7. 因縁

知のフェルナンディ、武のラフォレーゼと呼ばれるほど優秀な武官と文官をそれぞれ輩出している両家は、互いの能力を認め合い、つかず離れずの距離を保っていた。しかし、ラフォレーゼ家の祖先がフェルナンディ家の娘と婚約しながら、婚約者を捨てて別の娘と駆け落ちして以来、両家の仲は険悪となってしまったのだ。

「やはり、フェルナンディ家の者だったか」

レオの瞳は冷たいままだ。

「介抱してくださり、ありがとうございました」

レオの名前がラフォレーゼだと知った今、ラファエラはこれまでと同じ態度をとることができなくなってしまう。少しぎこちない様子で、ラファエラはレオに向かって頭を軽く下げた。

「ラファ、失礼しよう」

ラファエラは強引なフェルナンドの手に引きずられるように、玄関へと向かった。背中にレオの視線を強く感じながらラファエラは用意された馬車に乗り込んだ。

(まだ、私のこと見てる……)

馬車の中は終始無言だった。ラファエラは部屋に入ると、すぐにドレスを脱ぎ捨てる。外していた眼鏡を掛けなおしたラファエラは、鏡に映った自分を見つめた。

そこに映っているのは見知らぬ表情をした自分だった。結われた髪は所々ほつれ、頬は紅く染まったままで、禿げた口紅はまるで情事の後のようだ。

(やだ、こんな顔、私じゃない!)

ラファエラはバスルームに掛け込んで、全ての痕跡を洗い流すように体を洗い始める。不意にレオに背中を撫でられた感触を思い出し、ラファエラは赤面した。感触を拭い去る様に乱暴に背中を洗うと、ラファエラはため息をつく。シャワーを終えて部屋に戻ると、フェルナンドがラファエラを待っていた。フェルナンドの固い表情に、ラファエラは何を言われるのだろうと身構える。

「あの男と何があったの?」

(やっぱり正直に言わないと……駄目だよね?)

「また……キスされた。逃げようとしたら背中が痛くなって、彼が介抱してくれた。彼が私のあざに触れると、痛みが治まって……ガブリエレにしてもらったみたいに舐めてもらったら痛みが無くなったの」

キスという言葉に、フェルナンドは顔を強張らせていたが、背中の痛みが治まったことを知ると、頬を緩ませた。

「そうか、やはり彼に頼むしかないか……だけどやっぱり気に入らない。俺のかわいいラファにキスするなんて!」

「キスされたのは……びっくりしたけど、嫌じゃなかった」

(そう、……どうしてなんだろう?)

憤りを露わにしていたフェルナンドはラファエラの口から飛び出した言葉に、驚きに目を丸くしている。

「ラファ!? あいつのことが好きなのか?」

「そんなの、……わからないわ」

ラファエラは途方に暮れていた。今まで憧れを持ったり好きになったりした人はいなかったし、近づいてくる男性もいなかった。だが、側に居るだけでこれほど胸がドキドキと高鳴ってしまう人は初めてだった。

「あいつはラフォレーゼ家の人間だ。もし好きになったとしても裏切るに違いない。ラファも捨てられたご先祖様の話はずっと聞かされてきただろう?」

「そうだけど……」

祖母に繰り返し聞かされた、ラフォレーゼ家との因縁がラファエラの脳裏によみがえる。

(確かにご先祖様はラフォレーゼ家の男に捨てられたかもしれない。でも、何か事情があったんじゃないかなぁ……)

一方的なフェルナンディ家の話だけで全てを判断するのは間違っている気がしたのだ。

「少なくとも、彼は私を助けようとしてくれた。それは事実よ」

「ラファ……」

フェルナンドは否定できずに黙り込むしかなかった。

「ねえ、もう眠いの。明日も仕事だから、今日はもう寝ましょ?」

「……わかった。おやすみ、ラファ」

「おやすみ、フェル」

フェルナンドがおでこにキスをしてきたので、ラファエラも伸び上ってフェルナンドの頬にキスを返した。

ラファエラがベッドに入ると、眠りはすぐに訪れた。

 

 

翌日、研究所に出勤したラファエラをガブリエレが見咎めた。

「なんだか翼の波動が強くなっていないか?」

「うそ……」

ラファエラは昨日の出来事をガブリエレに伝えた。

「なるぼど、それで力が強まってしまったのか。身体は大丈夫か?」

「うん、今のところ痛みもすっかりないし快調よ」

レオにあざを舐めてもらってから、嘘のように痛みは治まっている。

「だが、早めに彼に依頼したほうがいいだろう。フェルナンドは文句を言うかもしれないが、ラファの身体の方が心配だ。俺の方から彼に頼むよ」

「そう……。お願いできる?」

ラファエラはガブリエレに頼りっぱなしであることを申し訳なく思った。

「ああ、俺こそラファを助けてあげられなくてすまない」

「ううん、そんなことない。ガビィはずっと私の事を助けてくれたわ。今回のことだってどれほど助けられたか、わからないわ」

ラファエラの感謝の籠った視線に、ガブリエレは狼狽えた。

(ラファが可愛すぎる。俺はどうしてしまったんだ?)

