二話 

(どうしてこうなった……)

バスローブを手に、沙耶は迷っていた。

これを着るべきか否か。

空調の効いた室内は夏とは思えないほど涼しい。濡れた服が肌にまとわりつき、容赦なく体温を奪っていく。

くしゅん。

沙耶は小さなくしゃみをひとつする。

(このままだと、風邪をひいちゃう、よね)

沙耶は仕方なく濡れた服を脱ぐと、押しつけられたバスローブに手を通した。

どうやら男性の物らしく、かなりサイズが大きい。腰を紐で縛っても、かなり緩めで肩からずり落ちてしまいそうになる。

(あー、もう、どうしよう!)

とりあえず着替えたはいいが、この姿で男性の前に出る勇気が湧かず、沙耶はバスルームの鏡の前で百面相をしていた。

コンコン。

沙耶の懊悩を知ってか、知らずかバスルームの扉がノックされる。

「着替えたのか?」

「はっ、はい」

思わず返事をしてしまった沙耶は心の中で自分を叱りつけた。

(何で返事しちゃったのよ!)

「服が届いたからこちらへおいで」

扉越しにくぐもった声がかけられる。彼は着替えを手渡してくれるつもりはないらしい。

沙耶は覚悟を決めてバスルームの扉を開けた。

壁に寄りかかっていた男性が、沙耶の姿に気付いて近づいてくる。

「これだと大きすぎるのか……」

男性はひとりつぶやくと、沙耶の手をつかんで引き寄せた。手にしていた濡れた服が床に散らばる。

「っわ、あの!」

急に引き寄せられ、バランスを崩した沙耶の抗議の声は男性の唇に奪われた。

「……ん」

思いもかけないディープキスに、沙耶が茫然としている間に、彼の舌は容赦なく口内を蹂躙した。

(っや、なにこれ? 今までキスだと思ってたのと違う!!)

沙耶はこれまで男性と付き合ったことはある。最後までしたことはないけれど、それなりに経験をしてきたはずだった。

だが、その認識はたった今この男によって塗り替えられてしまう。

沙耶の意識は深い口づけに奪われそうになっていた。

舌を絡められ、くすぐる様に口内を探る彼の舌から次々と快感が生まれていく。沙耶は身体の芯に抗えない熱が溜まっていくのがわかった。

「平気で男の部屋へ来ると思えば、意外と初心だな」

思う存分沙耶の口内を貪った男は、欲望に潤む沙耶の目を見つめながらうそぶいた。

沙耶の頬が羞恥に染まる。自由になった身体で一歩下がり、男を睨みつける。

(あなたが強引に連れ込んだくせに!)

沙耶はコンシェルジュが呼んだ彼の名前をようやく思い出した。

「ミスタ・ユーセフ、あなたが強引に連れ込んだのでしょう!」

「ユーセフと呼べ」

ユーセフはニヤリと捕食者の笑みを浮かべると、再び沙耶を抱き寄せた。

「っや、放して!!」

何もかもを奪われてしまいそうな恐怖に、沙耶は怯えた。

ユーセフの手は容赦なく沙耶の身体を這いまわる。肌蹴られたローブから覗く、まろやかなふたつの膨らみに口づけられ、沙耶は眩暈に襲われた。

「あ……」

沙耶が漏らした囁きは声にならなかった。

彼の手が身体に触れるたびに、沙耶の意識は熱を帯びていく。ユーセフの硬いひげが沙耶の柔らかな肌をくすぐり、下腹部に熱が溜まっていくのがわかる。

(どうして? 初めて会った人にこんなに感じるの?)

沙耶はバスローブを脱がされても抵抗らしい抵抗もできずにいた。与えられる口づけが深くなり、沙耶は熱い吐息を漏らす。

「……っは、あ……」

彼が唇を離した瞬間、沙耶の身体が床に沈みそうになる。ユーセフは慌てて沙耶の身体を抱きとめた。

「腰が抜けたのか?」

(……え?)

ユーセフは満足げな笑みを浮かべると、沙耶の身体をすくいあげる様に抱きかかえて寝室へと運んでしまう。

キングサイズのベッドの上に投げ出された沙耶は、自由にならない身体に苛立った。

(や、これは本格的にやばい! このままじゃ、食べられてしまう)

内心で冷や汗をだらだらとかく沙耶とは対照的に、ユーセフはきっちりと結ばれていたネクタイを、乱暴に引き抜いた。

きっちりと止められたカッターシャツのボタンを二、三個外し、喉元をくつろげると、沙耶の身体に覆いかぶさった。

先ほどまでかろうじて沙耶の身体を覆っていたローブは完全に脱がされ、一糸まとわぬ姿にされてしまう。

再び胸の膨らみをユーセフの口に含まれた沙耶は、声にならない悲鳴を上げた。

「……ぁ!」

沙耶の胸を堪能していたユーセフは、沙耶の顔を見上げた。撫でつけていた髪がはらりと額にかかり、彼の顔を若く見せている。

(この人はいったい幾つなんだろうか?)

