6.  再会

部屋に戻ったラファエラは、たった今明かされた事実に茫然としていた。

(私は人ではないの?)

そう思ったとたんに背中にちくりと痛みが走る。

ラファエラはドレスを脱ぐと、姿見に背中を映した。確かに背中の肩甲骨のあたりに羽のような形をしたあざが浮き出ている。

(嫌、こんなものが私の身体に出てくるなんて!)

ラファエラはベッドの中に飛び込むと、恐怖に身体が震えるのを止められずにいた。

自分の中に天翼族の血が流れているという事実はラファエラを打ちのめす。

(翼が現れるなんて……いや! どうして私がこんな目に合わなければならないの?)

ラファエラの目からあふれた涙が頬を伝った。

「ラファ、入るよ?」

ラファエラが何も答えずにいると、フェルナンドが部屋の扉を開ける気配がした。じっと布団の下で泣き声を殺していると、フェルナンドの手が布団の上から回される感触がする。

「ラファ、泣かないで」

「……泣いてない」

答えた声は涙声になっており、まるで説得力がなかった。

「何がショックだったの?」

フェルナンドの優しい声に誘われて、ラファエラは口を開いた。

「私っ、人じゃ……なかった……のね」

ラファエラは涙を堪え、つっかえながらようやく悩みを吐き出した。

生まれたときからずっと一緒に育ってきたフェルにならば、誰よりもいつも自分に一番近しい彼にならば、全てを打ち明けられる。

ラファエラは布団を剥いでフェルナンドに抱きついた。

「ラファはちゃんと人間だよ。俺にだって天翼人の血は流れている。ラファよりは少ないらしいけど。俺は人じゃない?」

フェルナンドの問いにラファエラは首を横に振った。

「でしょう? ラファはどんな姿でもラファだよ」

「フェル、フェル……大好き」

ラファエラはフェルナンドにぎゅうっと抱きついた。

「俺もラファが一番大事だよ。ラファが幸せならそれでいい」

(何も力になれない兄で……ごめん)

その夜、フェルナンドはラファエラが眠りに落ちるまでまで、ずっと黙ったまま背中を抱きしめていた。

ラファエラの背中のあざはなんとか小康状態を保ってくれているらしく、数日は痛むことなく過ごしていた。ガブリエレも気に掛けてくれ、様子を何度も確かめようとするのだが、さすがに背中を晒すのは恥ずかしく、ラファエラは断っていた。

毎朝、鏡の前であざが濃くなっていないかを確認するのは、ラファエラの日課になってしまった。

研究所と家を往復するだけで、ほとんど外出しなくなった妹を心配したフェルナンドは、ラファエラを強引に夜会に連れ出した。

普段は着ないような華やかなドレスを着せられ、眼鏡も取り上げられてしまった。テレーザに化粧を施されて、ラファエラは諦めの境地でフェルナンドと共に迎えの馬車に乗り込んだ。

夜会が開かれるのはバローネ家で、フェルナンドの同僚だという。屋敷に到着すると、フェルナンドはまず同僚に挨拶を済ませ、ラファエラをダンスに誘った。

「一曲ぐらい大丈夫だろう?」

「眼鏡をしてないとほとんど見えないんだから、ちゃんとフォローしてね」

「任せて。ラファ」

フェルナンドはラファエラを上手にリードしてくれ、あっという間に一曲が終わった。ラファエラにとっても、久しぶりに体を動かすことはいい気分転換になっていた。

「飲み物を取ってくるから、その辺の料理をつまんでいて」

フェルナンドの勧めに従って、ラファエラは立食形式で用意された料理を皿に取り分けた。

(う~ん。美味しそう。どれから食べようか迷っちゃう)

普段、自宅の食卓には並ばないようなプロの作る凝った料理ばかりで、ラファエラはつい夢中になって料理を食べてしまった。

「ラファ、飲み物を持ってきたよ」

「ありがとう」

フェルナンドが飲み物を持ってきてくれたが、ラファエラは飲み物そっちのけで料理を堪能している。フェルナンドは呆れたような顔をしていたが、ラファエラは構わず料理を平らげていく。

「フェルナンド、ちょっといいか?」

「ラファ、この辺に居てくれ」

フェルナンドは同僚に話しかけられ、その場を離れる。取り残されたラファエラはそろそろ満腹になってきたので、どこかで休もうと控室のある方へと足を向けた。

(あれ?)

