13. ノーフォーク公の別荘

「お嬢様、今日も届いたのですが……」

ミセス・ギルモアが申し訳なさそうな顔で薔薇の花束を抱えている。

「部屋に飾っておいて頂戴」

「承知しました」

ラファエルがあっさりと引き下がってから一週間が過ぎようとしていた。翌日から毎日のように何かしらプレゼントが届く。

それはリボンでラッピングされたお菓子であったり、かわいらしい花束だったりと、つき返すのがためらわれるようなたわいもない物ばかりだった。ゆえに、ダイアナは仕方なくそれらを受け取っている。

初日に届いたメッセージカードには、『礼は不要。ラファエル』と書かれていたためお礼の手紙も送っていない。

「そろそろ断ったほうがいいんだろうな……」

ダイアナはプレゼントのひとつである白いウサギのぬいぐるみを抱き上げた。柔らかな感触と、つぶらな赤い瞳のぬいぐるみはダイアナの乙女心をくすぐるには十分なほど可愛らしく、つい執務室の机の上に飾ってしまっている。ラファエルの気持ちに応えるつもりがないのに、自分のことを考えて選んでくれたであろうプレゼントが嬉しくて、ずるずると返事を先送りにしていた。

(私が怪盗アルテミスを続ける以上、だれとも未来などありえないのに)

「お嬢様、よろしいですか?」

部屋の扉をノックする音がして、入室を許可するとコナーが姿を現した。

「どうかした?」

「絵画のありかがわかりましたので、ご報告に参りました」

コナーの声に沈んでいたダイアナの顔がぱっと輝く。ダイアナの発情期のせいで怪盗アルテミスとしての活動はすべて延期となっていた。

「それで場所は?」

「別荘のようです」

ダイアナはコナーが差し出した書類を受け取って、目を通し始める。どうやら今度こそ取り戻すことができそうだ。

 

数日後、準備を整えたダイアナは相棒のコンラッドと共に、ノーフォーク公の別荘のある王国の南部へと旅立った。

ロードスターのハンドルを握るコンラッドはときおり鼻歌を歌っている。

「ご機嫌ね」

「この車をぶっとばすのも久しぶりですから」

コンラッドは車を運転していると性格が豹変する。好戦的な目つきでぺろりと唇を舌で湿らせると、アクセルをさらに踏み込んだ。

海風を受けながら岩場の続く海岸沿いを進み、予定通りシェフィールド家の別荘に到着する。目指すノーフォーク公の別荘はすぐ近くだ。

「お疲れ様でした」

「これが私の仕事ですから」

運転席から降りたコンラッドはすばやく助手席に回って、ダイアナのほうのドアを開けた。

赤毛のウィッグで変装済みのダイアナが、すらりとした脚を伸ばして車から降りる。短いスカートから覗く脚を直視したコンラッドはさっと目を逸らした。このまま見続けていると不埒(ふらち)な思いを雇い主に対して抱いてしまいそうだった。

「どうしてダイアナ様はアルテミスの仕事となると、そのように露出が多い格好をされるのですか?」

コンラッドは常々疑問に思っていたことをダイアナにぶつけた。

「あら、今の私はだめ?」

普段のダイアナらしからぬこわく的な笑みを浮かべるダイアナに、コンラッドは顔に血が上るのを止められない。

「いいえ、とんでもない。ですが……もうすこし、肌を隠したほうが……、でも……」

ぶつぶつとひとりつぶやき続けるコンラッドを置いてけぼりにして、ダイアナは颯爽(さっそう)と歩き始めた。

このスタイルはダイアナにとっての仮面だ。いつものおとなしくて真面目なダイアナではとうてい盗みを働くことなどできない。姿を変え、大胆な格好をして別人になりきることで、ダイアナはこれまで自分に課してきた役割を果たしてきた。

窃盗という大それたことをするにはそれなりの覚悟が必要だ。警察に捕まればダイアナの人生は社会的に終わりを告げる。それでも、先祖から受け継がれてきた遺産を取り戻すと決めたのだ。

ダイアナは海岸線沿いの遠くに見えるノーフォーク公の別荘を見つめた。

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