11. 近づく距離

目覚めたダイアナは、自分の身体の軽さに驚いた。発情期に入ってからいつも付きまとっていただるさが消えている。

(あれ……、どうしたんだっけ?)

見覚えのない天井が目に入り、慌ててベッドから飛び起きた。

「うわ……」

何も身につけていない身体には所有の証のように、キスマークが至る場所に散らばっている。次々と脳裏によみがえる記憶に、ダイアナは赤面した。ラファエルの囁く甘い台詞が今でも耳に残っている気がする。

ダイアナは耳を塞いでベッドの上に突っ伏した。

「もうっ、やだっ!」

彼の手で何度も絶頂に押し上げられ、ダイアナの身体は完全に快楽に支配されていた。最後まで奪われなかったのが不思議なほどだ。

シーツの中で煩悶していたが、どうにか落ち着いて辺りを見回せば、きれいにたたまれた服が目に入った。用意された服に着替え、靴を履いたダイアナは窓に近づいた。外は暗く、この屋敷についてから半日以上が過ぎていると思われる。

「帰らなきゃ……」

部屋の扉に手を伸ばした瞬間、扉が外から押し開かれた。

「どこへ行くつもり?」

ラファエルが美しい顔ににっこりと笑みを浮かべて立ちふさがる。その目は笑っていなかった。

「うちに帰ります」

ダイアナは恥ずかしさに顔を伏せた。

「そう……。なら送っていく」

「必要ないわ」

とっさに拒否の言葉が口をついて飛び出す。

「家を教えてくれないのなら、帰してあげない」

見上げたラファエルの顔は恐ろしいほど本気だった。彼の力をもってすれば、宣言を実行に移すことは可能だろう。

「……わかった。送って頂戴」

「うん。そのほうが賢明だね」

ラファエルが用意した車に乗り込んで、ダイアナは自宅の住所を彼に告げた。

「意外と近いね」

「そう?」

ダイアナは彼の意図を図りかねていた。強引に家に連れ込んだと思えば、あっさりとこうして家に帰してくれる。もっとも、帰してくれなければ勝手に抜け出すつもりだったが。

(発情期はもう終わったのかな?)

身体は以前と変わらないし、頭がぼんやりした感じもない。このまま忌々しい発情期が終わってしまえばいい。

(この人のそばにいると、おかしくなってしまう。彼は私を伴侶だというけれど、そんなこと私にはわからない)

ダイアナは彼の腕の中では、自分が自分でなくなってしまうような感覚を恐れた。

「着いたよ」

物思いに沈んでいたダイアナの意識を彼の声が打ち破った。ラファエルが自ら運転する車は見慣れた屋敷の前に停車する。

「私よ」

「お嬢様!」

門のインターホンに向かって名前を告げると、機械の向こうから慌てた様子がする。門がすぐに開き、玄関の扉を開けてコナーが飛び出してきた。

「コナー!」

ダイアナは車のドアを開けてコナーに駆け寄った。休暇をとっていたはずのコナーがここにいるということは、ミセス・ギルモアが呼んだのだろう。

「ご無事で……ようございました」

「ごめんなさい」

ダイアナの手を握るコナーの腕は震えている。心配をかけてしまったことを心から申し訳なく思った。

「お客様ですか?」

いつの間にか車を止めたラファエルが隣に立っていた。

「いえ……、そうね」

無言で腕を組んで隣に立つラファエルは帰ってくれそうにない。諦めの境地に達したダイアナは、仕方なく彼を屋敷に招きいれた。

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