5. 封印を解いた者

フェルナンドはラファエラの封印を解いた者に心当たりがあった。黒鷲団に所属するラフォレーゼ一族でレオの名を持つのはレオナルド・ラフォレーゼしかいない。

フェルナンドは執務の空き時間を縫って、黒鷲団のある砦へと足を向けた。王都の入り口に築かれた砦は、守りの要となるよう堅牢な作りを誇っている。

フェルナンドは黒鷲の旗が翻る砦の門をくぐった。詰め所にいる兵士にレオを呼び出してもらうと、伝令の兵士が駆け出していく。

長年の因縁を持つ一族を相手にするだけに、慎重に対処しなければならないと思う一方で、ラファエラに対する態度は兄として許し難く、沸騰しそうになる頭をどうにか押さえて冷静さを装っていた。

しばらくすると伝令の兵士が黒髪の青年を連れて戻ってきた。灰色の瞳は何を考えているのかわからない、冷たい色をしていた。

「レオナルド・ラフォレーゼ中尉です」

きびきびとした軍人らしい足運びで歩いてきた青年は、フェルナンドの前で立ち止まる。

「内務省長官付き副官のフェルナンド・フェルナンディだ」

フェルナンドは自分より頭ひとつぶん背の高い彼の顔を見上げた。

「要件は?」

レオの不遜な態度に、フェルナンドの機嫌は急降下する。

(いい度胸だ)

「昨日、私の妹ラファエラと会ったのは君で間違いないだろうか?」

「ああ、あのお節介な女の兄か」

(ラファがおせっかいだと? 間違いではないが、お前に言われるとむかつくんだよ!)

いちいち人の癇に障る言い方に、フェルナンドは冷静さを失いそうになる自分をどうにかこらえた。

「怪我をしている者に対する治療が、お節介になるとははじめて知ったよ」

フェルナンドが返した嫌味にレオは意外だというふうに眉を上げる。

「ふうん、綺麗なだけの坊ちゃんではないのか」

(綺麗って男に対する褒め言葉じゃないだろう!)

自分の女性的な容姿に劣等感をもつフェルナンドは、今度こそ我慢の緒が切れそうになる。

「それでラファエラの兄が何の用だ?」

フェルナンドはレオの言葉にようやく本来の目的を思い出す。

「君は守り人という存在を知っているか?」

「守り人……何だそれは?」

「そうか、知らないのか。……くそっ」

レオが守り人であることを知らないということは、可能性として考えていた。

(そうでなければ軽々しくラファの封印を解いたりはしなかっただろう。封印を解いてしまった事にも気がついていないようだし。こんなやつにラファの封印を頼むなんて……真っ平だ)

次なる対応策を考えていたフェルナンドは、苛立ちも露わに返答を待っているレオにようやく気付いた。

「守り人については、ボルガッティ家に問い合わせてくれ」

「ボルガッティ? 祖母の実家だな」

「ちなみにキスが礼になるというのは聞いたことがない。ラファにこれ以上手を出すのは私が許さない。用事は以上だ」

彼が守り人について知らないのであれば、これ以上時間を使うのは無駄だと判断したフェルナンドは、さっさと砦を後にする。

 

後に取り残されたレオは、フェルナンドから告げられた『守り人』に対して、俄然興味が湧きあがっていた。

(ふうん、守り人……ねぇ。近いうちに祖母を訪ねてみるか……)

あまり他人に興味のないレオが、ここまで他人に対して興味をあらわすのは非常に稀だった。

(昨日出会ったラファエラといい、フェルナンドといい、フェルナンディ家にはなかなか興味深い人物が多いな……)

いつもは無表情なレオの顔には、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。

 

黒鷲団の砦から内務省へと戻ったフェルナンドは、次の対策を考えていた。ラファエラが完全に天翼族の血に目覚めてしまうまでに残された時間はあまり多くない。望みの綱であったレオは守り人についても天翼族についても全く知らない様子だった。

(やはりガブリエレに何とかしてもらうほかないな……)

業務をこなしながらもついラファエラの事について考えてしまう。フェルナンドは定時で仕事を終えると自宅へと戻った。既にラファエラは帰宅しておりガブリエレと一緒にフェルナンドを待っていた。

「何かあったのか?」

「ラファの背中のあざが濃くなっている」

「なっ……」

フェルナンドの脳裏にさまざまな疑問がよぎる。

(どうしてあざが濃くなったとわかったのだろう? まさか、ラファがこの男に肌を許すようなことがっ?)

