翌朝、ふたたび魔法ギルドを訪れた栞たちは、すでに求人に応募があったことを知った。
「お客様の求人に対して三人の応募がありました。この中で最も実力があるのは、レイモンド・ローズです。他の二人もレイモンドに比べれば実力は劣りますが、まあ大丈夫でしょう」
ギルドの職員はにこにこと営業スマイルを浮かべている。
「面接なさいますか?」
「はい。ではおすすめの方に連絡をお願いいたします」
エドワードがギルド職員と交渉するのを栞とリアムは後ろで見守っていた。
「では、今すぐでもよろしいですか? ちょうど彼は応募したところで、まだこのギルド内にいますのですぐに呼び出せます」
「それなら、すぐに面接をお願いします」
「では、応接室へご案内いたします」
職員の案内で栞たちは応接室へと通された。低いテーブルとソファが並べられており、栞たちはソファに腰を下ろして応募者が現れるのを待つ。
どこの世界でも事務所ってこんなものだよね。
栞には何が描かれているのかさっぱりわからない壁に掛けられた絵を眺めていると、扉がノックされ先ほどの職員が顔をのぞかせた。
「レイモンド・ローズさんです」
「あ!」
「ああっ!」
エドワードと栞の驚きの声が重なった。
職員の後に続いて姿を現わしたのは、昨日栞にパートナーとならないかと声をかけてきた男だった。
「お知り合いですか?」
「いえ、昨日声を掛けられただけで……」
怪訝な顔をする職員に対する栞の答えはしりすぼみになった。
「別の人にしてください!」
憤懣やる方ないと言った様子で、エドワードが立ち上がる。
「エド、どうしたんだ? いきなり」
普段、温厚なエドワードがこれほど苛立ちを見せるのも珍しく、リアムがとりなそうとする。
「この人は昨日、シオリさんにパートナーにならないかと声をかけてきたんですよ!」
「あー、なるほど」
リアムは納得した顔をしている。
「すみません。この街ではというか、魔法使いは初対面でもパートナーに誘うのは割とよくあることなんですよ。魔力至上主義とでも言いますか、魔力が強くなるためなら何でもしてしまうので……」
こんなことで顧客からあらぬ評判を立てられてはたまらないと、慌ててあいだに入り事情を説明してくれる。
「他の街から来た人にはなかなか受け入れ難いことかもしれませんが、どうかご容赦願えませんか?」
それまで黙っていたレイモンドが口を開く。
「昨日は初対面で不躾な申し出をしたこと、申し訳ない。これでも仕事の腕には自信がある。面接を受けさせてもらえないだろうか?」
昨日とは打って変わって下手に出た態度に、エドワードと栞は戸惑う。互いの顔を見合わせ、どうしたものかと表情を探り合う。すでに昨日の気まずさは残っていなかった。
「私は別にいいですよ。実力の確かな人にお願いしたいですし」
「シオリさんがいいと言うのなら……」
落ち着きを取り戻したエドワードはソファに腰を下ろした。
「では、改めて紹介させていただきます。レイモンド・ローズさん。この街に五年ほど前から住んでいます。ギルドの中でもかなり上位の実力の持ち主です。そして、こちらが依頼主の僧侶エドワードさんです。神殿からの任務で黒の森を抜けて総神殿へと向かう道中の護衛が依頼内容です。では、私はこれで失礼します。採用が決まりましたら、受付までご連絡下さい」
「はい、ありがとうございます」
職員は簡単に互いを紹介すると応接室を出て行った。エドワードが渋々口を開く。リアムは黙ってみていることにしたらしく、栞もそれに倣(なら)った。
「では、こちらのメンバーを紹介します。はじまりの街で自衛団に勤めている剣士のリアム、調停者シオリ、そして僕は僧侶のエドワードです」
「魔法使いをしているレイモンドだ。私は黒の森に何度か入ったことがある。攻撃役と回復役がいるならさほど苦労せずに抜けられるだろう。ところで調停者というのは何だろうか?」
「……シオリさんは太陽神フォボス様が招かれた異世界からの客人です。フォボス様より天啓を受け、できるだけシオリさんを総神殿へとお連れしなければならないのです」
