怒涛の勢いで結婚式にこぎつけた当日、空は二人を祝福するかのように晴れわたっていた。
母のウェディングドレスを身につけたナディアは控えの間で緊張していた。白い肘まである手袋を身につけていても手先が冷たい。
既に領主の敷地内にある礼拝堂には家人や領民たちが集まっている。砦からも親しい兵士や白百合騎士団からも何人かが参加しているとナディアはルカスから聞いていた。
「ナディア、準備はいい?」
アリシアもナディアの母のドレスを身につけ介添人を務めていた。
「大丈夫だ……とおもう」
アリシアの手を借りて立ち上がると、控えていた侍女たちが最終確認をする。ナディアが姿見を覗きこむと、そこにはナディアの知らない可憐な女性の姿があった。
複雑な形に結いあげられた髪には白百合の生花が挿され、耳には母親の物だったサファイアの耳飾りがつけられている。綺麗に化粧を施された顔は誰が見ても美人だと言うだろう。
(それなりのドレスと化粧をすれば、これだけ化けるものなのだな)
ナディアは自分を精一杯飾り立ててくれた侍女たちに感謝の気持ちを伝えた。
「皆、ありがとう」
「ナディア様の結婚式をお手伝いできるなんて幸せですわ」
仕上げにベールを被ると、ナディアはアリシアの手を借りて歩き出した。長いトレーンの裾を侍女たちが持ってくれる。
ナディアは家人達から祝福を受けながら礼拝堂へ向かってゆっくりと足を進めた。大きな二枚扉の前では、父が騎士の正装に身を包みナディアを待っていた。アリシアはマウリシオにナディアの手を引き渡した。扉が開かれ、祭壇が見える。そこには騎士の正装に身を包んだフロレンシオが満面の笑みを浮かべて待っていた。
(かっこいい……)
ナディアは白い騎士服に身を包んだフロレンシオに見とれた。
「ナディア、綺麗だ。モニカにそっくりだ」
「ありがとう。父上」
母親にそっくりだというマウリシオの声でナディアは我に返り、祭壇に向かってゆっくりと足を進めた。フロレンシオの後ろにはフェリクスも立会人として控えている。こちらも白い騎士服に身を包んでいた。
毛氈(もうせん)の上をマウリシオに引かれ、ナディアはフロレンシオの前に到着した。
「ナディア、幸せになれ」
マウリシオは進み出たフロレンシオにナディアの手を託した。
「父上、ありがとうございます」
(今まで父が私を育ててくれたからこそ、フロルと出会うことができた。死にゆく父の心配を一つでも減らせるように精一杯の事をしたい)
ナディアは滲みそうになる涙を必死にこらえた。
手袋を外し、同じく手袋を外したフロレンシオの手に重ねて司祭の元に手を差し出す。司祭は神に祈りを捧げ、二人の結婚を祝福した。
つづいて二人が結婚証明書に名前を記入すると、立会人のフェリクスも名前を記入する。ナディアとフロレンシオは晴れて夫婦となった。
礼拝堂は拍手に包まれた。
鐘の音が鳴り響く中、フロレンシオはようやく妻となったナディアのベールをめくりあげナディアの顔を露わにした。美しく着飾ったナディアの姿に、フロレンシオは見惚れている。ナディアはフロレンシオの様子に、改めて侍女たちに心の中で感謝した。
「ナディア、キスしていいか?」
「軽くなら」
フロレンシオは答えを待ち切れずすぐにナディアの唇を覆う。そっと触れるだけの口づけだが、今までの中で最も幸せなキスだった。
フロレンシオの唇も緊張の為に冷たくなっている。ナディアは緊張しているのが自分だけではないことに安堵した。
どちらからともなく唇が離れ、お互いの瞳を見つめ合う。
フロレンシオはナディアを横抱きに抱きあげると、皆の拍手の中、礼拝堂を抜け出した。花婿が花嫁を抱いて新居の入り口をくぐるのがこの地方の習慣となっているのだが、フロレンシオは誰から聞いたのかその習慣を実行するつもりのようだ。
ナディアはフロレンシオの胸に顔をうずめて、寝室までの道のりを皆に祝福されながら進んだ。
寝室の扉をくぐると、ようやくフロレンシオがナディアを床に下ろした。
「重くなかった?」
「これくらいできないと騎士は務まらない」
にやりと笑うフロレンシオの目はこれから起こることへの期待に輝いていた。