19. 愛と執着

「私はお前を愛してはいない。……おそらく、私には愛するということが分からない」

レイのいつもの強気な様子はなりを潜め、幼子のような頼りない目でイリヤを見上げていた。

「お前のうそぶく愛とはなんだ? それが執着だというのならば、私には受け入れられない」

レイの脳裏にはオメガと過ごした日々がよみがえる。

 

 

自分を化け物か何かのように扱う育て親の元で、レイはいつも己を殺して生きてきた。

GRチルドレンとして生みだされたレイの遺伝子の提供者は秘匿されていた。家族との信頼関係を学ぶためという理由で、ごく普通の夫婦の養子となったレイは、自身の欲求のまま知識を求めた結果、周囲からはかなり浮いた存在となってしまった。

育ての親もどう扱ってよいのか分からなかったのだろうと、今ならば思える。

けれど、当時のレイには両親が恐ろしいものを見る目つきで自分を見ていることしかわからなかった。

知能は発達していても、情緒面では普通の初等教育過程を受ける前の子供と何ら変わりはない。腫物を触る様な周囲の環境に、レイはいつしか感情を露わにすることをどこか置き去りにしてきてしまったのだ。

そして、レイを育ての親の元へ預けた研究者は結局レイを引き取ることになった。

そこで出会ったショウ――のちのオメガ――は随分とレイの事を可愛がってくれた。

レイにとってショウは家族と言える唯一の存在となった。

求めれば与えられる知識と、見守ってくれているという安心感。育ての親の元では感じられなかった愛情を徐々に受け入れ始めたレイは、ようやく人と関わることが出来るようになった。

けれどそんな幸せな時間はあっという間に崩れてしまった。

「レイ、私と子供を作る実験に付き合ってほしい。それで私たちはこの研究所から自由になれる」

最初は彼が何を言っているのか分からなかった。

「……なぜ?」

震える声でショウに問い返す。

「この実験に協力して、一年間我慢をすれば私たちはここから自由になれる」

「でも、それってショウと私がセックスするということでしょう?」

「……ああ」

頷くショウにレイは絶望しか感じなかった。

――私がショウの間にあったと思っていた絆は、脆く、儚いものだったのだ。どうして家族ではいられないの? 私は別に自由など望んではいない。ショウと二人で過ごせればそれでよかったのに。

レイはせめてもの抵抗として、心にもないことを口にする。

――避けて通れないことならば、いっそのこと……。

「どうせ誰かとするならショウのほうがマシ」

レイの返事にショウは傷ついたような顔をしていた。

――どうしてそんな顔をするの? 最初に裏切ったのは貴方の方なのに……。

最初のセックスは羞恥と、痛みしかわからないまま体の上を通り過ぎていった。わけの分からない熱に翻弄されるままレイはショウと体を交えた。

ショウがレイを抱くたびに、次第に快感を覚え始める体にレイは心底自身を嫌悪した。

――これはただの生殖行為だ。

そう自分に言い聞かせて、愛撫に理性を失いそうになる自分をどうにか押しとどめていた。

「レイ、愛している」

度々囁かれるショウからの愛の言葉はレイの耳を素通りしていく。

――こんな行為が愛だというのか? ショウは確かに私に執着している。この執着がショウの愛の形だというのであれば、私にさっぱり理解不能だった。

交わりの回を重ねるごとにレイの気持ちはショウから遠ざかって行く。

ショウの行為が優しくなっても、レイにはただの体の交わりとしか思えなかった。

 

 

「どうしました? レイ、なんだか心ここに有らずといった雰囲気ですね」

イリヤの声にレイは過去を辿っていた意識を引き戻す。

――ショウとの間には感じなかったけれど、イリヤとの行為は嫌ではない。むしろ……。

そこまで考えてレイは羞恥に頬を染めた。

どうしてかはわからないが、イリヤとの行為にはこれまで感じたことのない感覚と感情を感じるのだ。

「誘っているのですか?」

「違う!」

一転して捕食者の笑みを浮かべたイリヤにレイは反発しながらも、視線を絡め取られるのを感じる。

「頬を染めるレイは可愛い」

「……っな!」

初めて言われる感想に、レイはますます頬を赤らめた。

「ああ、本当に可愛い。もう、我慢できません」

迫るイリヤの唇をレイは黙って受け入れた。

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