「ここが、新本部……」
助手席でイリヤが目の前にそびえる真新しいビルを見上げながら呟いた。
レイはオメガから連絡をもらった座標へ移動していた。郊外の隠れ家からエアカーで移動し、そのまま地下の駐車場へと車を進める。
空いた場所に車を停めると、すでにエアカーが一台停車している。
時刻は9:00と、局員に連絡した集合時間までにはまだ間がある。
――もう監査部が動いているのか?
相変わらずの仕事の速さに、レイは改めて上司の有能さを思い出していた。
レイは無言で車から降りると、無言でエレベーターに向かう。生体認証を照合し、ゲートをくぐるとエレベーターに乗り込んだ。イリヤもレイのあとを無言で追いかけてくる。
ふたりを乗せたエレベーターは最上階で自動的に止まった。
レイがフロアへ足を踏み入れると、予想通り監査部に所属するデルタ、イプシロンの顔があった。
「お久しぶりです。アルファ」
「久しぶりだ。デルタ、イプシロン」
「本当に。できればこのような場所では会いたくなかったのですが」
「本当にな」
イプシロンの言葉にレイは頷いた。
身内に内通者がいるかもしれないと疑ってかからなければならないのは本当に面倒だ。
「10:00には全員が集合の予定。ファイは何処かその辺の机を自由に使ってくれ」
レイはカツカツと苛立ちを床にぶつける様にブーツの音をフロアに響かせながら、自分の個室へと足を踏み入れた。これまでの無機質な部屋とは異なり、アンティークなインテリアが目を引く。
レイは後ろ手にドアを締め机に近付くと、ふと先客がいることに気が付き体を強張らせた。
レイの気配を感じ取った先客は肘掛椅子をくるりと回す。
サファイアブルーの瞳とプラチナブロンドを持つ長身の男がレイの前に姿を現した。普段は冷酷な光を湛えた瞳には、今は焦がれるような色を宿してレイを見つめている。
「オメガ……」
レイはまさかオメガがここへ姿を現すとは予想だにしておらず、しばし呆然とその姿を見つめた。
「久しぶりに会ったのに、挨拶もなしかい?」
皮肉気に片方の眉を上げると、オメガはゆっくりとレイに近付いた。
「ご苦労様です」
レイは務めて冷静な声を出そうとしたが、その口から出たのは思ったよりもかすれた声だった。レイはオメガの近くに居るといつも感じる不安感に、胃の底が冷たくなるような気がした。
オメガが長身には似合わぬ素早い動きでレイに近付く。
レイが避ける間もなく、唇をオメガに捕らわれていた。
「やめっ……ん、んぅ」
制服の首元をくつろげられ、喉元に残されたイリヤの執着の証がオメガの目に晒される。オメガはその証を目にした途端に、苛立ちに頭がグラグラと煮え立つのが分かった。
オメガはレイを捕え、口づけを深くする。その大きな手でレイの尻をつかんで揉みあげる。
常ならばこの辺でレイも諦めて体の力を抜くというのに、今日は頑なに全身でオメガを拒否している。
オメガは苛立ちのままにレイの口内を蹂躙すると、しばらくして口だけを解放した。
ようやく自由になったレイの唇は赤くぷっくりとはれ上がっている。
「レイ、いつまで強情を張るつもりだ?」
「ショウ、こんな不毛なことは止めてほしい」
レイは動揺のあまり、オメガの本名を呼んでいた。
「不毛だと?ふざけるな。私の気持ちを勝手にお前が決めるのか?」
「だってそうだろう?ずっと以前から私は断っているのにっ」
レイは何とかオメガから逃れようと身をよじる。けれども強く抱きしめられた腕は緩む気配を見せてくれない。
「お前が誰かを決めるまで、私は諦めない」
「だからと言って、私の自由を奪うな」
怒りの限界に達したレイはオメガの頬を打った。
バシッ。
小気味よい音が室内に響いた。
ようやく冷静さを取り戻したオメガはレイの体を離す。
素早くあとずさってオメガから体を遠ざけると、レイは自分の机に向かう。
オメガはレイにはたかれた頬をさすりつつ退却することを選んだ。
「私は諦めないよ」
オメガはそう言い残して部屋から姿を消す。
いまだオメガによってもたらされた苛立ちと怒りが体の中を渦巻いている。こんな状態では仕事はできないと、レイは射撃訓練を選んだ。
局員が出勤し始めたフロアを抜け、エレベーターで地下に降りる。
途中で怪訝そうな顔をしたファイや、デルタ、イプシロンとすれ違ったが、無視して通り過ぎる。
完全に防音が施された地下の射撃訓練場で、レイは保管庫から訓練用のアサルトライフルを取り出した。
「プログラムC2、Start!」
射撃訓練プログラムの開始を支援AIに告げると、次々と射撃対象がレイの前に現れる。
レイは素早い判断を下しながら、アサルトライフルのトリガーを引いた。
訓練用のアサルトライフルからは実際の弾丸は射出されない。代わりにトリガーを引いた瞬間、レーザー光で照準への命中率が記録される。
スコープ内に表示される成績の悪さに、レイは自分を罵りたくなった。
精神的な集中を要求される射撃訓練で、冷静になれない自分の未熟さ加減が嫌になる。
「Stop!」
レイは腹立ちまぎれにAIにプログラムを中止させ、アサルトライフルを片付けた。
レイはそれ以上の訓練を諦め、自分のフロアへと戻る。
その頃には新しい本部の場所を告げた局員たちも全員揃っていた。