結婚祝いにとユーセフの父、イスハークが手配してくれたアクバル塔(フォート)への旅を沙耶はありがたく受け取った。
ユーセフはせっかくならば美しい砂漠を沙耶に見せたいと言い出し、砂漠を通り、オアシスで一泊して塔へと向かうコースを選んでいた。
沙耶は砂漠なんて砂ばかりだろうと、それほど興味を持っていなかったのだが、ユーセフの強い勧めに仕方なく頷く。
オアシスまでは四輪駆動車での移動となった。
ユーセフが運転する車は力強く砂漠を進んで行く。
ユーセフとふたりきりでの旅に、沙耶の心は弾んでいた。いつも護衛やハサンなどの部下に囲まれ、ふたりきりになれる時間といえば夜のひと時だけ。日本に拠点を移すため、ユーセフはかなり忙しくなかなか休みもとれない。
そんなときに義父からの旅行のプレゼントは沙耶を大変喜ばせた。
ユーセフは沙耶を喜ばせたのが自分ではなかったことに文句がある様子だったが、沙耶の様子に早々に態度を豹変させた。精力的に仕事を片付け、あっという間に沙耶との旅行のために時間を作ってしまった。
沙耶は砂漠と言えば砂しかないものだと思い込んでいたが、こうして目の前の景色を眺めているとそれが間違いだったと気付かされる。
所々にサボテンのような植物が生えていたり、赤っぽいごつごつとした岩が続くような場所があったりと、沙耶を飽きさせない。
美しい風紋を描く砂丘は、まるでおとぎの国のようだ。
「あそこに見えるのがワジだ」
ワジというのは枯れ川で雨期になると川になるらしい。
ハンドルを握りつつ、時折ユーセフが教えてくれる。
エアコンの効いた車内は涼しいが、一歩外へ出るとやはりかなり熱い。沙耶はアバヤが意外と涼しいことに驚いた。
「サーヤは馬に乗れるか?」
「う、馬? 乗れないよ!」
馬など子どもの頃、両親に連れて行ってもらった競馬場のとなりにある公園のポニーくらいしか記憶が無い。
沙耶はぶんぶんと首を振った。
「では、今度教えてあげよう」
ユーセフの笑みに沙耶の心臓が高鳴る。
ふと沙耶はハサンとラナーとの会話を思い出していた。
「ユーセフ様が笑う姿を再び見られる日が来ようとは……。本当に、沙耶様がユーセフ様を選んでくださってよかった……」
ハサンがふと漏らした言葉には深い安堵が込められていた。
「え、そうなの? ユーセフってよく笑うよね?」
「それは、沙耶様の前だけでございます」
「そんなことないでしょ?」
信じられない沙耶は笑ってハサンに問いかけた。
「本当のことでございます」
そばにいたラナーも頷く。
「どうして?」
「それは……」
ハサンは一瞬痛ましげな顔を見せたがすぐに覆い隠してしまう。
「わたくしからお話ししましょう」
ラナーが代わりに口を開いた。
「ユーセフ様の母君はヨーロッパの方でした。イスハーク陛下がイギリスへ留学中におふたりは知り合い、ご結婚されたのです。そしてユーセフ様がお生まれになりました。ユーセフ様が五歳のころだったでしょうか。陛下の兄君で先王であったイスマーイール様が崩御され、イスハーク陛下が即位されることとなりました。ユーセフ様の母君はイスハーク様と離婚し、国に戻られました」
「どうして……」
ラナーの告白は衝撃的だった。
「わたくしのような者が知るところではございませんが、噂ではこちらでの暮らしが合わなかったと……。それ以来、ユーセフ様は笑顔を失いました。乳母を任じられたわたくしの前でも、めったに表情を変えることが無くなったのです。……それが、沙耶様がおいでてからは、随分といろいろな表情を見せて下さるようになって」
ラナーのしわの寄った目じりには涙が滲んでいた。
「そう、だったの……」
「はい。せめて、乳兄弟として育った息子のハサンがユーセフ様にお仕えすることで、すこしでもそのお心をほぐせればと願っていたのですが……」
「ユーセフ様が心からの笑みを見せて下さることはありませんでした」
ラナーの言葉をハサンが引きとった。
長年側近を務めるハサンの前でもユーセフが無邪気に笑うことがないと聞いて、沙耶は複雑な心境だ。