四十歳くらいかと思っていた男が、もっと若く見える。ぼんやりと沙耶がユーセフの年齢を考えていると彼の質問を聞き逃してしまった。

「名は?」

「……え?」

ぼうっとする沙耶に、ユーセフはいらだたしげに再度問いかける。

「君の名前は?」

「……沙耶。高原(たかはら)沙耶」

沙耶は一瞬躊躇したが、諦めて名乗る。

「サーヤ」

ユーセフの口から呼ばれた沙耶の名は、異国風の響きを持っていた。

ユーセフの愛撫は執拗だった。

「サーヤ……」

ユーセフの手は沙耶の身体にくまなく触れていく。いかつく、節くれだった手からは想像もできないほど繊細なタッチで沙耶を翻弄した。

脇腹を撫で上げられた沙耶は、びくりと身体を震わせた。

「……ん、っく」

沙耶は自分の身体が自分のものではないような感覚に襲われる。

下腹部に溜まる熱は次第に膨れ上がり、身体はその先にある快感を求めて激しい鼓動を刻んでいる。

ようやくユーセフが待ち焦がれた場所へ触れる。

「ああ、濡れているな」

沙耶は恥ずかしさに、枕に顔を埋めた。

脚の間を押し開かれ、彼の身体が入り込む。閉じようとあがく沙耶の抵抗を封じて、ユーセフは隠されていた部分を暴いていく。

花芽をゆっくりと撫でられ、沙耶は身体を震わせた。

静かな寝室に、隠微な水音が響く。

大して動いてもいないのに、勝手に息が上がり、頭はぼうっと霞がかっていく。ユーセフの指が触れるたびに、沙耶は身体を張りつめさせていく。

「あ、あぁっ……ッ!」

ユーセフの指によって頂点へと導かれた沙耶は、がくがくと身体を震わせた。沙耶は身体をぐったりとベッドに預けて弛緩させた。

その間にユーセフはスラックスを脱ぎ捨てた。

彼の欲望が反り返りそうなほど張りつめている。ユーセフは避妊具を着けると、ぼうっとしている沙耶の脚を持ち上げて、肩にもたれかけさせ、秘部に切っ先をあてがう。

先ほどの名残が溢れ出し、シーツの上に染みを作っていた。沙耶の蜜の助けを借りて、ユーセフは剛直をゆっくりと沈めていく。

沙耶は下肢を割り開く感触に、ようやく自分が置かれた状況に気がついた。

「っや、待って……ッ!」

「ふ」

ユーセフは獰猛な笑みを唇にだけ浮かべると、容赦なく沙耶の身体を貫いた。

「ああ……ッ!」

沙耶は身体を引き裂かれるような痛みに、シーツを強く握りしめた。その指先は白く色が変わるほど強く握りしめられていた。

「……っふ、きついな」

身体を強張らせる沙耶が落ち着くまで、ユーセフは沙耶を貫いたままじっとしていた。

股間にジンジンとした痛みを感じながらも、次第に沙耶の荒かった呼吸が治まってくる。

沙耶の身体から少し力が抜けた頃を見計らって、ユーセフは腰を動かし始めた。

「いや……、まっ……、てぇ!」

痛みに涙を滲ませる沙耶に気付いたユーセフは、沙耶の腕を自らの首のうしろに回させた。

ユーセフは涙の粒が滲む眦に唇を寄せ、涙を舐めとってしまう。

沙耶は驚きに目を見開いた。

「なじむまで無理はしない。なるべく体の力を抜いて楽にしていろ」

耳元で囁かれた低音の声に、沙耶は肌が粟立つのを感じた。ぞくりと背筋を快感が這い降りる。途端にユーセフを受け入れている部分を締め付け、彼に声を上げさせた。

「……っく。あまり締め付けるな」

「やぁ、わからない……」

幼子のように首をふる沙耶の様子に、ユーセフは笑みを浮かべる。

沙耶はただ与えられる感覚を受け止めるだけで精一杯だった。

ユーセフがゆっくりと腰を使い始めると、沙耶は再び声を上げ始める。

「はっ、あ、や、もう……」

沙耶の声に痛みだけではない甘さが混じり始める。

ユーセフは我慢していた欲望を解放し、思うままに腰を強く打ち付けた。

「っは、ああ、ん……」

自分のものとは思えないほど甘ったるい声に、沙耶は耳をふさぎたくなる。どれほど声を抑えようとしても、激しい抽送に声が漏れてしまう。

「サーヤ……、わたしの名を呼んでくれ」

「……ゆーせふ」

「もっと」

「ゆーせふ、ユーセフぅ!」

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