11. 家出娘、逃げ出す

「ナディ、大丈夫?」

(え?)

「何?」

アリシアが心配そうな顔でナディアの目を見つめていた。

「話しかけても返事が無いし、なんだかぼうっとしているから。何かあった?」

「あった……」

「えぇ?」

ナディアの思いがけない言葉に、声をかけたアリシアが驚いた。ここが演習中の砦の食堂であることも忘れて叫んでしまい、アリシアは慌てて辺りを見回した。上部の人間がいないことにホッとして、アリシアはナディアの隣に腰を下ろした。

「もしかして、とうとう告白された?」

ナディアは黙って頷いた。

砦の上で告白された後、ナディアは逃げるようにフロレンシオの元を立ち去った。

(あれ以来、フロルとはいつもの上司と部下の態度に戻ったが、時折彼がじっと私を見つめる視線を感じる。どう返事すればいいのだろう?)

「どう返事をすればいいのか……わからない」

「なるほど……」

アリシアは戸惑うナディアの様子に、最近副団長の様子がおかしいことに得心がいった。

「何って言われたの?」

「恋の一つも知らずに結婚することが私の幸せとは思えないと、あと、好きだと」

ナディアがおずおずとフロレンシオに言われたセリフを告げると、アリシアの目が驚きに見開かれた。

「ちょっと待って、ナディ、貴女結婚相手がいるの?」

「ああ、顔も名前も知らないが、父が決めた許嫁がいる」

「それでいいの?」

「父上が決めたことだ。私はそれに従う」

「だからって、会ったこともない人と結婚なんて!」

アリシアは憤りをあらわにする。

「私には父の後を継ぐ義務がある。そのために必要な事ならば仕方がない」

「でも、ナディだって副団長のこと嫌いじゃないんでしょう?」

「好きか嫌いかと言われれば、好きだが」

「好きだと言われてときめいたりしなかったの?」

ナディアは最近の自分の様子を思い出して答える。

「ときめき? すごく驚いて、鼓動が速くなった。あとなんだか目を合わせづらい」

「思いっきりときめいてるじゃないの!」

「これがときめきなのか?」

「もうっ! ナディ。貴女、副団長を見ていたらドキドキしたりするでしょう?」

「それは……しているかもしれない」

「だ・か・ら、それが恋なのよ!」

「は? こんな気持ちが恋なのか?」

(フロルの顔を見ていると、動悸がする。目が合うと恥ずかしくて逸らしてしまう。フロルがいつ自分に失望してしまうのではないかと心配になる。私が私で無くなってしまう、こんなに不自由な気持ちが恋なのか?)

ようやく恋に気付いたナディアは茫然とした。

「アリシア、どうしよう?」

泣きだしそうになったナディアの表情に、アリシアが慌てた。

「ナディ、落ち着いて」

「わかった。それで?」

じっとナディアに見つめられたアリシアはたじろいだ。

「とりあえず、ナディアの気持ちを伝えればいいんじゃないかしら」

「私は来年には結婚するが、好きだと言えばいいのか?」

「そうなのよね……」

アリシアは困ったようにため息をついた。

「本当に結婚するのよね?」

「ああ」

ナディアは真剣な顔で頷く。

「だとしたら、ナディがとれる選択肢は二つだと思う。一つはありのままの気持ちを伝えるの。もう一つは、ナディには酷かもしれないけど、副団長の事は好きではないと嘘をつくこと」

「そんな……どちらにしてもフロルを傷つけてしまう」

ナディアはフロレンシオの傷ついた表情を想像して、目の前が暗くなるような気分に襲われた。

「そうよ。恋愛なんて綺麗ごとじゃないわ。誰かの恋が実れば、誰かの恋が破れることもあるわよ」

アリシアの言葉には実感がこもっていた。

「そうか……アリシア、考えてみる。本当にありがとう。こんなに親身になって相談に乗ってくれるなんて、まるで姉様ができたみたいだ」

兄弟のいないナディアにとってここまで話をできる女性は初めてだった。

「本当?私もそう思ってくれると嬉しいわ」

ナディアはアリシアとの出会いに感謝しながら、フロレンシオに対する返事を考え始めた。

(やはり、全てを告げるべきだろうか?)

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