12. 迷い

「ラフォレーゼは俺が思っていたほど厚顔無恥ではなかったということか……」

つぶやくフェルナンドに、ラファエラは悩ましげな吐息を漏らす。少し落ち着きを取り戻したフェルナンドはソファに腰を下ろした。

「いまどき、純潔でなければ結婚できないということもあるまい。ラファがいやなら断ればいい」

フェルナンドはこれまでラファエラに近づこうとしてきた男たちと同様に、レオを彼女に近づけるつもりはなかった。

「でも、私だってそろそろ適齢期なのよ。取り立てて美人でもないし、こんな私でも結婚してほしいというなら……」

「馬鹿な! ラファは可愛い!」

フェルナンドはラファエラの言葉をさえぎる。

(男を近づけないようにしていたのが、仇となったか……)

男性を近寄らせないようにしていたために、ラファエラは女性としての自信を持つことができなくなっていることに、フェルナンドはようやく気づく。フェルナンドは己の失策を悔いた。

「そうじゃなくて……。私は私を愛してくれる人と一緒にいたいだけ!」

「俺じゃだめなのか?」

「だって、フェルは兄さんでしょう?」

(そんなことはわかっている!)

フェルナンドは心の中で歯軋りした。

(ラファエラだって、いつか恋をして俺から離れてしまうことなどわかっている。……それでも、もう少しだけ、そばにいてほしかった。生まれてからずっと共にすごしてきた、俺の……半身)

「あとね……ガビィからも恋人として考えてくれないかって言われたの」

「……初耳だ」

(あいつまで!)

苛立ちがフェルナンドの胸を焼いて騒ぐ。

(俺の、俺だけのラファだったのに!!)

「ねえ、フェル。私どうしたらいいの?」

幼子(おさなご)のように見上げてくるラファエラの目を見たフェルナンドは、あふれ出しそうになる己の気持ちにいったん蓋をすることにした。

「ラファ……」

フェルナンドは大きく息を吐いた。

(ラファは俺よりも大切な人を見つけてしまった……)

「ラファはどっちが好きなんだ?」

「……わからない。子供のときからずっと一緒にいてくれたガビィは、私にとっては大事な人。私のこともよく知っているし、一緒にいるのが楽しい。それに私を『愛している』って言ってくれた……」

ラファエラはそのときのことを思い出したのか、ほほを染めた。

フェルナンドはその様子に大人の女性の色香を感じ取って、ますます双子の妹が遠のいた気がして寂しさを感じずにはいられなかった。

(もう、俺だけのラファではいてくれない……)

「レオは……私の天翼族の血を封印して助けてくれた。彼がいなかったら……」

「……そうだな」

フェルナンドは震えるラファエラを背中から抱きしめた。レオがいなければラファエラの封印は解け、この国で唯一魔力を持つ者として、排斥されるか、利用されるかしていただろう。

想像したフェルナンドはラファエラを失っていたかも知れないことに気づき、心底おびえた。

(誰だろうと、ラファを奪わせはしない)

「わからないのなら、納得のいくまで考えればいい。ふたりともよく話し合って、互いのことを知ってからではだめなのか?」

フェルナンドは己の醜い気持ちを押し隠して、ラファエラに助言する。

「……そうね。もう少し考えてみる。ありがとう、フェル」

ラファエラはフェルナンドの頬におやすみのキスをすると、立ち上がる。ラファエラの姿が見えなくなったとたん、フェルナンドの兄の仮面は剥がれ落ちる。

「……俺は、ラファが選んだ相手を認められるのか?」

フェルナンドは自分に向かって問いかけてみるが、とても笑ってラファエラの幸せを祈る気持ちにはなれそうもない。

(俺は……ラファを愛している。妹として……、そうでなければならない)

フェルナンドはそう自分に言い聞かせながら、痛いほど強くこぶしを握り締めた。

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