3. 実戦

薄暗いビルの廊下をレイは一人走っていた。目的の部屋を見つけ、端末に取りつく。BDUから接続端子を端末に接続すると、レイの意識は電脳空間に広がる仮想世界(ヴァーチャルワールド)へとダイブしていた。

ファイアウォールを潜り抜け、セキュリティ網を突破すると、襲い来るウィルスをカウンターウィルスで無効化していく。

目的と思われる情報を読み取ると、サクリファイスに情報を転送する。

もう少しで得た情報を転送完了という所でレイの背後に迫る気配に気づいた。レイはBDUからナイフを取り出し、接近戦に備える。

大柄な男がレイを目掛けて襲いかかる。レイは軽く男を避けるとナイフの柄に仕込まれたスタンガンで背中を打ちつけた。男はがくがくと震えながら床に倒れた。

レイは情報転送が完了したことを確認すると、次の部屋へと移動する。別の出入り口から侵入してきたニューと合流する。

ニューとはかれこれ三年ほど一緒に仕事をしてきている。目くばせするだけで突入のタイミングを計る。おそらく複数の構成員がいるはずの部屋にレイは突入した。ニューが開けた扉から部屋へと飛び込むと、体を低く構えたままゆっくりと進む。

レイの姿はさながらしなやかな猫科の猛獣を想像させた。ニューも後ろから続き、後方への警戒も怠らない。

暗闇の中、スコープに浮かび上がる人影が襲いかかってくる。レイは合気道の要領で相手の力を利用して投げ飛ばす。後ろからサポートに入ったニューもアサルトライフルを手に次々と敵の数を減らしていた。

「ニュー、退避!」

レイは不意に爆発物の予感を感じた。

ふたりは後方の部屋へと飛び込むと、青白い閃光が走った。続いて大きな爆音と爆風が襲ってくる。壁の影で爆発をやり過ごしたふたりは、爆発のあった部屋へと戻った。

――閃光の色と匂いからするとCE4か……。

レイはため息をついた。数名の死亡者とけが人を発見し、連行する手配を指示する。

上階に侵入したクシー、ラムダ、ファイからは情報取得完了の連絡があり、レイは作戦の終了を告げた。

「20:00(フタゼロマルマル)、作戦完了。撤収」

各員が取得したデータはすでにサクリファイスが解析に取り掛かっている。Section9は着陸したビルの上のVTOLに再び搭乗すると、本部のある香港へと進路を取った。

「ファイ、初戦を終えた感想はどうだ?」

「まあ、こんなものでしょう」

不敵な答えにレイは苦笑した。

「アルファ、あとでご報告に参ります」

「ああ、頼む」

ラムダの言葉にレイは頷いた。VTOLのローター音がうるさく、のんびり会話をするどころではない。それきり局員たちは互いに会話を交わすことなく、VTOLは無事本部へと着陸した。

発着場で解散するとレイは自室へと戻る。隣に設置されたシャワーブースで汗を流して部屋に戻ると、ラムダが待ち構えていた。

「早いな」

髪の毛についた水分をタオルでガシガシと拭きながら、下着一枚の姿でレイはソファに座りこんだ。

「ファイのことをお聞きになりたいかと思いまして」

「ああ、頼む」

レイはソファに体を預けたまま、仰向けになって目をつぶった。ラムダはその巨躯に似合わずしなやかな足取りでソファの後ろに回り込むと、レイからタオルを取り上げ、丁寧な手つきでレイの髪の毛を拭い始めた。

「ファイは突入時も落ち着いていました。特に恐慌状態にもならず、終始落ち着いて行動をしていました。情報を抜き取る手際もよく、なかなか使える人材だと判断しました」

「そうか」

レイは大した感慨もなく頷くと、ソファに預けていた頭を起こし立ち上がった。そのままデスクに向かい、今日の出撃内容をまとめた報告書の作成に取り掛かる。

ラムダはレイの部屋から立ち去ることなく、デスクの前に立ちふさがった。

「ご褒美をいただけませんか?」

「何だ?」

レイは鋭い眼光でラムダを睨みつけた。

「新人の面倒を見てあげたのです。少しくらいご褒美を頂いてもいいでしょう?」

吸い込まれそうな闇を湛えた瞳でラムダはレイの目を見返した。

「来い」

レイはため息をつくとラムダを呼び寄せた。デスクに近付くラムダのネクタイをつかむと、強引に引き寄せ、噛みつくようなキスを仕掛けた。

「……っふ」

舌を絡ませる深いキスを繰り返しながらもその体はデスクによって遮られ、それ以上の接触を許さない。

レイはラムダの分厚い胸板を突き飛ばすと、何事もなかったかのように報告書の作成に戻る。

「本当に貴女はずるい」

ラムダはレイの唾液に濡れた唇を舐めとった。ラムダは戦闘による興奮で昂ぶった体を持て余していた。

「女が欲しいのならクシーでも誘えばいい」

レイはUIAでも数少ない女性局員の名前を挙げた。

「俺は貴女が欲しいと言っているのだが」

「他をあたれ」

レイの冷酷な宣言に、ラムダは肩をすくめて部屋をあとにする。

レイはラムダの姿が消えたことを確認すると、先ほどまで口づけていた唇を手の甲で拭った。

――忌々しい。

私が女というだけであいつらは欲望の対象とする。自分が遺伝子操作を受けいくら妊娠しにくい体とはいえ性交には危険(リスク)が伴う。性欲が無いわけではないが、私だって相手は選びたい。

レイは机に向き直ると報告書の作成に集中し始めた。

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