19. 辺境伯の娘、窮地に陥る

ナディアは砦で生き残った仲間たちと、再会を喜び合った。さっさと食事を済ませ明日への戦闘に備えて眠る。見張りの数名を残して辺境軍は休息を取っていた。既に剣を交えたことは伝書鳩で王都へと届けてある。しかし、こちらへ向かっているはずの王軍からの連絡は未だなかった。

早く王軍が到着しなければ、兵力差はいかんともしがたい。ナディアは早い王軍の到着を祈る事しかできなかった。

翌日も朝から川を挟んで両軍は睨み合っていた。さすがに今日はカルバハル軍も簡単には攻撃を仕掛けてこない。

昼ごろに差し掛かる前に敵側中央から楔型に陣形が突出し、攻撃が始まる。ナディアは両翼に別れて突出した陣形を分断する作戦に出た。

なんとか敵軍の脇をついて壁を薄くすることはできるが、分断するまでには至らない。ナディアは刀を振るいながらも、なかなか相手を切り崩せない局面に苛立ちを隠せなかった。その苛立ちが隙を呼び、突かれた槍に重心を崩してナディアは落馬してしまう。幸いにも怪我はないが、再び馬に騎乗できる暇はない。ナディアは地面に降りたまま刀を振るった。

オスバルドがナディアの窮状に気づき、近付こうとするがなかなか思う様にいかない。刀を振り続けるナディアの体には次第に疲労が蓄積していた。ふとした瞬間にふとももを突かれ軽く傷を受けてしまう。それでも興奮状態のナディアは痛みにひるむことなく、刀を振るい続けた。そうして何時間かが過ぎた頃、突然砦の方から兵士の一群が一直線にこちらへ向かってくる。

「ベネディートの英雄だ!」

年配の騎士から上がった声に、カルバハル軍がひるむ。ナディアは先頭を進む赤毛の長身の姿を見つけ、思わず安堵を覚えた。

(フェリクス様が来て下さったのだ!)

白百合騎士団が来たということは、フロルもどこかにいるはず。

ナディアは敵を斬り捨てながらも、フロレンシオの姿をその中に探していた。

「ナディア!」

覚えのある自分を呼ぶ声にナディアは心が浮き立つのを感じた。

(フロル!)

フロレンシオが騎馬でナディアに向かってくるのが、視界の隅に入る。けれど怪我による失血でナディアはその場で倒れ込んだ。フロレンシオは大剣を振り回しながら敵を牽制する。ナディアに駆け寄ると、気を失ったナディアの体を地面からすくい上げ、砦へと急ぐ。

ようやく取り戻した愛しい人の命をつなぐ為、フロレンシオは布をきつくナディアの太ももに巻きつけると、砦へと馬を駆った。

砦では救護班と医者が待ち構えていた。ナディアの様子を見て取るとすぐに治療室へと運び込み、治療が始まった。フロレンシオはただ廊下でナディアの無事を祈ることしかできない自分に気づくと、再び戦場へと戻って行った。

戦場では倒れたナディアに代わってフェリクスが指揮を執っていた。ナディアと同様に突出した陣形を分断するように、白百合騎士団にも指示を出す。

「行け!国境を守れ!」

フェリクスの指示により辺境軍は劣勢を盛り返していた。王軍の合流によって士気の上がった辺境軍は、果敢にカルバハルを攻め、突出した陣形の分断に成功した。フロレンシオも得意の大剣を振り回し、敵の数を見る見る減らしていく。

分断された軍勢は徐々に数を減らし、再びカルバハル側の退却の笛が戦場に響く。

「おおー!」

敵の退却に勢いを得たイグレシアス側は国境の川を越えない程度に相手を追撃し、更に敵の数を減らすことに成功した。戦況を眺めていたフェリクスの頬がようやく少し緩んだ。イグレシアス側にも退却の合図が流れ、一斉に退却を始める。

ほとんどの兵を失ったカルバハル側に対し、イグレシアス側の損失は少ない。カルバハル側が白旗を掲げたことで戦いはようやく終結した。

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