「敵襲! 南門に敵接近!」
明け方の静寂が見張りの声によって破られた。
仮眠を取っていたナディアは傍らに置いた刀を取り上げ、寝床を飛び出した。すぐに南門に向かって駆け出す。途中でフロレンシオたちと合流を果たしながら、一直線に南門へと向かう。幸い敵はまだ門へと到達していない。ナディアは第一小隊と共に門の外へと打って出た。
先日の戦闘でフロレンシオの剣が届く範囲はほぼ把握した。ナディアは自分の得意な刀ではなく、いざという時に使う短剣に得物を変更した。敵を屠るには刀の方が威力は高いが、今は演習中で目的は敵を降参させることにある。意識を切り替えたナディアの剣は鋭かった。
フロレンシオと息を合わせ、共に敵を次々と降参させていく。
「こんなもの……か?」
フロレンシオはさすがに大剣を振り回して、少し息が上がっていた。
「この数だと、陽動かもしれない」
答えたナディアの声も少し乱れている。
「あり得るな。だとすれば北門か?」
「おそらく」
二人は息を合わせたかのように踵を返して北門へと向かった。第一小隊の騎士たちも後に続く。途中で見かけた仲間にも南門の敵は無力化したことを伝えながら、砦の中を走り抜ける。ナディアの予想通り北門の見張りが声を上げた。
「北門に敵襲! その数、百以上!」
見張りの声を聞いた騎士たちも一斉に北門へと向かって駆け出した。大声を上げながら紅薔薇と白薔薇の騎士団が襲いかかる。
先に北門で待ち構えていたフェリクスの姿が目に入る。
「ひるむな!白百合騎士団、かかれっ!」
団長の掛け声に、浮足立っていた騎士たちの顔つきが変わる。団員達が一斉に北門へ向かって突撃する。ナディアとフロレンシオが追いついた頃には、大勢は決していた。
「なんとか勝ったか」
「お疲れ様です」
フロレンシオの満足げな微笑みに、ナディアは胸が高鳴るのを感じた。
(ああ、やっぱりこれが好きってことなのか)
「これで演習は終わりだ。やっと柔らかいベッドで眠れるな」
ナディアはフロレンシオの寝姿を想像してしまい一人顔を赤らめた。
「そ、う、ですね」
演習で勝利を収めた白百合団は意気揚々と王都へと戻った。
ナディアはフロレンシオへの返事を悩みつつ、ミゲルの背にゆられていた。時折フロレンシオから物言いたげな視線を感じるが、答えの決まっていないナディアにはまだ何も言うことができない。
悩みながらナディアが騎士団へ帰りつくと、我が家へ帰った様な安心感を覚えた。
ナディアが荷物や装備を片付けて部屋で休んでいると、アリシアが部屋の扉をノックした。
「団長が呼んでるわ。すぐに団長室に来いって」
「連絡ありがとう」
ナディアは首をかしげつつ団長室へと向かう。
(なにか問題を起こしただろうか? それとも恩人について何かわかったのだろうか?)
「団長、ナディです」
「いいぞ」
すぐに中から入室の許可が下される。
「失礼します」
ナディアが団長室へ入ると、フェリクスが執務机に向かって座っていた。
「お呼びと伺いましたが」
「ああ、用件は二件ある。まず、お前が尋ねていた恩人についてだが、十年前にベネディート領を訪れたことがある騎士見習いは一人だけだ。名前はフロレンシオ」
「まさか! あの人の髪は金髪でしたよ」
ナディアはフロレンシオのストロベリーブロンドの髪を思い出してフェリクスの言葉を否定した。
「いいや、あいつ、昔は金髪だったんだ。だけど大きくなっちまったらあんな色に変わったんだよ」
「そんな……」
ナディアは自分を助けてくれた恩人とフロレンシオが同一人物であったことに衝撃を受けていた。
「それから、ベネディート出身のお前に伝えておいた方がいいと思うから伝えておく。ベネディート辺境伯が倒れたらしい」
「まさか!」
確かに父が病を得てしまったのは確かだが、すぐに病状が変化するような病気ではないはずだ。ナディアの顔色は蒼白となった。
(そして団長は私のことをどこまで知っているのだろうか?)
「団長、どこでそれをお知りになったのですか?」
素早く状態を把握したナディアは、フェリクスが何を知っているのか探り始める。
「ベネディートの英雄について知っているか?」
「二十年以上前の戦いで、戦争を治めた英雄ですよね。名前はフェリクス……まさか団長が?」
「まあ、最近はそう呼ばれる事もほとんど無くなったんだがな……。だが、英雄は俺だけじゃない。マウリシオもそう呼ばれていた。俺とマウリシオは一緒に戦場を駆けた盟友だ。だから今でも付き合いがある」
「そうですか」
思いがけない縁にナディアは何処か因縁めいたものを感じた。だとすれば父が倒れたというフェリクスの話も本当だろう。
「近々、騎士団を除隊することお許しいただけますでしょうか?」
「せっかく馴染んできたのにな。演習でも立派な働きだっただけに、お前がいなくなるのは残念だ」
「ベネディートの英雄にそう言っていただけるとは存外の喜びです。除隊も許可頂きありがとうございました」
ナディアは深く一礼すると団長室を辞した。
ナディアは騎士団を去る日が来たことを残念に思った。