

「もう、貴方とそういう行為はしないことにしました」

「どういうことだ?」

腕をすり抜けた温もりを悲しく感じながらオメガはレイに問いかける。

「私はファイと恋人になりました。不誠実な恋人ではいたくないので」

「恋……人……?」

「私が恋人を作ったのがそんなにおかしいことですか?」

愕然と目を見開くオメガの様子に、レイは挑みかかった。

「そう……か……」

力を無くした様子のオメガに対して、注意を払うことなくレイは作戦の準備に取り掛かる。

レイが去った後の部屋では、オメガが小さく呟いた。

「私のやり方が間違っていたのか?」

その問いに答える者は誰もいない。

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