マウリシオは婚儀が終わったので、王への手紙をしたためていた。
自身の体調不良を理由に辺境伯の地位を娘に譲りたいという内容を記す。あわせてナディアとフロレンシオの結婚についても報告し、手紙をフェリクスに託した。
「王都に戻るときに、持って行ってほしい」
「わかった」
無事婚儀が終わった今、マウリシオはベッドの住人になっていた。何とか娘を花婿へと手渡すことができ、ほっとしていた。これで心配はないだろう。ナディアが幸せになるのを見届けることが出来ないことだけが心残りだった。
「なあ、フェリクス。もう会えないかもしれないから、言っておきたいことがある」
「何だ?」
「フロレンシオを婿にくれて、本当にありがとう。おかげで安心して後を任すことが出来る」
「そうか……。本当にお前の体はもう、手遅れなんだな?王都の医師に診せればあるいは……」
「フェリクス、いいんだ」
マウリシオはフェリクスの言葉を遮った。
「田舎の悪がきが辺境伯にまで出世して、可愛い娘と立派な婿まで迎えて、これ以上望むのは、望みすぎってもんだ」
マウリシオは命の尊さを知っている。そしてその儚さも。
誰にでも訪れる命の終わりの時を安らかにベッドの上で迎えられるとは思っていなかったから、上等だ。
「すまんが、後を頼むな」
「ああ」
フェリクスは頷いた。
このままこの部屋にいると泣いてしまいそうになったフェリクスは、マウリシオの寝室を黙って後にした。砦へと戻ると騎士団の面々が副団長の結婚を祝って宴会を繰り広げていた。辺境伯の屋敷からは十分な酒と料理が届けられている。
今日はめでたい日で、泣いている場合ではない。
フェリクスはマウリシオの病の事を忘れようと、祝いの宴に加わった。
結婚式が無事終わり、白百合騎士団は日常を取り戻しつつあった。副団長のフロレンシオは特別休暇で領主の館にとどまっているが、他の騎士たちはいつも通り辺境軍と共に国境の見回りに出ていた。無事、カルバハル軍の撤退も確認し、そろそろ王都へと帰る時期が近づいていた。
フェリクスはフロレンシオの除隊を命じ、新たにアリシアを副団長として任命した。
「謹んで拝命いたします。フロレンシオ様には及びませんが、精一杯務めさせていただきます!」
アリシアの力強い言葉に、フェリクスは頷いた。
「王都への帰還命令が出ている。明日、王都へ出立する。準備を整えておけ」
「承知しました」
アリシアは元気よく部屋から駆け出していく。
フェリクスは若さを眩しく感じながらも、自分が果たすべき役目は終わっていないことを知っていた。
翌日、白百合騎士団はフロレンシオを残して王都へと出立した。