7. 家出娘の恩人は

団長室に顔を出しとたん、フェリクスはあまり表情のでない顔でナディアに詰め寄った。

「お前の剣筋はどこかで見たことがある。誰に習った?」

「父です」

ナディアは正直に答えた。

「なるほど。父親の名前は?」

「マウリシオです」

フェリクスは顔色を変えた。

「もしかして、お前ベネディート領から来たのか?」

「そうです」

「ははぁ」

フェリクスは面白がるような笑みを浮かべた。

「まあ、座れ」

ようやく椅子をすすめられ、ナディアとフロレンシオはソファに並んで腰を下ろす。それまで事態を静観していたフロレンシオも何か言いたげだったが、フェリクスの言葉に従った。

「それで、ナディがここへ来た目的は誰かを探していると紹介状にはあったが?」

「十年ほど前のことですが、私を助けて下さった恩人を探しています。攫われそうになった所を助けていただきました。その方は当時騎士見習いだった方なので、もうすでに騎士になっているとは思うのですが」

「ふーん。恩人の名前は?」

フェリクスがナディアの話を続けるよう促す。

「わかりません。金髪で背の高い少年だったという記憶はあるのですが……名前までは」

「そうか。なら、その恩人は俺が探しておいてやろう」

「本当ですか?」

ナディアはフェリクスの申し出に飛びついた。

「ああ、任しておけ」

「ありがとうございます」

ナディアは立ち上がると、深くお辞儀をした。

「もういいぞ」

ナディアとフロレンシオはそろって団長室を後にした。そのまま隣の副団長室へ入る。

「なあ、ナディ」

ナディアは茶器を見つけ出すと、勝手にお茶を淹れ始めた。

「なんでしょう、フロル」

「貴女が王都へ来たのは恩人を捜すためなのか?」

フロレンシオは妙に真剣な顔でナディアを見つめている。

「そうですよ。まあ、来年には結婚の予定があるので、それまで自由を満喫しようと思っていたのでそのついでと言った方が正しいですが」

お茶をカップに注いでフロレンシオに手渡す。

フロレンシオは驚いていた。

「……結婚するのか?」

「親が決めた許嫁がいるらしいです」

ナディアは自分もカップにお茶を注いで椅子に腰を下ろした。

どこか他人事なナディアの様子に、フロレンシオは不快感を覚えた。

「それでいいのか?」

「仕方ないでしょう。あがいてもどうなるものではないので」

辺境伯の後を継ぐ者は私しかいない。生半可な伴侶では辺境を守り抜く事は出来ない。あの父が決めた相手ならばその点だけは心配ないだろう。せめて今だけは自由に過ごしたい。そう思うことは間違いだろうか?

諦めの表情で笑うナディアをフロレンシオは痛ましげに見つめた。

「そんな顔をしないでください。これでもけっこう楽しんでいるんですから」

「すまない」

「さあ、それより指示をお願いします。フロル」

「わかった」

二人は書類の山に取り掛かり始めた。

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