一四. 異世界のお買い物

改めて魔法ギルドにレイモンドを呼び出し、エドワードはレイモンドと雇用契約を結んだ。仲介してくれた魔法ギルドにも仲介手数料を支払い、栞たちは旅のあいだに少なくなった品物を補充することにする。

栞は魔法ギルドに対して支払いをしているエドワードを興味深く見つめていた。

この国の通貨単位はロルというらしい。エドワードは仲介手数料として百ロルを支払っていた。栞にはそれがどれほどの価値なのか、わからない。

「ねえ、一ロルで何を買えるの?」

「屋台で飲み物を一杯買えるくらいだ」

「なるほど」

栞は素早く頭の中で計算を始める。

 

一ロルが百円くらいだとして、百ロルは一万円くらい? まあ、そんなものか。

 

カレンがホームタウンであるレイモンドが案内を買って出た。

「それで、何をそろえる必要があるんだ?」

「食料品だけでいいと思う。あとはシオリが欲しいものがあれば」

リアムが栞の顔を窺う。

「せっかくだから、この街にしかないものを見てみたいです」

「……だとよ」

「では、せっかくなので魔法街へ行ってみましょう」

レイモンドの案内で食料の補充を済ませた一行は、魔法街へと足を踏み入れた。

「うわぁ!」

レイモンドが勧めてくれた店に入った栞は思わず感嘆の声を上げた。薄暗い店に並べられた品物は栞にとっては魔法の世界そのもので、まるで用途などわからなくても楽しい気分にさせてくれる。店番の老婆も予想を裏切らず、まさに魔法使いという姿をしていた。

「この街は初めてかい?」

老婆に問われた栞は勢いよく頷いた。

「はい。何もかもが真新しくて、とても面白いです」

「ふふっ、そうかい。ならお前さんの初訪問を記念して、面白いものを見せてやろう」

老婆は意味ありげにレイモンドに向かって視線を向けたが、何も言わずに小さな水晶の六角柱を差し出した。

「握ってみな」

老婆に言われた栞は恐る恐る手の上の水晶に手を伸ばす。

「きゃっ!」

栞が水晶に触れた瞬間、辺りがまばゆく照らされた。驚いた栞は水晶から手を離す。その途端に、辺りを照らしていた光が消える。

「何なの?」

「魔力測定器だ……」

レイモンドが茫然とした表情でぼそりと声を漏らす。

「え? 私に魔力ってあったの?」

魔法を使おうとしてできなかったことを思い出し、栞は首をかしげた。

「こんなに強い魔力の光は久しぶりに見たよ」

それまでびくともしなかった老婆が口を開いた。

「やはりお前さんは魔力持ちじゃったのぅ。早く制御を身に付けねば要らぬ物まで引き寄せてしまうであろう。それまでのお守り代わりと言っては何だが、このブレスレットなどどうじゃ?」

「何のブレスレットなの?」

「魔力を隠す効果がある。まけておくぞ?」

にやりと笑みを浮かべた老婆に栞も笑みを返した。

「おばあちゃん、商売上手だね~」

「ほっ、ほっ、ほ。八百ロルでどうじゃ?」

「五百ロル!」

茫然としていたレイモンドが、己を取り戻して老婆と交渉を始める。

「七百ロルではどうじゃ? あまり女子(おなご)へのプレゼントをケチる物ではないぞ?」

「六百五十ロルだ」

「よかろう」

栞があっけにとられている間に、ふたりの間で商談が成立していた。レイモンドは財布を取り出すと代金と交換に老婆からブレスレットを受け取った。

「魔力の制御については私がそのうち教えます。とりあえずはこれを身につけていてください」

そこそこ値の張る物をあっさりと手渡され、栞は固辞する。

「や、そんな高い物受け取れません」

「だが私には不要な物だ。あなたが身につけなければ意味がない」

そう言われれば、栞としても受け取るほかない。

「……ありがとうございます」

栞は一センチほどの珠が連なったブレスレットを受け取ると、さっそく身につけた。自分ではわからないが、レイモンドが満足げに頷いているところをみると、ちゃんと魔力が隠されているようだ。

レイモンドが連れて行ってくれた店の先々で、何かしらを栞に買ってくれようとするため、栞はこれ以上街の見物を諦めて、出発することを決めた。

「そんなこと、気にしなくてもいいのに……」

「いえ、私の国では『ただより高い物はない』という先人の教えがあります。ただで物をもらうとかえって高くつくという意味でして……、その、あの」

上手な言い訳ができず、慌てる栞にレイモンドは笑った。

「その通りです。下心付きのプレゼントには気を付けた方がいいですよ」

「あのっ、その、……レイモンドさんでも下心ってあるんですか?」

街を歩けばすれ違う人の視線がレイモンドに集中しているのがわかる。確かに彼の美しさでは周囲の耳目を集めてしまうのも仕方がないと思える。そんな彼に下心などないと思い込んでいた栞は慌てた。

余りに正直な栞の態度に、レイモンドは苦笑しながら口を開いた

「ありますよ。自分から欲しいと思ったのは初めてかもしれません」

「ちょっと待て! シオリさんはお前の毒牙にかかっていいような女性じゃない」

それまで栞とレイモンドの会話を見守っていたエドワードが、慌てたように会話に割って入った。後ろの方にいるリアムも、口こそ挟まないものの機嫌が悪そうに顔をしかめている。

「私のシオリさんに対する気持ちがお前に関係があるのか?」

「ある! 僕はシオリさんに好きだという気持ちを告げた」

「だとしても選ぶのは彼女だろう?」

レイモンドとエドワードの間に険悪な空気が流れる。

 

あちゃー。ここは私の為に争うのはやめてーとか、悲劇のヒロインを気取ってみるべき? 日本ではモテなかったのに、異世界ではモテるっていうのはこっちとは基準が違うのかなぁ……? 何が違うんだろう。

 

栞は軽く現実逃避してみる。にらみ合うレイモンドとエドワードを窘めたのはリアムだった。

「いい加減にしろ! これから総神殿へ行くというのに、今から仲間割れしていてどうする!」

「……すみません。リアム」

「すまない」

己を取り戻したふたりは揃って謝罪を口にした。こうして何とか仲直りした一行は、魔法都市カレンを後にした。

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