9. 封印の代償

仕事を終えてフェルナンドが帰宅した時、ラファエラは未だ眠ったままだった。

「封印……しただと!?」

(よかった……だが、ラファを抱かなければ封印できなかっただと!)

ガブリエレから聞かされた内容は、安堵と同時に深い怒りをフェルナンドにもたらした。

「すまない。俺の力が及ばなかったばかりに、ラファエラの純潔を……」

ガブリエレはそれ以上言葉にできず、にうつむいてしまう。

「ラファエラの目が覚めるまで待っていてもいいだろうか?」

「ああ」

フェルナンドはラファエラの部屋を出て自分の部屋へと戻る。飾り棚から秘蔵の蒸留酒を取り出すと、グラスについで一気に煽った。

自分の知らない間に、封印することを決められてしまったことにも腹が立ったが、それ以上に何もできなかった自分に対して腹が立つ。

めったに魔力を持つ者が生まれないこの国で、異形の姿と魔力を持っていることが知られれば忌避され、恐怖されることは間違いない。

(結果的にラファの力を抑えることができたのは良しとしなければならない……のか。ラファ、すまない)

酒でも飲まなければやっていられず、フェルナンドは盃を重ねた。

 

 

ラファエラのベッドの傍らで、ガブリエレはラファエラの目が覚めるのをじっと待っていた。

涙のあとが痛々しく残るラファエラの寝顔を眺めながら、ガブリエレは自分を責めずにはいられなかった。

(俺にもっと力があれば、ラファにあんな辛い思いをさせなかった。どうして俺よりもあんな男が守り人として強い力を持っているんだ?)

ラファエラがレオに抱かれている最中に上げていた艶めかしい声が、ガブリエレの脳裏によみがえる。

(ラファが封印の為にレオに抱かれているというのに、俺は壁を隔てて聞こえるラファの嬌声に、興奮を感じてしまった)

ガブリエレは無力な自分と、ラファエラに劣情を感じてしまった自分を呪った。

守り人としてずっとラファエラを見守り続けてきたガブリエレは、無意識のうちにラファエラを恋愛対象として考えないようにしていた。それは守り人としての教えを受けた自分にとっては当たり前のことだった。ラファエラに対して恋愛感情を持つことは、天翼族の血を守るために存在する一族の存在意義の根幹を揺るがすものだ。

けれど、自分以外の男がラファエラに触れ、抱いた今、ガブリエレは自分の恋情に気づいてしまった。

(俺はラファエラを愛していたのか……)

ガブリエレは無邪気に眠るラファエラの頭をそっと撫でた。

(……守りたい。今度こそ全身全霊を掛けて)

「ん……」

ラファエラが身じろぎをした。目を覚ましそうな様子に、ガブリエレは固唾をのんで見守った。ラファエラの目が開かれ、美しい水色の瞳が現れる。

「ガビィ?」

「ラファ、体の調子はどうだ?」

ガブリエレの心配げな顔に、ラファエラは自分に起こったことを思い出した。

感情の高ぶりと共に、白い翼と身体を無理矢理に開かれた記憶がよみがえる。

「……っやあ」

「大丈夫だ。封印は成功した。もう大丈夫だ」

ゆっくりとガブリエレの手が頭を撫でると、パニックを起こしそうになっていたラファエラは少しずつ落ち着いていく。

(この手はレオじゃない。ガビィの手だ)

「もう、大丈夫なの?」

「ああ、力の波動は感じない。封印は成功した」

ガブリエレの力強く頷く姿に、ラファエラはようやくつめていた息を吐きだした。

「そう、はぁ……」

「力を抑えきれなくてすまなかった。俺にもっと力があれば、ラファに苦しい思いをさせなかったのに」

ガブリエレの声は低く、後悔の念にうつむいている。

「ガビィの所為ではないわ。私もパニック状態だったし……」

そう言いかけて、ラファエラはレオに抱かれた感触がよみがえってくる。ゾクリと背中を駆け昇った微かな快楽の残滓に、ラファエラは思わず自分の身体を抱きしめた。何も身につけていないことに気付いたラファエラは慌てて布団をかぶる。

(やだ、裸のままじゃない)

「着替えたいから、ちょっと外に出てもらえる?」

「いや、いい。そのままで、俺はそろそろお暇するから」

「そう?」

ラファエラは羞恥に顔を染めつつ、布団の中から答える。

「俺はラファを愛している。こんな情けない男でも良ければ俺のことを恋人として考えてみてくれないか? 答えはすぐじゃなくていい。じゃあ、ゆっくり休んでくれ」

(ちょっと待って!)

ガブリエレは爆弾発言を落として部屋を去って行った。

ラファエラは思わず布団を剥いで飛び出しそうになり、何も着ていない事を思い出して留まった。

(ガビィが私を愛している? そんな……彼は同僚で、友人で、守り人なのに……?)

ラファエラは告げられた思いに混乱していた。

(愛ってどういう気持ちなの?)

ラファエラは初めて感じる気持ちに、胸が熱くなり、どうしていいか分からなくなる。

(私はガビィのことが好き。友達として、一緒に過ごしていて楽しいし、同僚として尊敬もしてる。そして、これまでずっと私のことを見守ってきてくれた人……)

ラファエラにとってガブリエレの存在は友人であり保護者のようなものだ。これまで恋人を作ったことのないラファエラには、恋人として考えてほしいと言われても、全くと言っていいほど実感が湧かなかった。

それでも愛していると言ってくれた言葉は、ラファエラの胸を熱くした。

(でも、私はレオに抱かれてしまった……)

ラファエラは体に残る痛みに、レオに抱かれた事を否が応でも思い出してしまう。少なくともレオにとって、ラファエラを抱けるほどの興味があったということは間違いない。

(男の人は、好きじゃなくてもああいうことをできちゃうんだ……)

しかもレオは敵対するラフォレーゼの一族の一員だ。

ラファエラは不思議なほど彼を嫌うことができなかった。結果的にレオに抱かれてしまったけれど、それも封印をするために仕方ないことだったと、納得している。

背中の激しい痛みに、行為の記憶は曖昧だ。だが彼の腕はどこまでも優しく、終始ラファエラを気遣ってくれていたことだけは感じ取っていた。そして背中の激痛が次第に治まり、下肢を貫く楔がもたらす痛みさえ、次第に快感に変わってしまっていたことに気付いたのはいつだっただろう?

レオとの行為を思い出してしまい、悶々とするラファエラはベッドの中で寝返りを打つ。

眠れないかもしれないと思われたが、痛みに疲労していた身体はあっさりと眠りの淵に落ちた。

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