6. 家出娘、白百合騎士団に入団する

翌朝、ナディアは白百合騎士団の門の前に居た。手にはロベルトからもらった紹介状を持っている。

入り口でしばらく待たされた後、案内されたのは騎士団の団長室だった。

(ちょっと待て、何で団長室なの?)

ナディアの内心をよそに、案内役の騎士はさっさと扉を開けて団長室へと入ってしまう。仕方なくナディアも後に続いて入ると、立派な体格の男性が二人、部屋の奥に佇んでいた。

燃えるような赤毛に綺麗な水色の瞳をしている男性の年齢は、ナディアの父と同じかすこし下くらいだろう。もう一人の人物も同じくらいの身長だが、ストロベリーブロンドに美しい水色の瞳を持っていた。こちらはもっと若い。二十代半ばくらいだ。

「団長のフェリクスだ」

(やっぱりー!)

フェリクスの周りにただよう威厳から、そうではないかと思っていたが当たってほしくない予想が当たってしまう。

「ナディです」

「紹介状は読んだ。ロベルトが褒めるほどの腕なら入団に問題はない……が、誰の下につけるか……」

フェリクスは悩んでいる。

「とりあえず、後はフロレンシオに任せる。分からないことがあったらそいつに聞け」

フェリクスの隣にいたストロベリーブロンドの男性が前に進み出る。

「副団長のフロレンシオだ」

(やはり、副団長だったか)

ナディアは軽く頭を下げた。

「ついてこい」

ナディアはフロレンシオの後について歩き出した。フロレンシオは丁寧だが、事務的な口調で騎士団の中を案内していく。騎士団の建物の案内が終わり、最後に宿舎へとたどり着いた。

「こっちが男性騎士用の宿舎、あちらが女性騎士用の宿舎だ。お前はこっちだ」

フロレンシオがナディアを男性用宿舎に連れて行こうとしたので、ナディアは慌てた。

「ちょっと待ってください!」

「ん?なんだ」

フロレンシオは面倒くさそうにナディアを振り返った。

「私、女なんですが」

「は? 嘘だろう」

フロレンシオは驚きに水色の目を見張った。

「なんなら確かめてもらっても」

「止めろ、待ってくれ。相談してくるから、ここで待っていろ!」

フロレンシオはそう言うと嵐のように駆け去ってしまう。ナディアはあっけにとられながら後ろ姿を見送った。

しばらくしてフロレンシオは女性騎士を連れて戻ってきた。茶色の髪に柔らかな琥珀色の瞳の優しげな女性はこの状況を面白がっていた。

「こちらはアリシアだ。宿舎の案内は彼女に任せた。終わったら副団長室に来るように」

「了解しました」

フロレンシオは慌てて去っていく。ナディアはその慌てぶりを面白そうに見送った。

「はじめまして、ナディだったかしら?」

「はい」

「じゃあ案内するわね」

宿舎には風呂も用意されており、ナディアはいたく感動した。

(これで汗臭い日々ともおさらばだ!)

アリシアはナディアを部屋へと案内すると、用事があるからと去ってしまった。ナディアは荷物を片付けると、言われたとおり副団長室へと向かう。

フロレンシオが赤面しながら謝ってきた。

「すまなかった。その、てっきり男性だと思って」

「いえ、慣れていますから」

ナディアにとってはよくあることなので、いまさら気にしていない。

身長の高さと敏捷な動きが女性らしさを感じさせないのだ。確かに体の曲線にメリハリがないことも理由の一つだろうが。

「それで、私は何をすればいいでしょうか?」

「騎士見習いということになるんだが、今は手の空いている者がいない。悪いが俺の手伝いをしてもらえるか?」

「了解しました。副団長殿」

ナディアは存外面白そうなことになりそうな予感に微笑んだ。

「フロルでいい」

フロレンシオはストロベリーブロンドの髪をかきむしった。

「どうかしましたか?」

ナディアはフロレンシオの顔を覗きこむが、すぐに視線を逸らされてしまった。

「とりあえず、腕のほどを見せてもらおうか」

「喜んで」

ナディアはようやく体を動かせると、わくわくし始めた。

場所を訓練場へと移した。

ナディアは刀を構え、長剣を持ったフロレンシオと対峙する。

すぐに浮ついた気持ちが消え、感覚が冴えていくのをナディアは感じた。

(この人、……強い)

ナディアは自分の得物を構え直す。フロレンシオもナディアの実力に気付いたのか、眉間にしわを寄せた。ナディアは自分から仕掛けた。長期戦になれば体力で劣る自分には不利だ。素早い動きで短期決着を目指すしかない。

ナディアが刀を突きだすと、フロレンシオは素早く避ける。そのままナディアは刀の方向を変えて斬りかかるが、フロレンシオの刀に止められる。鍔迫り合いでは力で劣る自分が不利だと悟ったナディアは一旦後ろへと下がる。しかしフロレンシオは簡単には下がらせてくれない。ナディアの隙をついて、上段から斬りかかってくる。ナディアは素早く避けると、刀をもった手とは反対の手で素早く抜いた短剣を繰り出した。

これにはフロレンシオも驚きを露わに後ずさる。再び二人は睨みあった。

「やめ!」

フェリクスの鋭い声に二人は刀と剣を下ろした。

いつの間にか訓練場の周りには騎士たちが集まり、人だかりができていた。

「二人とも団長室へ来い」

フェリクスの言葉が解散の合図となり、騎士たちはそれぞれの鍛錬や任務へと戻って行った。

戦意をそがれたナディアとフロレンシオは顔を見合わせると、お互いの実力を認めあい、手を差し出した。

「なかなか楽しかった」

「私も」

手を握るとフロレンシオの顔が紅潮した。フロレンシオは慌てて手を解くと、団長室に向かって早足で歩きだす。

(なんでフロルは顔を赤くしているんだろう。皆に見られていたのが恥ずかしかったのか?)

ナディアは首をかしげつつ後をついて行った。

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