ナディアは太腿の痛みに目を覚ました。体はだるく喉も渇いている。熱があるのか体の節々が痛んだ。窓の外を見れば、空は暗い。
私が倒れてからそれほど時間は経っていないはずだ。
ナディアが戦況を確かめる為に体を起こそうとすると、太腿に焼けるような痛みが走った。ナディアの目覚めに気付いた救護班の兵士が、すぐに手を添えて体を起してくれた。
「あまり急に体を動かしてはいけません」
「それより、水をくれ」
兵士はすぐに水筒を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
ナディアは喉を潤すと、水筒を返す。
「ナディア様に会いたいという方がお待ちですが、どうしますか?」
「誰だ?」
「オスバルド様と、フロレンシオ様という方です」
「オスバルドを通してくれ。フロレンシオはその後だ」
「承知しました」
兵士が出ていくとすぐにオスバルドが枕元へやってきた。
「戦況は?」
「フェリクス様が後を指揮してくださって、夕方にはカルバハル側から白旗が上がりました」
オスバルドの顔は勝利を喜んでいる顔ではなかった。
「どうした?」
「本当に、ナディアは無茶ばかりする。私はナディアの怪我をマウリシオ様に報告するのが恐ろしいですよ」
「今回の怪我は完全に私の失策だ。父上にはそう伝えてほしい」
「もう、こんな無茶はこれきりにして下さいよ」
「ああ、懲りた」
オスバルドは怒った様子で、足音も荒く部屋を出て行く。入れ替わりにナディアが会いたくて、会いたくなかった人の姿が部屋へと入ってくる。
フロレンシオはナディアに話しかけることなく、無言でナディアの顔を見つめていた。
「怪我はないのか?」
ナディアはフロレンシオの顔を見ていられず、顔を伏せて問いかけた。
「私は無傷だ」
フロレンシオの声は低く、何かを押し殺していた。
「そうか……」
「どうしてあんな無茶を? あんな前線で怪我を負うなんて、司令官としては失格だ!」
「そうだな……」
ナディアは力なく答える。
「それでは答えになっていない!」
フロレンシオは激昂していた。
(確かに無茶をした自覚はある。あのとき自分が生きるか死ぬかはどうでもよかった。たとえこの戦が終わったとしても、フロル以外の人と結婚しなければならない事に私は嫌気がさしていたのかもしれない。無茶をしたのがそんなくだらない理由では、私の下で働かなければならない兵士はたまったもんじゃないな……)
「はははっ」
ナディアの口からは自嘲の笑いがこぼれていた。
「ナディア?」
フロレンシオは急に笑い出したナディアの様子に、顔色を変えて近寄った。
「私は思ったよりも感情的な人間だったらしい。フロルと結ばれないことに失望して自暴自棄になっていたようだ。これでは司令官失格だな」
「最初から完璧に指揮できる人間はいないさ。それにナディアは結婚してその相手と一緒に辺境伯を務められるように、少しづつ慣れていけばいい」
「フロル、あなたがそんなことを言うのか?」
ナディアは愛する者からの無情な言葉に声を荒げるのを抑えることができなかった。
「ナディアこそ、私のいない場所で死にかけたくせに!」
フロレンシオはナディアを抱きしめた。
ナディアはフロレンシオの腕が震えていることにようやく気付いた。
「……倒れたナディアの体は、血の気が失せていて、今にも死んでしまうかと思った。もう、あんな思いは御免だ」
フロレンシオの声は震え、道に迷った幼子のように不安を含んでいた。
「フロル……すまなかった」
ナディアはようやくフロレンシオの不安に気付く。
「ああ、本当にもう無茶は止めてくれ。しばらくは後始末でここに駐留することになった。また様子を見に来る」
フロレンシオは抱きしめていた腕をそっと緩めると、名残惜しげに顔に手を触れてから部屋を出て行った。
「フロル……愛している」
誰もいなくなった部屋でナディアは一人呟いた。