想像をたくましくしているフェルナンドを無視して、ガブリエレは用件を続ける。

「天翼族と守り人についてラファに説明したい」

(確かに説明は避けられないな。できれば知らないまま過ごしてほしかったが……)

フェルナンドはガブリエレの言葉に頷いた。

「ラファは先祖に天翼族がいたっていう話を聞いたことがあるよね?」

フェルナンドの言葉にラファエラは頷いた。

「天翼族には守り人といってその力を制御し、導く者がつくことになっているらしい。ラファには天翼族の血が濃く現れていた為、生後すぐにガブリエレの父親がラファに封印を施したと聞いた」

フェルナンドが問いかけるようにガブリエレを見つめる。ガブリエレはうなずくと、フェルナンドの言葉を補足するように口を開く。

「天翼族――その者、天より降り立ちて、大いなる力で事象を操る――という話が一族に伝わっている。天翼族はその翼に魔力を集めて操ることができるという話だ。守り人には魔力を受け付けない力があり、天翼族の魔力を抑えることができるらしい。バッティスタとボルガッティの一族には守り人の血が流れている。俺は守り人の長から指示を受け、これまでラファを見守ってきた。だが、昨日急に親父の封印の気配が消えた。ラファの背中のあざはそこから翼が現れる前兆だ」

ガブリエレはあえて天翼族に関するもうひとつの言い伝えについては触れなかった。

――天翼族を得る者、世界の王と比肩する力を得る。

(こんなこと、言えやしない)

ふと、ガブリエレがラファエラに視線を向けると、彼女は何も言えずに茫然としている。

(嘘……じゃなかったのね)

「ああ、それでラファの背中のあざが濃くなっているのはガブリエレが確認したのか?」

黙り込んだラファエラに代わってガブリエレが答える。

「……そうだ。ベルモンド山に出かけたときに急に痛がったので確認した」

「これで精一杯と言っていなかったか?」

「ああ、ダメもとで体液による封印を試したら効果があった。しばらくしか持たないとは思うが」

「何をした?」

フェルナンドの低い声がガブリエレを問いただす。

「背中を舐めただけだ」

(ラファによくも不埒な真似を!)

「舐め……お前! よくもラファに」

「やめて!」

ガブリエレにとびかかりそうになったフェルナンドをラファエラが制止する。

「ガビィは私を助けてくれただけよ」

そういわれてしまえば、フェルナンドは引き下がるしかない。すこし冷静さを取り戻したフェルナンドは、椅子に腰を下ろした。

「ラファの力を押さえるにはどうしたらいい?」

「しばらくの間は俺が抑えられると思う……が、やはり解いた張本人に封印をしてもらうのが確実だと思う」

「そうか……」

三人の間に沈黙が下りる。

「私疲れちゃったから、部屋で休むね」

ラファエラはそういうと二人を残して自室へと引き上げる。残された二人は応接室へと場所を移した。

「そういえば、封印を解いた者はわかったのか?」

ガブリエレの疑問にフェルナンドが答えた。

「どうやら封印を解いたのは黒鷲団所属の騎士、レオナルド・ラフォレーゼ。彼自身は守り人については何も知らないようだった」

「もう調べがついたのか」

愛する妹のこととなると、さすがとも言うべき有能さを発揮するフェルナンドにガブリエレは賞賛のため息をつく。

「ラフォレーゼは守り人について全く知らなかった」

「守り人の力の使い方は本能的なものだ。俺が教えれば何とかなると思う」

「そうか……。ならば、頼めるか?」

もう一度レオに接触するのは気が進まないフェルナンドは、不安げな表情を浮かべてガブリエレを見つめた。

「もちろんだ。では俺からラフォレーゼに接触してみよう」

「すまないが、よろしく頼む」

「もちろんだ。ラファの守り人として当然のことをするまでだ。ただ、どうして封印が解けてしまったんだろう? それだけが疑問だ」

体液に封印の効果があると聞いたフェルナンドは、ひとつの可能性に思い当たる。

「……そういえば、ラファはレオにキスされたといっていた」

「なるほど……。体液で封印できるのならば、封印を解くのもまた体液ということか」

ガブリエレは昼間口付けたラファエラの白い背中を思い出し、胸がざわつくのを感じた。

(洞窟の闇の中でも浮かび上がる白い肌。苦痛を訴える表情は妙に色っぽくて……)

ガブリエレは脳裏に浮かんだラファエラの背中を、首を振って追い払う。

(天翼族の血は守り人の名にかけて、封じなければ……)

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