ナディアは国境の近くに築かれた砦へ到着した。砦には辺境を守る精鋭の騎士や兵士たちが揃っている。そのほとんどが父マウリシオを慕って集った者たちだ。
ナディアはマウリシオに劣らぬ采配をしなければならない重圧と戦っていた。
マウリシオの副官を長く務めているオスバルドが手助けしてくれる為、ナディアはかなり助けられている。
「今から気を張っていると、後で疲れますよ」
「わかっている」
ナディアはオスバルドの助言を聞き流した。言っていることは正しいのだが、ナディア自身にそれほどの余裕はない。
連日国境の見回りに小隊を行かせているが、やはりカルバハル軍の姿が見えるという報告を受けている。ナディアは毎日報告書をマウリシオに宛てて送っていた。
マウリシオの指示の手紙と共に、時折物資も共に砦に届けられる。ナディアは戦が近いことを肌で感じつつあった。
「オスバルドは父上と戦場に出たことがあるんだよね」
「はい。随分と昔の話ですが」
「カルバハル軍は強い?」
「まあ、それなりに。あの時のマウリシオ様とフェリクス様の戦いぶりは群を抜いていましたから」
オスバルドは当時を思い出して遠い目をしている。
「フェリクス様か……」
ナディアは結局フェリクスの戦いぶりを見ることができずに王都から戻ってしまったことを思い出した。
「それはぜひ見たかったな」
「そりゃもう、ぜひ見ておくべきです」
オスバルドの笑顔につられてナディアも笑った。
「さて、そろそろ今日の見回りに行くとするか」
「はい。」
ナディアは軽装の鎧を身につけると、ミゲルの手綱を引いて砦の前に集まっている小隊と合流した。
皆弓矢と剣で武装している。
「全員そろっているか?」
「はい。司令官代理殿」
小隊長がナディアに準備が整っていることを告げる。
「別に今まで通りナディアでいいよ」
「了解です。ナディア」
小隊長はにやりと笑った。
「出発!」
ナディアの掛け声の下、辺境軍の小隊はいつものように国境の見回りへと出発した。
結局王都からの増援の話は届いていない。斥候が持ち帰った情報によると、カルバハル軍は国境付近をうろうろとしているらしい。
「あちらが挑発してくるかもしれないが、攻撃を受けるまでは、決してこちらからは手を出すなよ!」
「わかってますって」
こちら側があせって攻撃を仕掛けて、向こう側に戦火の口火を落とす口実を与えてはならない。
ナディアたちは小高い丘の上に登り、国境線となる川の向こう岸の様子を確認する。
昨日の見回りの時よりも明らかに野営のテントの数が増えていた。
「これは、まずいな……。すぐに伝書鳩を王都に飛ばす。あと、見回りの回数を増やすぞ」
ナディアの言葉に小隊長も頷く。
「すぐに砦に戻りましょう」
「ああ。帰るぞ!」
ナディアたちは丘を駆け下りて、砦の門をくぐった。
「オスバルド! 伝書鳩の用意を頼む」
「どうしました?」
「野営のテントの数が増えている。王都へ増援を頼む」
「わかりました」
ナディアは司令官室へ飛び込むと、小さな薄い紙に応援を求める内容を何枚か書いて用意した。オスバルドに用意してもらった何羽かの鳩の伝書筒に紙を入れると、ナディアは鳩を飛び立たせた。確実に届けるため、鳩は複数飛ばすことになっている。飛び去った鳩たちを見送って、ナディアはマウリシオへも報告の手紙をしたためる。報告書を伝令係の年若い兵士に手渡した。
「大至急頼む」
「了解しました」
伝令係は大急ぎで馬に飛び乗ると、領主の屋敷へ向かって出発した。
「オスバルド!」
「はい」
ナディアが副官を呼びつけると、すぐにオスバルドが走ってくる。
「丘の上に見張りの兵を配置してくれ。あと、見回りの回数も増やす」
「承知しました」
指示を終えると、ナディアは先ほど見回りに出ていた小隊と共に再び見回りに出る。今度は国境の川岸の方へと馬の首を向けた。
やはり兵士の数が増えている。辺境軍との戦力差はそれほどないが、辺境軍には実践経験が圧倒的に足りない。オスバルドのような父の世代の騎士や兵士たちはそれほど多くない。若い世代の兵士たちは戦争を経験していない者の方が多い。
(カルバハル軍の行動があくまで示威行為で、このまま戦争に発展しなければいいが……)
ナディアはカルバハル軍の姿を遠くから見詰めながらそっと願った。