なんとなく見覚えのある黒髪を目にして、ラファエラは後を追いかけた。男性の姿は小さな控室へと消えた。ラファエラも後に続いて部屋へ入ると、扉の前に居た男性に急に抱きとめられた。近くで見えた顔はようやく像を結び、森で怪我の手当てをしたレオだと思いだす。

「レオ、あなただったの」

レオは怪訝な顔をしている。

「誰だ?」

「忘れちゃった?森で怪我したときに手当てしたのに」

ラファエラは不意打ちにキスされたことをすっかり忘れて、話しかけていた。

「あの時のおせっかいな女か」

「ほんっとうに、失礼ね! もう……」

ラファエラの言葉はレオの口に吸い取られた。強引に唇を割られ、舌がラファエラの口に割り込んできた。

「ふぁ……あ」

(何? 何で?)

慣れないキスにラファエラはただ、なすがままにレオの舌を受け入れた。息苦しくなったラファエラはレオの背中をたたいた。

(や、苦しい)

「慣れてないな」

(どうせ、慣れてませんよ!)

レオはようやくラファエラの口を解放すると、ラファエラはその場に座りこんだ。

(あれ? どうして立てないの?)

「腰が抜けたのか?」

レオは苦笑しながらラファエラの身体を抱き上げた。ソファにラファエラの体を横たえると、隣に腰を下ろす。ラファエラは自由にならない身体でレオを睨みつけた。

(ちょっと私、恥ずかしすぎる……)

「そんな目で見ると、ますます意地悪したくなる」

ラファエラはこれ以上好き勝手されてはたまらないと、なんとか足を動かして立ちあがろうとした。その瞬間背中に鋭い痛みが走る。

「ああっ」

(痛い。もしかしてあざが濃くなったの?)

ラファエラのただ事ではない様子に、レオは顔色を変えた。

「どうした?」

「背中が……痛い……の」

痛みをこらえながら、なんとかラファエラは痛みを訴える。

(息が……苦しい)

「フェル……を、兄を呼んで……」

「見せろ」

レオはラファエラの言葉を無視して、強引にドレスの背中をあけた。

「なんだ、これは!」

ラファエラの背には羽の形をしたあざが、くっきりと色濃く浮かび上がっていた。

「や……め……」

(見ないで! こんな姿見られたくない)

レオはそっとラファエラのあざに手を伸ばした。すると、それまで引き裂かれるような痛みを訴えていたのが少し和らいでいく。

「もっと……触れて」

藁にも縋る思いでラファエラが望みを口にすると、レオはそっとあざを撫でる。

(やっぱりレオに触れてもらうと痛みがすこし和らぐ気がする)

「は……あ……」

少し痛みが治まってきたラファエラは、フェルナンドを探そうとよろよろと立ちあがりかけた。しかしその動作は、レオによって遮られ、ラファエラの身体はソファの上に引き戻された。

「何?」

レオは何かに取りつかれたようにラファエラの背中のあざに舌を這わせた。するとそれまでずきずきとラファエラを苛んでいた痛みが、嘘のように引いていく。レオの舌が両側のあざを舐めると、ラファエラの痛みはすっかり消え去っていた。

「どうして?」

嘘みたいに、痛みが治まってしまった。

「さあな」

レオの瞳には冷たい光が戻っていた。

「とりあえず、ありがとう」

ラファエラはドレスの背中を閉じようと手を伸ばすが、なかなかうまく戻せない。見かねたレオが手を貸してラファエラはなんとか身なりを整えた。

廊下へと続く扉をあけて、フェルナンドのいるホールへと戻ろうとすると、レオも後をついてくる。

(どうしてついてくるの?)

廊下を歩いていると、反対側から顔色を変えたフェルナンドが叫びながら駆け寄ってきた。

「ラファ!」

「フェル!」

ラファエラはフェルナンドに手を伸ばすと、フェルナンドはすかさずラファエラ身体を自分の後ろへと隠した。

「何か御用ですか?」

ラファエラはなぜフェルナンドが険しい顔をしているのかが分からない。

「フェル、レオがどうしたの?」

「そいつはレオナルド・ラフォレーゼだ」

フェルナンドの言葉にラファエラの心を驚愕が支配した。

(ラフォレーゼってあのラフォレーゼよね?)

ラフォレーゼの名はフェルナンディ家の中では禁忌とされていた。

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