「じゃあ、うん、ちょっと出かけてくる」

明らかに挙動不審になったガブリエレは、顔を赤くしながらレオの元へと向かった。ラファエラはその後ろ姿を、首をかしげながら見送っていた。

「変なこと言ったかなぁ?」

 

ガブリエレは黒鷲団の砦に向かった。入り口で名前を名乗り、レオを呼び出す。応接室でレオに対峙したガブリエレは単刀直入に要件を伝えた。

「私はガブリエレ・バッティスタ。ラファエラ・フェルナンディの守り人をしている」

「フェルナンディ絡みか……」

(最近内務省のフェルナンディが来たと思ったが、今度はラファエラの守り人だと?)

レオは面倒くさそうにため息をついた。

「君は天翼族について知っているか?」

「天翼族? おとぎ話に出てくる翼を持った一族の事か?」

(ばかばかしい)

「ああ、だが天翼族は実際に存在する。そして、ラファエラはその血を引いている」

(それで? 私に何の関係がある?)

黙ったまま話を聞いているレオの様子に、ガブリエレは話を続けた。

「俺はラファエラの守り人だ。守り人というのは天翼族の魔力を抑えることができる存在だ。残念ながら、私の力では彼女の力を封印できなかった。バッティスタとボルガッティの一族には守り人の血が流れている。そして、君にも守り人の血が流れている。どうか、ラファエラの力を封印してはもらえないだろうか」

要件を伝え終えたガブリエレはレオの顔色を窺っていた。無表情なレオは感情を悟らせない。

(やれやれ、面倒事だな)

「昨夜ラファエラが苦しんでいたのは、天翼族の魔力と関係があるのか?」

「ああ、君も背中のあざを見ただろう? あのあざは翼が出現する前兆なんだ。翼が魔力を集めてしまうから、できれば封印してしまいたい」

「それは彼女には制御できないのか?」

「……わからない。彼女ほど天翼族の血が濃く現れるのは滅多にないことだ。いくつか我が家にも文献は残っているが、すべて封印できたとしか書かれていなかった」

「ふうん、それで私が彼女の力を封印する手助けをして得られる見返りはなんだ?」

レオの言葉にガブリエレは眉をひそめる。

「そもそも、ラファの封印を解いてしまった原因は君がラファにキスをした所為だ。それに君が求める見返りとはなんだ?」

(そんなことを言われても、私だって知らなかったのだから不可抗力と言うものだろう。何の利点もなしに動くほどお人よしではない。まあ、キスの一つでも頂くことにするか。ラファエラをからかうのは面白かったし)

「ならば、報酬は私が彼女の力を封印したときにいただくことにしよう。大したことではない」

レオの妙な落ち着きぶりに、ガブリエレは奇妙な不安を覚えながらも、協力を得られそうなことに安堵した。

「封印する方法はわかるだろうか?」

「いいや、さっぱり」

(守り人ではない私にわかるわけがないだろう)

肩をすくめるレオに、ガブリエレは実際に見せてみるしかないと決断を下した。

「では、実際に私が力を使うところを見せた方が早いだろう。君の都合のいい日を教えてほしい。それに合わせて、こちらも準備をしておく」

「明後日ならば、非番だ」

「わかった。明後日だな。フェルナンディ家の場所はわかるか?」

「ああ」

「では、午前中の内に訪ねてくれ。よろしく頼む」

ガブリエレはレオに向かって頭を下げる。

(こいつはラファエラの何なんだ。なぜここまで他人の為に働こうとする?)

「なあ、お前がそこまでするのはラファエラの為か? それとも守り人としての義務?」

「守り人としての義務もあるが、どちらかと言えばラファの為だ」

「そうか……」

(こいつはラファエラに惚れているのかもしれない……)

レオはいささか面白くない気分で応接室を立ち去った。

用は済んだとばかりに立ち去ったレオの背中を見送って、ガブリエレはほっと息を吐く。

こうしてなんとかラファエラの封印を何とかできそうな目途が立ったのだ。

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