13. 家出娘、告白する

父が倒れた知らせを聞いてから、ナディアはずっと考えていた。

(フロルがあの時の恩人ならば全てを話すべきだ。もしもそれで彼に辛い選択をさせることになっても……私の思いの全てを伝えたい)

ナディアはその日の執務を終えたフロレンシオに声をかけた。

「フロル、話がある。このあと予定は空いているか?」

「ああ大丈夫だ」

フロレンシオは快く頷いた。

「では、夕食を食べてから待ち合わせをしよう」

「いや、夕食は一緒に食べよう。私が美味しい店を紹介する」

フロレンシオの嬉しそうな様子にナディアはいたたまれなくなる。

「そうか……では、よろしく頼む」

立ちあがったフロレンシオの後についてナディアは歩き出した。

「苦手な食べ物はあるか?」

「食べられればなんでも」

フロレンシオに案内されたのは宿屋が経営している食堂だった。夕食時を少し過ぎているため、泊まり客の数は少なく、まばらに席が埋まっている。

フロレンシオと共にいくつか料理を選び注文を済ませる。葡萄酒に果物を漬けた果実酒を注文して、乾杯した。

「無事合同演習を終えたことに乾杯!」

「乾杯」

ナディアとフロレンシオは盃を掲げると、口をつけた。果物の爽やかな酸味と甘みが口に広がった。

「それで俺の気持ちに対する返事は出たか?」

「それついて答える前に、私の恩人について話をさせてほしい」

ナディアは気持ちを落ち着かせようと、葡萄酒を一口飲んだ。

「恩人ってナディを助けた人のことか?」

「うん。十年ほど昔のことだけど、私は流行病で忙しい診療所を手伝っていた。その時に攫われそうになったんだが、危ない所を騎士見習いの少年に助けてもらった。フロル、ベネディート領で助けた少女の事を覚えていないか?」

「確かベネディート領なら、流行病で多くの領民を失った領の復興の為に手伝いで訪ねた事がある。だが……あの時の少女は、もっと女の子らしかった気がする」

フロレンシオの正直な言葉にナディアは苦笑した。

「ははっ。あれは私だ。フロルが助けてくれたお陰で今の私がある。あの後、私を心配した父が鍛えてくれたので、こんな風に育ってしまったが……。フロル、あのときは言えなかったが、本当にありがとう」

「どういたしまして。私もナディを助けられたのなら嬉しい」

フロレンシオの笑顔にナディアの胸は鼓動を早くした。だが、礼を言うだけでは全てを伝えた事にはならない。

ちょうど料理がテーブルに運ばれてきたので、二人は話を一旦中断して食べることに専念した。いろいろな料理をとりわけ、盃を空ける。お腹が満たされた所で、ナディアは再び話し始めた。

「私はベネディート辺境伯の娘なのだ」

「ナディが辺境伯の娘?」

フロレンシオは驚きに目を見開いている。

「本当に?」

「そして父は今、不治の病に罹っている。父とベネディートの英雄が取り交わした契約によって私には許嫁が定められている。来年には結婚するだろう。フロルが私を好きだと言ってくれて嬉しかった。でも」

「ちょっと待ってくれ」

フロレンシオは混乱し始めた頭を整理するためにナディアの話を止めた。

「ナディは辺境伯を継ぐ為に結婚するのか?」

「そうだ。独身の女性では辺境伯を務められないと判断されるだろう。ベネディートの英雄フェリクス様ならば、立派な方を紹介してくれるはずだ」

(フェリクス様が選んだ人ならば安心だ)

「ナディは私のことをどう思っている?」

フロレンシオの問いかけに、ナディアはおもわず本音を漏らした。

「……それは、好き……だ」

ナディアは羞恥に真っ赤になりながら答える。

「それでも、見知らぬ許嫁と結婚すると言うのか?」

フロレンシオはナディアの手を握った。

「そうだ。それが父の命令だから」

ナディアはフロレンシオの目を見ていられず、顔を逸らせる。

「それなのに私を好きだと言うのか。ナディ……君はひどく残酷だ」

フロレンシオの言葉にナディアはツンと涙がこみ上げるのがわかった。けれど涙を見せたくなくて、うつむいて必死に涙を隠して答えた。

「ああ。わかっている。酷いことを言っている自覚はある。だが私は恩人であるフロルに対して隠しごとをしたくなかった」

「そうか……確かに知らないよりは知っていた方が良かったかもしれない」

フロレンシオは受けた衝撃を受け止めるように目をつぶった。

「まだ伝えなければならない事がある」

「なんだ?」

フロレンシオは顔を上げてナディアをじっと見つめた。

涙をこらえることができたナディアはフロレンシオの顔を見返す。

「父が倒れた。団長には既に話をして除隊する許可を頂いた。私はベネディート領へ戻る」

「いつだ?」

「数日中には」

「そんなに早く!?」

フロレンシオの声は悲痛に満ちている。

「だからこそフロルにはきちんと話しておきたかった」

ナディアは盃に残った果実酒を飲み干した。

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