23. 急襲

目的地へと向かうX-000の機内はエンジン音がうるさく、局員たちはインカム越しに作戦の説明を受けていた。

「これより作戦を開始する。目標はクシーが在籍していたアフマル学園の調査……と言いたいところだが、状況によっては戦闘の可能性がある。各自、留意しておいてくれ」

「目標はSection9の管轄を越えていますが、問題ないのですか?」

ラムダの問いかけにレイは頷いた。

「既にSection10へは通達済みだ。必要ならば援助を要請する。そのような事態にならないことを願っているが……」

レイの目は戦闘があることを予期し、ギラギラとした光を放っている。

バイザーに映し出される情報は目的地が近いことを示していた。

「アルファ、間もなく上空に到達します」

イリヤからの報告を受け、レイは校庭に着陸するよう指示する。

「そんな無茶な!」

「命令だ、やれ」

レイは憤慨するイリヤにかまわず、機内に設置されているVVMに手をかける。

「向こうからの反撃に備えて、私は潜る。着陸後、ふたりはすぐに学園の管理室を制圧しろ。私も追って向かう」

「イエス、マム」

「……イエス、マム」

レイは仮想世界へと潜り込んだ。

予想通り、堅牢な防御網が学園の周りを取り囲んでいるのが見える。

「さて、行くか」

外からは見えないVVMのコクピット内部でレイは瞳を輝かせた。

イリヤはX-000を操ってゆっくりと学園の校庭に降下を開始した。エンジンの形状を下向きに変形させ、下降気流を発生させながらゆっくりと降り立つ。

慎重な操作が要求される着陸を終えたイリヤは手のひらにびっしりと汗がにじんでいることに気が付く。けれどそれを気にしている余裕はない。エンジンを切ったが、いつでも垂直離陸が可能なように簡単なパスコードだけを設定してコクピットを離れる。

ラムダと合流したイリヤは、レイを機体に残したまま作戦通り学園の管理室に向かって走り出した。

情報を入手したレイが次々とバイザーに見取り図と侵入経路が表示される。

途中の警報装置の類はレイがすべて無効化してくれているようで、学園内はひどく静かだった。

このまますんなりと侵入可能かと思われたが、レイの読み通り廊下の向こう側から大勢の武装した人の気配を感じて、とっさにラムダとイリヤは体を物陰へと潜める。

「どうやら、お出ましのようだ」

「ああ。十人ってところかな」

ラムダのインカム越しの声にイリヤも同意する。

「俺が先に行く。お前はサポートにまわれ」

「了解」

ラムダが走り出すのを合図にイリヤは彼の後を追って走り出す。何とか遮蔽物の陰からアサルトライフルで応戦する。敵の数が多く、なかなか前に進む隙が見えずにイリヤは苛ついた。

「ファイ、焦るな」

少し前方の柱の陰で、同様にアサルトライフルを構えるラムダから叱責の声が飛ぶ。

「すまない」

イリヤは深呼吸をして気持ちを切り替える。

「攻守交代だ」

イリヤは宣言と同時に駆け出した。

ライフルを構えた敵の前面へと躍り出ると、あっという間に三人を沈黙させる。後ろからサポートするラムダも二人を沈めていた。

――これで、半分。

イリヤは柱の陰で息を整えると、再び地面を蹴って走り出す。同時に太腿に装着したナイフを取り出し、敵に向かって振りかざした。

「っわあああ」

接近戦には慣れていないのか、敵は慌ててライフルを振り回すが当たるはずもなくイリヤの突きによって崩れ落ちる。

吹き出す血を浴びないようにイリヤは後ろへと下がる。

仲間を殺されたことで逆上した敵が、イリヤに向かって銃口を向けた。

無防備になった敵の姿を素早くラムダが仕留める。

残った敵は不利と悟ったのか退却していった。

死体の転がる廊下を通り抜け、イリヤとラムダはナビゲーション通り管理室の前にたどり着く。

管理室の扉に手をかけようとしたイリヤの後頭部に銃口が押し当てられる硬い感触が当たった。

背後にはラムダしかいない。

「お前も……か?」

「ああ、そうだ」

ひどく辛そうな声が返ってくる。

「どうして裏切る?」

イリヤはゆっくりと後ろを振り返った。銃口はイリヤを捕えたままだ。

「キングには逆らえない。運が悪かったな」

「私を消してもアルファがまだいる」

「ああ、アルファ……か。そうだな……」

ラムダの切なそうな顔を、イリヤは意外そうに見つめた。

「キング、それがお前の主なのか?」

「ああ、慈悲深く、そして冷酷な方だ」

「それは矛盾していないか?」

「ああ、そうだ。おしゃべりが過ぎたな」

ラムダは引き金に指をかけたまま、いきなり白目をむいて倒れる。

背後にはレイの姿があった。

「レイ……助かりました」

「作戦中だ。コードネームで呼べ」

イリヤには一瞬何が起きたのかわからなかった。

気配を殺して近づいたレイの強烈な回し蹴りを食らい、ラムダはあっけなく昏倒したのだ。

レイは手早く気を失ったラムダを拘束していく。後ろに手をまわして結束バンドで拘束すると、足首と膝も同様に縛り上げる。ナイフや銃などの武器もチェックして取り上げると、気を失ったままのラムダを床に転がしておく。

管理室のドアをライフルで打ち抜いたレイはさっさと中に入ってしまった。

管理室に映し出されているモニターには、学園の各所に取り付けられた監視カメラの画像が映し出されている。

今日は休日の為、どの教室にも人影はない。

「ファイ、周囲を警戒していろ」

「アイアイ、マム」

レイは手早く管理端末に接続すると、情報を引き出し始めた。

もともと、この学園は優秀な人材を育成する特殊な学園だったようだ。通常の教育カリキュラムとは別に宗教や、武術、情報技術など専門的な分野に力を入れているらしい。

卒業生の名簿に軽く目を通したレイは目を見張った。

――これは、まさか……。

これまでに捕えられた『赤の翼』の構成員の中に該当する顔がいくつか存在していた。

もっと多くの情報を収集するため、レイが他のデータをチェックしようとした瞬間、意識が現実に引き戻される。

「アルファ、敵です」

素早く意識を切り替えたレイは、アサルトライフルを構えて扉の脇に張り付いた。

扉の反対側ではイリヤも同様に壁に張り付いている。

「敵の数は?」

「左右から五人ずつ来ます」

「面倒だな……」

データの収集はオートボットに任せてあるが、まだ作業は終わっていない。床に転がしてあるラムダも回収する必要があるため、もうしばらく時間を稼ぐ必要があった。

「ファイ、ラムダを連行して先にX-000へと戻ってくれ。後で会おう」

「ちょっと待ってください、アルファ?」

レイは敵のせん滅を決意し、イリヤの制止を振り切って管理室を飛び出した。

飛び出したその速度は通常の人間の反応速度を超えていた。

GRチルドレンの長所である強化された肉体で、通常の人間では成しえない動きでレイはまず右から来る五人の敵に迫る。

アサルトライフルの銃口からは断続的に弾丸が発射され、敵は反応する暇も与えられずに次々と銃弾に倒れていく。

レイは踵を返して、体を反転させる。その間もたった今確保したイリヤの脱出経路をバイザーに送り、走り出す。

ラムダを背負ったイリヤとすれ違いざま、人差し指を上に向けてサインを送る。

イリヤが頷くのを見て取ったレイは、薄い笑みを浮かべた。

――こちらの敵をイリヤの元へたどり着かせるわけにはいかない。

レイは弾倉を交換しながら敵の元へ向かって走る速度を上げた。

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