18. 辺境伯の娘、出陣する

ナディアが伝書鳩を飛ばしてから三日が過ぎていた。そろそろ返事があってもいい頃だが、王都からの返事は未だに届いていなかった。

その間にもナディアは着々と戦の準備を整えていた。

砦に常駐している軍医以外にも、近隣の医者に連絡をして、いつでも駆けつけられるように手配を済ませた。領主の屋敷からは毎日のように物資が届くようになっていた。忍び寄る戦の足音に若い兵士たちは、脅える者、空元気を出す者、手柄を立てようと野心を燃やす者などが入り混じっていた。

ナディアは兵士たちの士気が下がらぬよう、こまめに声を掛けて回っていた。それでも自分の力不足を痛感していた。

(やはり私では父上のようにはいかないな)

それでもナディアは司令官として不安を見せないように、精一杯落ち着いた様子で振る舞う。そんなナディアの様子を古参の騎士たちは温かい目で見守っていた。

そんな中、ようやく王都からの返事を携えた伝書鳩が飛来する。

「増援は出発した。数は千」

ナディアは伝書の内容を確認して、オスバルドにも伝書を手渡した。

「王都からどれだけ急いでも五日はかかるでしょう。二日前に出発していたとしても、あと三日はこちらの兵だけで持ちこたえないといけませんね」

「幸い、まだ戦端は開かれていない。しばらくは睨み合いか、小競り合い程度だろう」

「そうだといいんですが……」

ナディアの楽観的な予測に、オスバルドもそうなることを願っていた。

そこへ見張りに出ていた兵士が帰って来た。

「司令官代理殿、敵に動きがあります。カルバハル側はテントを片付け始めました」

「わかった。連絡御苦労。少し休んでから戻れ」

「ありがとうございます」

見張り兵はナディアの言葉に少し笑った。

こちらの兵力が少ないことを悟られないためには、奇襲を狙うしかない。

実際、三年戦争の時ほどの兵力は今のベネディート領にはなかった。カルバハル軍の兵力が少ないことを願うばかりだ。

「オスバルド、兵を二手に分けようと思う。川岸に対峙するように四小隊、残り二小隊は上流の林に隠れるように配置して、渡河してきたら挟撃にできないか?」

「今の戦力では上流の小隊の危険性が高い。敵側の増援があれば更に挟撃に会う可能性もある」

オスバルドは難しい顔をしている。

「しかし現状の兵力差を補うには、この方法は有効だ」

「王軍が早く合流できれば、こんな戦法を取らなくても済むんですがね」

「到着がいつになるか分からない以上、現状はこの配置で行こう」

「わかりました」

オスバルドもしぶしぶと頷く。

「上流は私が担当する」

「ナディア!危険すぎます」

普段は冷静なオスバルドが声を荒げた。

「カルバハルと正面からぶつかるのが私では敵に侮られるだろう。オスバルドならその心配はない」

「確かにそうですが……」

「さあ、そろそろ皆を集めて出陣する時間だ。行こう」

各自が金属の重い鎧で武装する中、ナディアは機動性を優先した革の軽装鎧を身につける。王都で購入した小手をつけ、ナディアは軍装を整えた。

ナディアはオスバルドと共に砦の前庭へと向かって歩きだす。

「ああ、面倒だな。一気に敵の司令官をばっさりやれれば、楽なんだが……」

ナディアの言葉にオスバルドは苦笑いした。

「ナディアこそくれぐれも簡単に身を危険にさらさないでください」

「わかっている」

ナディアは兵士たちが集まる前庭へ到着した。

「皆これから国境へ向かう。第一、第二小隊は私と共に川の上流の林で待機、第三から第五小隊はオスバルドの指揮で敵の正面にて待機!」

ナディアの声に兵士たちの間に動揺が走る。

「現状、こちらからの手出しはできない。辛いかもしれないが、王都から王軍がこちらへ向かっている知らせがあった。今しばらくの辛抱だ」

(チャンスはきっとある。決してあきらめない事が肝要だ)

ナディアは自分に言い聞かせるように、言葉を胸の中で繰り返した。

「出陣!」

「おう!」

ナディアの声を合図に辺境軍は動き始めた。ナディアとオスバルドを先頭に馬鎧を着けた馬に乗った騎士や兵士が続く。

軍医や救護班などの非戦闘要員を残してベネディート砦から出陣していった。

所定の場所へ配置が完了したナディアは林の中から川を挟んだ反対側を睨んでいた。敵側にまだ川を渡る様子はない。ナディアと二小隊は息を殺してその瞬間を待っていた。

正面に対する三小隊を率いたオスバルドも配置を完了する。オスバルドは先頭に立ってカルバハル軍と向かい合っていた。

カルバハル軍はマウリシオの姿が見えないことを警戒しているらしく、なかなか仕掛けてこない。このまま時間が稼げればいいとナディアは思っていたが、やはりそうはうまくいかなかった。日が西に傾き始めた頃、カルバハル軍が正面のオスバルドの隊に向かって進軍を始めた。オスバルドがこれを迎え撃ち戦闘が始まる。

「背後からカルバハル軍を挟撃する!」

ナディアたちはカルバハル軍が渡河を終えるのを見計らって、川の中ほどまで進む。そこから転進してカルバハル軍の背後を突いた。

「うおー!」

勝鬨を上げながらナディアたちはカルバハル軍へと襲いかかる。不意をつかれたカルバハル軍は大きく隊列を崩した。

「今だ!かかれ!」

ナディアの号令に従って兵士たちがカルバハル軍へと襲いかかる。ナディアも自分の得物を抜いて、敵を次々と切り捨てた。夕闇が迫り、暗くなってきた頃、合図の笛の音が聞こえカルバハル軍は撤収を始める。ナディアたちはカルバハル軍とすれ違う様に自軍へと合流を果たした。

ナディアが退却の合図の笛を鳴らすように指示して、その日の戦闘は終了した。辺境軍は負傷した者を担いで砦へと戻り始めた。ナディアはオスバルドの姿を見つけて騎馬を寄せた。

「今日はなんとか耐えたな」

「はい。ですが明日はこの戦法は使えませんね」

「ああ、だが大分数を減らす事はできただろう」

「そうですね。本当にナディアが無事でよかった。何かあったらマウリシオに殺されます」

「父上はそんな人じゃないよ。私が倒れたのならそれは私の鍛錬不足が原因だ」

ナディアは軽く笑うと、砦の門をくぐった。

 

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