32. 迷惑な客人

「フロル、落ち着いて」

ナディアは険悪になる二人の間に割って入った。

「とにかく、私はフロルが好きで結婚したのだ。ダンテの気持ちはありがたいが、そう言うことだから、これからも友人として付き合ってほしい」

「ナディア、それくらいで僕の気持ちが変わると思っているとしたら、君は間違っている。君が結婚していようと、僕は構わない。君が振り向いてくれるまで待つさ」

ダンテは強気に笑った。

「私はダンテの気持ちに応えられないと言ってもか?」

「燃え上がった恋ほど覚めるのも早いものだよ?三年もすれば互いのことに興味が無くなるさ。僕はそれまで待つよ」

「私の気持ちは変わらない」

フロレンシオは冷たい目でダンテを睨みつけた。

「私の気持ちも変わらないよ」

ナディアもフロレンシオの手を握って答える。

「まあ、いいさ。それよりマウリシオ様にも御挨拶しておきたい。ナディア、案内してくれる?」

「……わかった」

ダンテにそう言われてしまえば、ナディアは頷かざるを得ない。ナディアはダンテを連れてマウリシオの寝室へと向かった。

「父上、入りますよ」

ナディアは扉を開けた。ちょうどマウリシオが起きている時間だ。

「おお、ダンテ!久しぶりだな。元気だったか?」

「マウリシオ、僕のことよりあなたの方が心配です。どうしたのですか?そんなに痩せて……」

ダンテはマウリシオの衰えた様子に声を失った。

「俺の命は長くないらしい。こうして少しずつ弱っている。だからナディアに爵位を譲ったんだ。剣を持てない者には務まらないからな。ダンテもこれからナディアを助けてやってくれ。頼む」

ダンテは聞かされた惨い事実に衝撃を受けていた。

「全然知らなかった。あなたが病に伏せっているなんて……本当に?」

ナディアの悲しみをこらえた顔に、ダンテもようやくマウリシオの命が長くないことを理解した。

「わかりました。僕の力の及ぶ限り、ナディアを助けましょう」

「ああ、ダンテ。本当にありがとう」

マウリシオはダンテの手を握って感謝を伝えた。すっかり筋肉の落ちてやせ細った指に、ダンテは再び衝撃を受ける。

それでもマウリシオの目はぎらぎらと輝き、最後まで命を諦めてはいない。

ダンテはマウリシオの目を見て頷いた。

「マウリシオ様、そろそろお食事の時間ですが、いかがなさいますか?」

部屋の外からルカスが声をかけていた。

ナディアとダンテはその声に、暇を告げ部屋を後にした。

「ダンテ、とりあえずいつもの客用寝室は用意させてあるから、ゆっくりしていってくれ」

「ああ、そうさせてもらおう」

ナディアは侍女のカミラを呼びつけると、ダンテの案内を頼んだ。そのままナディアは執務室へと戻ると、案の定フロレンシオが怖い顔で待っていた。

「何なんだ、あいつは!」

「私も驚いたんだ」

ナディアも同意するが、フロレンシオの気持ちは収まらない。

「何が三年もすれば興味が無くなる……だ!」

「フロルがそこまで怒るのも珍しいな」

ナディアの言葉に、フロレンシオは意地の悪い笑みを浮かべた。

「ナディアの所為だ。君のこととなると私は自分の制御が効かなくなる。この責任は体で取ってもらおうか?」

「何かな~?」

ナディアはとぼけようとしたが、フロレンシオにつかまり、再び執務机の上に押し倒された。

「ちょっと、フロル?何?」

「私を心配させるイケナイ妻にお仕置きだ」

珍しく女性らしいスカートをはいていたナディアの裾をめくると、フロレンシオはナディアの下履きを奪ってしまう。

「やだ、返して!」

「だめだ。これは私が預かっておく。このまま夕食を食べるんだ」

ナディアは取り上げられた下着を取り返そうと、フロレンシオにつかみかかるが、難なく避けられてしまう。

「フロル!」

ナディアは羞恥に涙をためた。

「さっきも邪魔されたんだから、これくらい我慢して?」

フロレンシオの言葉に、ナディアはしぶしぶ頷いた。

「じゃあ、そろそろ夕食の時間だろう?一緒に行こうか」

フロレンシオはナディアの腕を取ると、先ほどまでの機嫌の悪さが嘘のように上機嫌で食堂に向かってエスコートしながら進んで行く。

既に食堂には三人分の夕食が準備されていた。フロレンシオはナディアの椅子を引くと、座らせる。その際にわざとお尻の辺りを手が掠める。

ナディアは頼りない感触に不安になっているところに、フロレンシオに触れられ体をびくりと震わせた。

「ありがとう」

ナディアは震えてしまったことが悔しくてフロレンシオを睨みながら礼を言った。フロレンシオにはナディアの少し怒った顔も可愛らしく、フロレンシオの頬を緩ませた。

フロレンシオも席に着くと、しばらくしてダンテも案内されて席についた。ナディアは領地でとれる葡萄酒を持ってくるように侍女に言いつけ、栓を開けさせた。

「ダンテはここの葡萄酒を気に入ってくれていたよね」

「ああ、ナディア、ありがとう」

ダンテは嬉しそうに葡萄酒が注がれたグラスを見つめた。ナディアとフロレンシオの席にも同じ物が用意される。

グラスの準備が調ったところでナディアが乾杯を告げ、三人はグラスを掲げた。

「久しぶりに会う友人に」

「愛しい妻に」

「恋しい人妻に」

それぞれが思い思いの言葉で乾杯をし、場を混沌が支配した。

 

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