29. 辺境の砦

白百合騎士団が去ったあとの辺境は静けさを取り戻していた。

ナディアはフロレンシオと共に砦を訪れていた。オスバルドが二人を出迎える。

「ようやくのお出ましですな」

オスバルドのからかいに、ナディアは顔を赤くしているが、フロレンシオはどこ吹く風だ。

「野暮を言うな」

フロレンシオとオスバルドの間で見えない火花が散った。

「カルバハル側の様子はどうだ?」

二人のにらみ合いを遮って、ナディアが訊ねる。

「今のところ大人しくしてますよ。見回りでも特に報告は上がっていません」

「そうか……、良かった」

ナディアは自分が動けないうちに戦が終わったため、そのあとのことが気がかりだった。

「ナディア、訓練の様子を見てくれませんか? 騎士団がいなくなってから、皆がちょっとたるんでいるようなので」

「わかった」

オスバルドの言葉にナディアは快く頷くと、訓練場へと足を向けた。ついて行こうとするフロレンシオをオスバルドが呼びとめた。

「フロレンシオ、あなたに話があります」

「何だ?」

「あなたにナディアの伴侶が務まるのですか?」

「どういう意味だ?」

長くマウリシオの副官を務めた男は、ナディアにとって第二の父と言ってもいい存在だ。その男から話しかけられ、フロレンシオは眉をひそめた。

「彼女の信奉者は多いです。せいぜい奪われないよう、注意することです」

それだけ言うと、オスバルドは訓練場へと向かって立ち去った。残されたフロレンシオはオスバルドの言葉の意味を考えていた。

(ナディアの信奉者とはどういう意味だ? たとえ私からナディアを奪おうとする者が現れようとも、むざむざ奪われる気はない)

フロレンシオは面白くない気分を抱えながら、ナディアの向かった訓練場へと後を追った。

フロレンシオが訓練場へ足を踏み入れると、ナディアは兵士と剣を交えている所だった。周りを取り囲む兵士たちの目は、熱狂的な眼差しでナディアを見つめている。

「確かに、信奉者は多そうだ」

フロレンシオは小さくつぶやくと、ナディアの訓練を眺めようと近づいて行った。

丁度ナディアが兵士を倒し、審判役が判定を下している所だった。

「まだ、調子が戻らない」

ナディアは腕を振り回しながら、フロレンシオの元へと戻ってきた。フロレンシオは汗をかいているナディアにタオルを渡した。

仲睦まじい夫婦の様子に、周りからヤジが飛ぶ。

「お前たち、うるさいぞ!」

赤くなりながら抗議するナディアの様子に、兵士たちは黙り込んだ。

硬い蕾だったナディアがフロレンシオという伴侶を得て、綻びはじめた花のように淡い色香を纏わせている。その初々しくも艶やかな美しさに気付いた兵士たちは声もなくナディアに見とれていた。

静かになった訓練場に、一人訳が分からずナディアは困惑していた。

「フロル、手合わせをしてもらえるか?」

「あまり無理しない方がいい」

「では、私と手合わせ願えますか?」

オスバルドから掛けられた声に、フロレンシオは受けて立つ。

「ああ」

兵士が二人に訓練用の刃をつぶした剣を持ってくる。ナディアが審判となって、試合は開始された。

「始め!」

ナディアの掛け声と共に、フロレンシオとオスバルドは剣を抜いた。

素早く近づくと、打ち合っては離れることを繰り返す。

「さすがはフェリクス様の息子ですね」

「はっ、あなたこそ、なかなかの腕だ」

拮抗する実力になかなか決着がつかない。面白半分に観戦していた兵士たちもいつしか二人の試合に夢中になっていた。なかなか勝負がつかない様子に、ナディアが焦れた。

「やめ!」

ナディアの声に二人は剣を下ろした。

「勝負がつかなさそうだから、引き分けだな」

オスバルドはフロレンシオの実力を認め、にやりと笑った。

「まあ、何とかなりそうですね」

「どういう意味だ?」

「そのうちわかります」

面白そうな笑顔で立ち去ったオスバルドの背中をフロレンシオは見送った。

「さすが、フロル。オスバルドに引き分けなんて、すごい!」

「そうか?」

未だ剣ではフェリクスに敵わないと思っているフロレンシオには不満な結果だった。

(もっと研鑽しなければ)

フロレンシオは心に誓った。

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