ラファエラは仕事を終え、黒鷲団の砦の前でレオが出てくるのを待っていた。次々と騎士たちが砦から出てくるが、なかなかお目当ての人物は見当たらない。
(レオはまだかな~)
ラファエラがじっと待っていると、何人かの騎士に声を掛けられる。
「どうしたの?」
「あの、人を待っているんです」
「君みたいなかわいい子を待たせるなんて、ひどいね。それより俺と一緒に遊びにいかない?」
「待っているので……」
(しつこい)
ラファエラはどう断っていいのか分からず、困っているとようやく目的の人物が現れた。
「レオ!」
ラファエラが手を振って声を掛けると、レオは駆け寄った。
「げっ! ごめん」
目の前の騎士は不機嫌そうなレオの姿を認めると、さっさといなくなってしまった。
「何かあったのか?」
「ううん、ちょっとあなたに話があって待ってたの」
「ここは人目が多すぎる。移動しよう」
ラファエラが頷くとレオは自宅へと向かって歩きだした。
「そういえばレオの家を知らないわ」
(私は全然レオの事知らない……)
「そうか。ラファエラの家からはそれほど遠くない」
「そうなの」
(駄目だ~。ドキドキする)
ラファエラは緊張して会話が続かない。レオもラファエラの話というのが気になって、上の空になっている。しばらく二人は無言のまま歩き続けた。
「ここだ」
レオが足を止めたのは、大きな屋敷の前だった。自分の家の倍ほどもある大きさに、ラファエラは気おくれして思わず後ずさる。
「凄く大きくない?」
「普通だろう」
(絶対に普通じゃないと思う)
レオは扉を開けてラファエラを招き入れた。
すぐに執事が顔を見せる。
「おかえりなさいませ。旦那様」
「戻った」
レオの後についていくと応接間らしき部屋へとたどり着く。ラファエラは執事が出してくれたお茶を飲むと、ようやく話を切り出した。
「あの、……私、どうしたらいいか分からなくなって、でもレオのことも気になってて、それで……、もっとあなたのことを知りたくて来たの」
ラファエラの言葉にレオの顔つきが真剣なものに変わる。
「それは……私に少しでも恋愛感情があると受け取っていいのか?」
「……うん。そうだと思う」
ラファエラは顔を真っ赤にしながら、うつむきながら答える。そのせいで、ラファエラの言葉にレオが珍しく笑みを浮かべたことに気づかずにいた。
だが、部屋の隅に控えていた執事は、レオの笑顔に驚愕せずにはいられなかった。
(あの、坊ちゃまが……!)
家でもほとんど表情を変えないレオが、こうも感情をあらわにするところなど、幼い頃以来ではないかと、執事は感慨にふけった。
「……ならば、もっと頻繁に会えばいい」
「そうね」
レオの言葉にラファエラはうなずく。
「何が知りたい?」
「えっと……、なんだろう? 好きな食べ物とか、趣味とかかな……」
ラファエラを見つめる目が、とても優しいものであることに執事は気づく。けれど、その違いは本当にわずかで、幼い頃から仕えている執事だからこそ気づけたのだ。
ラファエラは恥ずかしくて目を上げられず、レオの優しい眼差しに気づくことはなかった。
「実は……ガビィからも恋人になってほしいって言われているの」
そうとは知らず、ラファエラは自分のおかれた状況を正直にレオに伝えてしまう。
「ガビィ?」
レオはラファエラの口からもれた天翼族の守り人の名に、胸の奥に苛立ちが沸き起こるのを感じた。
(ガブリエレ・バッティスタか……。あいつもラファエラが好きだと?)
ラファエラはレオの目に冷酷な光が宿り始めるのに気づかず、話を続けた。
「ガビィはガブリエレのことよ。私の幼馴染で、王立研究所で私と同じ研究員なの」
「それで?」
レオはこれまで感じたことのない、冷たい怒りが湧き上がってくることに戸惑う。ラファエラの口からほかの男のことが語られるたびに、その怒りはどんどんと大きくなっていく。
(何なのだ、この怒りは?)
初めて感じる感情に、レオは戸惑う。
「レオ?」
レオの怒りを感じ取ったのか、かすかにおびえた表情でラファエラが見上げていた。
「ラファエラ……、君は私のことを知りたいと言ったな?」
「ええ……」
「ならば、話をするよりもっと分かり合う方法がある」
レオの目がギラリと光る。
「そうなの?」
混乱のうちに純潔を失ったラファエラは、無防備に首をかしげた。
(そうだ。君の口からほかの男の名が呼ばれるのは我慢できない)
「ああ、だから私の部屋へ行こう」
(そして、こんどこそ私の存在を刻み付けてやる)
レオの口は笑みを形作る。けれどその目は冷たい光をたたえたままだった。