自分にユーセフを支えていけるのかという不安がこみ上げてくる。
「サーヤ? どうした?」
物思いにふけっていた沙耶をユーセフの声が現実に引き戻す。
「ううん。なんでもない」
「ならばいいが……。そろそろオアシスが見えてくるはずだ」
ユーセフが指し示す方を見つめると、ヤシの木が生い茂る街が見えてくる。
「わぁ、素敵!」
赤茶けた砂の中にぽつんと存在する緑のオアシスは、砂漠を進む旅人にとってはまさに宝石のような存在なのだろう。
ナツメヤシなどを栽培する畑を通り過ぎ、車は次第に街中へ進んで行く。
ユーセフは大きなホテルの前で車を止めた。
すぐにドアマンが扉を開けてくれる。
沙耶がユーセフの手を借りて車から降りると、支配人が挨拶のために近付いてくる。
「ようこそおいで下さいました。アミール・ユーセフ、アミーラ・サヤ」
「いまはプライベートだ、構わなくていい」
「承知しました」
沙耶が挨拶をする間もなく、支配人は頭を下げると下がってしまった。
「ユーセフ、アミーラって何?」
「ああ、日本語では妃殿下に対する尊称となるのだったか。サーヤはわたしの妻となったのだ。そう呼ばれることにも慣れなければ」
「妃殿下!?」
(ちょっと待って、そうなるの? そうか、ユーセフがシークだから……)
今更ながら、沙耶は自分が置かれた立場に気付き始めていた。
ユーセフとの結婚を受け入れたときに覚悟を決めたつもりだったが、こうして不意に現実を突きつけられると戸惑ってしまう。
「サーヤ、行くぞ」
ぼうっとしている沙耶をユーセフが強く手を引いて進む。
ホテルは近代的で、美しい。
通り抜ける廊下からは美しい中庭が見える。色鮮やかな花が咲き乱れ、噴水からは水が滾々と噴き出している。
王宮やホテルなどでよく見かけられる噴水は、水の限られたヘイダルでは一種のシンボルらしい。
けれどユーセフはそれらに感銘を受けた様子もなく、どんどんと足を進めていく。
ユーセフは大きな二枚扉を開けると、沙耶を部屋に引きずり込んだ。
「ユーセフ、どうしたの? なんだか性急ね」
「そうか? せっかくの蜜月旅行(ハネムーン)なのだから、楽しまねば」
そう言うと、ユーセフは沙耶を抱きしめる。仄かな香水と、汗の匂いに包まれたと思うと、口づけられる。
「ゆーせ、ふ……」
沙耶はユーセフのキスにくらくらした。
巧みな手つきで服を脱がされていく。
「ユーセフ、先にシャワーを……」
「もったいない。サーヤの匂いが消えてしまう」
「やだ……」
ユーセフのいささか変態チックな発言に、沙耶は頬を染める。
「ああ、たまらない。サーヤ!」
ユーセフは乱暴に着ていたカンドゥーラを脱ぎ捨てると、沙耶を抱き上げベッドへ運ぶ。
「ユーセフ、待って!」
「待てない」
細く引き締まった身体は、易々と沙耶を抱き上げる。ベッドの上に放り出されるように横たえられた沙耶は、逃げようと体を起こしかけた。
「やぁ……」
しかし、すぐにユーセフに組み敷かれ、シーツの上に縫いとめられてしまう。
「逃げるな。余計に捕らえて、啼かせたくなる」
情欲の宿るブラウンの瞳に射すくめられ、沙耶は動きを止めた。
沙耶はユーセフの美しい顔に見とれた。
ヨーロッパとアラブの血が混じった故の力強い美しさが、見事に表れている。
そっと手を伸ばし、沙耶はユーセフの頬に触れた。
「愛しているわ……」
「……サーヤ!」
ユーセフは感極まって沙耶の名前を呼ぶと、愛撫を再開した。
沙耶の形の良い胸を揉みあげ、その頂を口に含む。
「ああっ!」
ユーセフの手の下で乳房は形を変え、引き起こされる快感に沙耶は声を上げた。ユーセフの手によって引き起こされた熱は、下腹部へ向かって溜まっていく。
ユーセフに与えられた快楽を覚えた身体は、次の快楽を求めて勝手に蠢き始める。
ユーセフの指が沙耶の秘められた部分に伸びたときには、蜜はあふれ、シーツを濡らしていた。
「ふふ……。厭らしい、身体だ」
ユーセフの言葉に沙耶は動きを止めた。カッと羞恥に身体が染まる。
