八. はじめてのバグ退治

リアムと騎獣(きじゅう)のディアンを先頭に、リアムと栞(しおり)が続く形で歩いていく。

舗装されていない街道は踏み固められ、多くの人が行き来しているのが見て取れる。栞たちと同じようにパーティーを組んで歩く者もいれば、ディアンとは違う馬のような獣に乗って駆けていく冒険者もいる。

栞は自分達を追い越していくほかの旅人を眺めながらも、自分のペースを崩さず歩いていく。

「ねえエドワードさん、私たちはどこへ向かっているの?」

「最終的には総神殿へ向かいますが、黒の森を越える必要があります。街道は付近の街の自衛団が定期的に魔物を駆除してくれていますが、黒の森には街道とは桁違いの強さの魔物が出現します。そこを越える為に魔法使いを雇いたいのです。ですから、魔法使いが多く住むカレンの街を目指します」

エドワードは何も知らない栞にもわかりやすく説明をしてくれる。

「どうしてカレンの街には魔法使いが多いの?」

「カレンには魔法学校があるんだよ」

先を歩いていたリアムが振り返って答えてくれた。

 

ま……魔法学校とな!

 

栞は○リー・ポッ○ーを想像して、感動にうち震えた。

「ねえ、魔法学校って誰でも入学できるの?」

「いや、魔力持ちだけが入学を許される」

「魔力持ちって何?」

「そのまま魔力を持った奴のことだ。そもそも魔力っていうのは、血筋に伝わるもんなんだよ。だから、魔力持ちはモテルし、相手も選び放題だ。魔力持ちは魔力持ちと結婚したがる。自分の子供に確実に魔力を伝えるためにな」

答えたリアムは苦々しげな顔つきをしていた。

「そっかー。じゃあ、誰でも魔法が使えるわけじゃないんだね」

「そうです。僕が使う治癒魔法は神力(しんりき)を借りて行います。神殿で修行をして、信仰心が認められると太陽神フォボス様より神力を授かることができるのです」

リアムの心の傷に触れたことに気付いたエドワードは、栞に気づかれないようにさらりと話題を変えた。

 

げぇ。あのオッサンを敬って信じないと、治癒魔法が使えないなら、私には無理だ……。

 

栞は夢の中に現れた、とても太陽神とは思えないフォボスの姿を思い起こしてげんなりとする。

「そっか……。私にも魔力があったらなぁ……」

自分では魔法具を作ることができなかったことを思い出し、栞は少々落ち込んだ。はっきり言ってこのメンバーの中では、栞は足手まといでしかないのだ。魔法も使えず、体力にも自信がない。

フォボスから依頼されたバグ退治というのも、どうしたらいいのかもわからない状況で、どんどんとマイナス思考に陥りそうな自分を栞は嫌悪した。

 

悩んでも仕方ないって、わかってはいるんだけどね……。

 

「シオリさん。カレンに着いたら、魔力を測ってみませんか?」

落ち込んだ様子の栞を気遣って、エドワードが声を掛ける。

「使えなくても、魔力ってあるの?」

「使えないのは使い方を学んでいないからかもしれません。僕も魔法使いではないので、よく知らないのですが……」

「そうだね。……ありがとう」

エドワードの心遣いをありがたく受け取って、栞は気弱な笑みを浮かべた。

「おい!」

そこへリアムの鋭い声がかかる。

エドワードは咄嗟に栞を庇う様に前に出た。

リアムが視線で示した先には、あまり大きくない、中型犬ほどの大きさの猫っぽい魔物が草むらの陰からこちらの様子を窺っていた。

「あれも、魔物なの?」

「ああ。マッドキャットという。あまり強くはないがすばしっこい」

栞はつい先日マッドウルフに襲われ、怪我したときのことを思い出してしまう。恐怖がよみがえりそうになったが、リアムの言葉に少しだけほっとする。

 

そうだ。いまの私にはリアムもエドワードもいる。バグ退治をしなければ、故郷に帰れないというのなら、やるしかない。

 

栞は震えそうになる自分を押さえつけ、一歩前に進み出た。

「リアム……、あの魔物を少しだけ大人しくさせることはできる?」

「俺には無理だな。斬ることしかできない。大人しくさせるなら、エドの方が専門だ」

「エドワードさん、お願いできますか?」

「シオリさん……、何か考えがあるのですね?」

「はい。やってみなくちゃわからないので、協力してほしいです」

「……わかりました。眠りの魔法をかけてみます」

真剣な表情で頷いたエドワードは魔法を唱え始めた。

しばらくすると、マッドキャットは目を閉じて動かなくなる。栞は息を殺して魔物に近付いた。エドワードとリアム、ディアンが背後で心配そうに栞を見守っている。

栞が魔物まであと一メートルほどの距離に近付いたとき、周囲にプログラムが展開された。

騎獣であるディアンに栞が触れてもプログラムが展開しなかったので、ディアンが魔物ではないと認識していたのだが、こうして魔物の周囲に展開されたプログラムを見ると、改めて魔物だと実感する。

栞が現れたプログラムを読み解いてみれば、おかしな無限ループが存在している。けれど、プログラムは複雑怪奇で読み解くのにも時間がかかる。面倒になった栞は暴挙に出た。

 

ええーい。こんなスパゲッティプログラム(※)を解析するなんて面倒だ。全部消しちゃえ!

 

栞は手を動かすと、プログラムを丸ごとつかんで消去した。

その瞬間、マッドキャットの顔つきが普通の猫のように激変する。

「え?」

栞が上げた声に、マッドキャットが目を覚ます。

栞とマッドキャットの様子を窺っていたリアムが、栞をつかむと素早く安全な場所まで下がった。

目を覚ましたマッドキャットは、まるで猫のように足を突っ張らせて伸びをすると、ゆっくりと立ち上がりその場を立ち去ってしまう。

その様子は危険な魔物ではなく、まるで普通の獣としか思えなかった。

一部始終を見ていたエドワードは、感激したように目をうるませていた。

「シオリさん……、素晴らしいです。調停者というのは、魔物をただの獣に戻すことができるのですね」

リアムは何も言わなかったが、同様に信じられないものを見たような顔つきをしている。

栞は自分でも何が起こったのかよくわからずに、感激しているエドワードの様子にいたたまれなくなってしまった。

「あれで、よかったのかな……」

自信無くつぶやかれた言葉に、リアムもエドワードも力強く頷いてくれる。

「ああ、調停者とはすばらしい能力なのだな」

「よかったに決まっています。もうあのマッドキャットがいたずらに人を襲うことはないでしょう」

「そっか……。よかった」

ようやく栞の顔に笑みが浮かんだ。

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