エドワードの話を聞いたレイモンドは眉をしかめた。
「ちょっと聞いても?」
「はい、何でしょう?」
「普通神殿に招かれているのなら、僧兵が護衛につくんじゃないのか?」
「それは……」
レイモンドの疑問は栞も気になっていたことだった。エドワードから聞いた話では、神殿では神官よりも僧侶のほうが格下のような扱いをされている印象を受けた。天啓という名のフォボスからの根回しがあったからこそ、こうして一緒に旅をしているが、本当に神殿の全面的な協力があるのかは疑わしいと思い始めていた。
「エドワードさん、正直に言ってください」
「シオリさん……。正直なところ神殿も一枚岩ではないのです。天啓を受けたのは僕と、神殿でもごく一部の者だけでした。それも神官よりも僧侶の方が多くて、天啓を疑問視する声までありました。シオリさんが本当に調停者としてフォボス様から遣わされた存在であるのならば、自力で総神殿へたどり着くことができるだろうという、神官長の意見で僕だけがシオリさんの元へと行くことになったのです。ですから、僧兵が派遣されることもなく、僕は幼馴染であるリアムを頼って、この旅に同行してもらいました」
エドワードの言葉は栞にとって衝撃的だった。来たくもない異世界に無理やり呼び寄せられ、バグ退治に駆り出された挙句、その存在を疑われていたのだ。
やりたくもないことをやらされているのに、どうして疑われなくちゃいけないのよ。私はこんな場所に居たくて居るんじゃない!
栞はどうしようもないむなしさに襲われた。だが、同時に生来の負けず嫌いな性格が頭をもたげる。
ふざけんな! こうなったら、がつがつバグ退治をして、神殿の奴らを見返してやる! そしていつか、私を馬鹿にしたことを後悔させてやる!
ひとり血気に逸る栞を置き去りにして、エドワードとレイモンドの会話は進んでいた。
「なるほど。事情は承知した。私としてもシオリの調停者の能力は気になる。ぜひこの依頼を引き受けたいと思っている」
「わかりました。応募者が他にもいるようなので、そちらとの面接が終わり次第、結果をお知らせします」
エドワードの言葉を契機にレイモンドは立ち上がった。
「きっと私のところにもう一度来ることになると思う。まあ、結果を楽しみにしています。では」
レイモンドは栞を意味ありげに見つめると立ち去った。
そのあとも応募者と順次面接をしたのだが、レイモンドに比べるとどうしても実力や人間性が劣っているように感じられてしまう。そして、応募者の栞を見つめる目が下心を含んでいるように思えるのだ。
「やはり、レイモンドが一番だな」
「そうですね。シオリさんが彼でも構わないのなら……」
リアムとエドワードの視線が栞に集中する。
「いいですよ。私はおふたりの判断を信用します」
こうして新たな旅の仲間にレイモンドが加わることになった。
§
改めて目の当たりにした彼女からは、昨日と変わらず魔力に満ち溢れていた。レイモンドの目には彼女が陽炎(かげろう)を纏っているかのように見える。
シオリが異世界からの客人だと聞いて、垂れ流しになっている魔力にも納得がいく。だが、あれではいらぬ者を引き寄せてしまわないとも限らない。
自分が護衛として雇われることになれば、すぐに魔力の制御を彼女に覚えさせなければならないだろう。
護衛の報酬として提示された金額は中級くらいの魔法使いを雇うならば妥当なものだった。そして今この街にはレイモンド以上に実力も魔力も兼ね備えた魔法使いはいない。レイモンドは己の幸運を神に感謝した。
早くあの魔力を味わいたい。
逸る気持ちを抑えつつ、レイモンドは面接を終えた。だが、きっとこの仕事が自分のところに回ってくるだろう。そんな確信を持ってギルドを後にする。
ギルドから自分の住処に帰り着くと、すぐに旅支度を始める。もし、自分が雇われなくても彼女のあとを一人で追うつもりだ。
自分でも恐ろしいほど彼女に執着し始めていることに気付く。だが、不思議と悪い気分ではなかった。彼女が何を成すのかが楽しみだ。
冷徹な態度で知られるレイモンドの口は知らず知らずのうちに笑みを形作っていた。