30. 辺境伯の継承

結婚式から一月ほどが経ち、ナディアはいつものように屋敷で父の代わりに執務を行っていた。フロレンシオは最近ではよく砦に出向き、兵士を指導している。オスバルドに負けない実力の持ち主として認められ、辺境軍の皆とも上手くやっている様子だ。

もともと王都で騎士団の副団長を務めるほどの持ち主だったため、心配はしていなかったが、やはり伴侶が皆から認められると嬉しい物がある。

ナディアが次々と書類を片付けていると、ルカスが手紙を持って部屋へと入ってきた。手紙は王からの封印が施されている。

ナディアはルカスから手紙を受け取ると、慌ててマウリシオの寝室へと向かった。

「父上、入りますよ」

ナディアが寝室に足を踏み入れると、マウリシオはちょうど目を覚ましていた。

「やっと届いたか……」

マウリシオはナディアの手にした封筒を見て呟いた。

「これが何か知っているのですか?」

「ああ、俺がフェリクスに頼んで辺境伯の地位の継承を願い出た返事だ」

「父上! いつの間に」

ナディアは自分が知らぬ間に父が画策していたことに腹を立てた。

「こういうのは早いほうがいいだろう?俺だっていつくたばるかわらかねぇ。開けてみろよ」

マウリシオの言葉に、ナディアは恐る恐る封蝋をはがした。

取り出して開いた手紙にはナディアに対する辺境伯の継承を認める旨がしたためられていた。

「父上、王が認めてくださいました」

「そうか、これで俺も一安心だ」

マウリシオはベッドヘッドにもたれかかり、大きく息をついた。

「父上……」

ナディアはマウリシオに掛ける言葉を見つけられずにいた。

「そんな顔するな。これからはお前が辺境伯だ。皆の事を頼んだぞ」

「はい」

ナディアの目からはひとりでに涙が溢れていた。

(もう父上は辺境伯を務めることが出来ないほど弱っているのだ……)

遠からず、マウリシオが自分をおいて逝ってしまうことを改めて思い知らされたナディアは、涙を堪えることが出来なかった。

「父上っ……、嫌だっ、死なないでっ」

ベッドの上のマウリシオに縋り付いたナディアは、とうとう堪えきれずに嗚咽を上げた。

激しくむせび泣くナディアの背中をマウリシオがそっと撫でた。

「こればっかりはしかたねぇ。先に逝ったモニカとクラウディオが待ってるから、あんまり気にするな」

「でも、父上が……いなくなるなんて、私はどうすれば……」

「大丈夫だ。お前ならできる。フロレンシオもいるじゃねーか」

珍しく弱音を吐く娘に、マウリシオは苦笑した。

体こそ大きくなったもののやはり未だ十八歳の娘には荷が重いだろう。フロレンシオならばナディアを支えてくれるはずだ。

「そんなにすぐに俺を殺すなよ。できればお前の子供の顔も見てーからな」

「はいっ。頑張ります」

ナディアは言ってからそれが指す意味に考えが至り、顔を赤く染めていた。

「ああ、頼むぞ」

ようやくマウリシオも笑い、ナディアの涙も治まった。

「すみません、取り乱して。失礼します」

ナディアは我に返り、これ以上父を疲れさせてはいけないと部屋を後にした。

廊下にはルカスが待ち構えていた。

「辺境伯の爵位継承、おめでとうございます」

「ありがとう」

ナディアは家令からの祝いの言葉を素直に受け取った。

(これからは私が辺境伯としての務めを果たさねばならないのだ。だが、私の周りには私を助けてくれる人がたくさんいる。自分一人で抱えきれなければ、皆に助けてもらえばいいのだ)

ナディアは改めて自分の務めを深く自覚したのだった。

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