「やだ……」
「褒めているのだぞ。わたしの為に、蜜を溢れさせ、誘っている。淫らで……美しい、わたしのサーヤ」
「やめて。恥ずかしいから」
顔をそむけ、羞恥に耐える沙耶をユーセフは笑った。
「わたしの女王だ。わたしだけの……」
「あっ」
ユーセフは沙耶の足を割り開くと、強引に身体を密着させ、沙耶の足を閉じられないようにしてしまう。
「ユーセフ、お願い。ゆっくりして……」
「もちろんだとも。愛しい妻の頼みを断れる夫など、いるはずがない」
ユーセフは蜜を湛えた花弁をそっと摘まんだ。
「っひゃあ、ああ」
びりびりと一気に沙耶の背筋を快感が走り抜けた。
ガタガタと身体を震わせ、衝撃に耐えている沙耶を、ユーセフは愛しげに見やった。
「まだ気をやるには早い」
ユーセフは沙耶の花弁を執拗にいじる。そのたびに沙耶は声を上げてしまうのを止めることができなかった。
「っや、ああん、やぁ……はぁ」
全身から汗が吹き出し、沙耶の肌を濡らしていく。
やがて張りつめた沙耶のつま先が、きゅーっと丸められ、高い嬌声と共に一気に弛緩する。
「あぁー!」
がくがくと身体を震わせ、悦楽の頂点を極めた身体はぐったりとシーツの上に投げ出されていた。
ユーセフはそんな沙耶の様子を見届けると、ようやく蜜壺に指を侵入させた。
極めたばかりの身体はわずかな刺激にもびくりと反応する。
「ぁあ、やぁ、待って。いったばかりで……つらいの」
「ふふ。だからいいのだろう?」
ユーセフは唇をにやりとゆがめると、沙耶の内部に侵入させた指を動かし始めた。
「……っあ、あ、はぁ、あッ」
いつの間にか指の数が増やされ、沙耶の内部を不規則に動かしながら探っている。
「ひっ、あ」
ある場所を掠めた瞬間、沙耶の身体がシーツの上でのたうつ。
ユーセフは見つけた場所を重点的に責め始める。
溢れた蜜がユーセフの指を濡らしていく。わざとぐちゅぐちゅと音を立て、沙耶の羞恥を煽るように動かされ、沙耶はあっという間に再び極めそうになる。
沙耶の身体はその予感に張りつめた。
「あっ……」
その予感はユーセフの指が引き抜かれたことで、喪失感にとって代わられる。
「っや、ゆーせふぅ……」
「欲しいのだろう? おいで」
ユーセフは嬉しそうに目を細めると、大きなベッドの沙耶の隣に座る。
ユーセフの上に自ら座ることを求められ、沙耶は戸惑った。
「やだ……」
「自分から来なければ、このままだぞ?」
意地悪く笑みを浮かべるユーセフの顔を見る限り、彼は本気だ。
沙耶は恥ずかしさを堪え、ユーセフの太ももの上に跨った。すでに雄々しく立ち上がった灼熱の楔を身体に収めようとするが、なかなかうまくいかない。
沙耶は半分泣きながら、どうしたらよいか途方に暮れた。
「泣くな、サーヤ。ほら、わたしも手伝うから……」
ユーセフの手を借りて、ゆっくりと楔を飲みこんでいく。今度はようやく上手くいった。
「はぁっ……ん、ふ」
いつもより深く繋がり合った部分が、かつてない圧迫感を訴える。
「サーヤ……愛している」
「ユーセフっ、お願い……」
「ああ。望みのままに」
ユーセフは沙耶の腰をつかむと、揺するように動かし始めた。
「あぁっ、ゆーせふ。おかしくなりそう……」
「それはこちらのほうだ。サーヤの中がうねって、わたしを締め付ける……。なんと甘美な試練だろうか」
「あぁん」
沙耶はユーセフのもたらす快感に抗えず、抱きついた。
ユーセフは笑みを深くすると、沙耶を揺さぶった。
「っく、ああん」
沙耶はユーセフの肩に顔をうずめて、声をこらえようとしたが、ユーセフがそれを許さない。
激しい突き上げに、沙耶は絶頂に達する。続いてユーセフも欲望を解放する。
沙耶の奥底に欲望を放つと、沙耶はその感触に再び昇りつめた。
「あああぁー!」
もはや声を抑えることもできず、本能のままに声を上げる。
そんな沙耶をユーセフは愛しげに抱きしめた。沙耶とユーセフは何度も愛を確かめ合う。
砂漠の夜は、恋人たちを包むようにゆっくりと更けていくのだった。