ナディアは急遽決まった結婚式の準備に奔走していた。ナディアの結婚を聞きつけた領民たちから届けられた作物やお祝いの品で屋敷は溢れかえっていた。
白百合騎士団からもアリシアが手伝いに来てくれていた。ナディアは久しぶりに顔を合わせた友人にたっぷりと叱られた。
「もう、別れの挨拶くらいしていきなさいよ」
「……ごめんなさい」
ナディアの捨てられた子犬のような様子に、アリシアはぎゅうぎゅうとナディアを抱きしめた。
「でも、良かったじゃないの。結婚相手が好きになった人で」
「うん。フェリクス様から聞いてほんとうに驚いた」
「それでナディ、貴女結婚式で着るドレスはどうするの?」
「母が着たドレスがどこかにあるはずだ」
「お母様のドレス……ね。大丈夫かしら」
ナディアはルカスを呼び、母のドレスのある場所へ案内してもらう。ナディアとアリシアはルカスの後について倉庫へと足を踏み入れた。
「奥方様の衣装はこちらになります」
そこには母の身に付けていた衣類が丁寧に保管されていた。衣装を見つけたアリシアは歓声を上げる。
「これなら十分いけるわ!」
丁寧に保管されていたドレスの数々は痛みもなく、すぐにも着れそうだ。
「ねえナディ、これウェディングドレスじゃない?」
アリシアが見つけたのは白く長いトレーンのついたドレスだった。すぐそばにベールも掛けられている。
「ああ、そうみたいだ。ルカス、取っておいてくれてありがとう」
「いいえ、お嬢様がいつか着て下さる日が来ればと残しておいたものです」
ルカスの目尻には涙が浮かんでいた。
これまで家族同然に、長い間過ごしてきたルカスにナディアは改めて感謝の念が湧きあがる。しんみりとしてしまった空気を打ち破る様に、アリシアが声を上げた。
「ナディ、着てみて。直さないといけないだろうし」
「そうだな」
ナディアは頷くと、ドレスを持って部屋へと戻る。アリシアに手伝ってもらい、ドレスを着せ付けてもらった。
「ナディ、なんでそんなに腰が細いの?補正下着もいらないんじゃない?」
「だがその分胸が足りない」
「あら、そんなのすぐに大きくなるわよ」
「そういうものなのか?」
ナディアは驚いてアリシアの顔を見る。
「女性はね恋をすると胸が大きくなるのよ。子供が出来たらちゃんと大きくなるから」
「そうか……」
密かに胸が小さいことを気にしていたナディアは、それを聞いてわずかながら安堵した。
母が着ていたドレスに袖を通すと、姿見に映してみる。
(それなりに見られるんじゃないか?)
くるりと鏡の前で裾を翻すと、アリシアが褒めてくれた。
「いいじゃない」
ドレスのサイズはちょうどよく、修正もほとんどいらなさそうに見える。ルカスに頼んで侍女頭のカミラを呼んでもらい、修正が必要な場所を見てもらう。
「お嬢様、これなら今日中に修正が終わりそうです」
「そうか、料理の準備もあって忙しいと思うが、よろしく頼む」
「お任せください」
カミラが部屋を出ていくと、アリシアがため息をついていた。
「どうした?」
「ナディってやっぱりお嬢様だったのね……」
「そうか?」
ナディアは意味がわからず首をかしげた。
「人を使うことに慣れているっていうか……、そんな感じがする」
「だが私は剣術とか馬術とか兵士が覚えるような事しか習ってないぞ」
「なんだか私とは住む世界が違う感じがする」
アリシアの落ち込んだ口調に、ナディアは声を荒げた。
「アリシア、貴女は私の姉様だと言ってくれたじゃないか」
「……そうだったわね。ナディが辺境伯の娘でも友達である事には変わりないわね」
「うん。アリシアが王都に戻っても手紙くらいはやり取りしよう」
「いいわよ。休暇がもらえたら遊びに来るわ」
「うん。待ってる」
ようやく二人の顔に笑顔が戻った。