前方からゆっくりと迫る人影の中に、レイは見覚えのある顔を見つけていた。
――たしか、研究所で見かけた気がする。
ほとんど他人に興味のなかった当時のレイが覚えているのは、ショウと関わりのある人物くらいだった。
微かな記憶がレイの脳裏に蘇る。
――確かショウにまとわりついていた男だった気が……。
男はレイの顔を見つめて笑みを浮かべた。
男の後ろには武装した兵士がレイに銃口を向けている。レイもアサルトライフルのトリガーに掛けた指を放すことなく構えたままだ。
「久しぶりだね、レイ。ショウは元気にしているかな?」
「お前は誰だ?」
「そっか……、僕の名前も覚えてないんだ。じゃあ、挨拶は不要だったかな?」
金髪に白衣を着た男は、へらりと笑みを浮かべた。
「改めまして。僕はキングだよ」
「お前が『赤の翼』の首領なのか?」
「そうかもしれないね」
「そうか」
どうやら『赤の翼』の幹部らしいこの男には聞きたいことがある。
レイはせん滅から確保に作戦を変更する。
背中に付けたシースナイフを取り出すと、キングの横をすり抜けて、後方にいた兵士に一気に詰め寄り喉を掻っ切る。
噴き出した血をよけながら、レイはキング以外の兵士をあっという間に床に沈めた。
キングに向き直ったレイは、構えられたナイフに目を見張った。
キングに向かって踏み込んだレイは、思わぬ反撃に上半身を反らして攻撃を躱す。
「やるね」
キングは続けざまに刃を振るう。
レイは繰り出されるナイフの攻撃を、シースナイフで受け止めながらも、男の正体へと思考が向かうのをとめられない。
――この男、GRチルドレンかっ!
自分と同じ反応速度で刃を繰り出し、攻撃できるのは通常の人間ではありえない。
レイは止めどなく迫り来る攻撃を弾くだけで精一杯だ。
「ああ、時間切れみたいだ」
キングは軽薄な笑みを浮かべたまま、大きく後ろへ飛し退さった。
「また、ね」
レイは荒い息を吐きながら、キングが去るのを黙って見送る。しばらくして息が調うと、ナイフを背中の鞘にしまって屋上へ向かって走り出す。
屋上の扉を開けた瞬間、X-000が空中でホバリングしている姿が目に入る。
大きく開けられた、後部ハッチに向かってレイは屋上を走り、手摺に足をかけ飛び移る。
レイを回収したX-000はそのまま上空へと舞い上がった。
「アルファ、大丈夫ですか?」
X-000が水平飛行に移ったところで自動操縦に切り替えたイリヤは、後部座席でぐったりと座り込むレイの側に屈みこんだ。
「ああ、何とか……」
「血が……」
レイの頬にうっすらと残る細く赤い筋に気付いたイリヤは手を伸ばした。
「大したことない」
「貴女の体に傷をつけるなんて、よほどの相手だったんですね」
「ああ……」
いつになく落ち込んだ様子のレイに、イリヤは素早く頬にキスを落とす。
「管理室のデータ回収には成功しました。すべてこちらに複製が終わっています。ラムダには鎮静剤を投与してありますから、本部に着くまで目を覚ますことはないでしょう」
「そうか……ありがとう」
「貴女が無事で良かった……」
イリヤはレイの手を取り上げると、次々とキスを落としていく。
手の甲、手のひら、腕へとキスを落としたイリヤの目は、情欲に潤んでいた。
「イリヤ……、続きは帰ってからだ」
「イエス、マム」
イリヤは最後に唇にキスをすると、名残惜しそうにコクピットへと戻って行く。
後ろ姿を見送ったレイは、回収したデータの解析をAIに指示すると座席の上に寝転がった。
遭遇した同じGRチルドレンらしきキングとのことにどうしても思考が向かってしまう。
――戻ったらオメガに報告しなければ……。
疲れ切った体は休息を欲しており、レイの意識はそのまま闇に飲み込まれた。