――朧月――

私がクリスに出会ったのは、王都にある貴族の子弟が通う学院の初等科から中等科へと進んだころだった。

中等科へと進学すると家からではなく、学院の寮に住むことを父に命じられた。

王都に屋敷を持つ貴族であれば、家から学院へと通うのが一般的だ。寮とは地方から出てきた商人や王都に屋敷を持たない下級貴族の為のものだという認識だった。

家にはさしたる未練もなかったので、私は言いつけどおり大人しく寮へと入った。

入学式で代表を務めたクリストフォロ・アッカルドは金髪に青い瞳をもつ天使のように整った容貌で、男女を問わず人気を博していた。もちろんアッカルド公爵の息子という地位に引き寄せられる者も多かったが、ひとたび彼の誰に対しても公平であろうとする姿勢を知ると、下心を忘れて彼の虜になってしまうという噂を聞いた。

「誰にでも公平だという評判だが、嘘くさい」

私が入学式の後、初等科からの友人たちの前で相部屋となったクリスのことを話していると、噂の当人が現れた。

「ふふ、鋭いね。アレッシオ・ウリッセ」

クリスは忘れ物を取り上げると、笑いながら教室から去ってしまった。私と友人たちは茫然として彼を見送った。

私は寮の部屋に戻るとクリスを問い詰めた。

「さっきのセリフはどう言うつもりだ、クリストフォロ?」

「クリスでいいってば。だってその通りだもの」

「その通りって……」

「だから嘘だってこと」

クリスはいわゆる天使の微笑みとやらを浮かべながら私に答えた。

「俺は誰に対しても特別な興味を持つことができない。だから誰に対しても公平でいられる」

私はその説明に得心がいった。大切な人がいなければ確かに誰にでも公平でいられる。

「私もアレッシオでいい」

私は自分の名前があまり好きではなかった。父とは仲が良いとは言えない。

私の母を亡くしてから、父が次々と愛人を作る姿を見ていると、大切な人を作ろうという気持ちは起こらなかった。周囲に対して関心が無くても、有能な跡取りとして振舞っていれば文句は付けられない。

きっとクリスも似たような境遇だろうと思うと、少しだけ近親感が湧いた。

それからはクリスと少しずつ会話を交わすようになった。

「クリスはなぜ寮に入ったんだ?」

「家に居ると気づまりなんだよ。何もかも父の言うとおりにしているのに疲れた」

「ふうん……」

「そういうアレッシオこそ、なぜ寮に?」

私の場合は父に言われたから寮に入ったのだが、父も私と過ごすのが気づまりだったのだろう。

「父に言われたから」

「そう。俺たちは全く逆の理由で寮に入ったみたいだ」

「ああ、そうだな」

クリスは私の前では完璧なクリスの仮面を外すようになっていった。彼も早くに母を亡くし、父親の期待を一身に背負って生きてきたらしい。

私も彼の前では有能な跡取りという仮面を脱ぐことができた。

一緒にスポーツを楽しんだり、授業を受けたりしているうちに自然と二人で行動することが多くなった。

クリスとの腐れ縁は高等科に進学しても続いていた。何の因果か再び寮の同室となったのだ。

私は成人までは今まで通りの生活が続いていくものだと思っていた。だが、クリスはある少女と出会い、そして大きく変わってしまった。

外部の学校から進学してきた商人の娘、ニコレッタ・ベリーニに出会ってから、クリスの表情に変化がみられるようになったのだ。

授業を終え寮の部屋に戻ると、窓辺に座りこんで外を眺めているクリスの姿があった。

「なあ、アレッシオ……」

この男が相談して来ること自体珍しいが、ここまで落ち込んだ様子も珍しい。友人相手にはかぶれる天使の仮面が、彼女に対してはかぶれないという。

「ふうん」

私は考え込んだ。自分にも経験がないためよくわからないが、それは恋というものではないかと。

「君はベリーニ嬢に恋しているのか?」

私の問いかけにクリスは顔を赤らめた。

「恋? これが恋というものなのか?」

クリスは独り言のようにぶつぶつと言いながら、顔を赤らめたり、青ざめさせたりして百面相をしている。

私は面白い物を見せてもらったと、面白がりながら彼を放っておいた。そのうち、クリスはニコレッタ・ベリーニを追いかけはじめた。今までの他人に対する無関心ぶりが嘘のように、彼女を追いかけまわしているらしい。

だが、彼女の方はクリスの事を好きだという様子がないという。

私には彼の気持ちが分からない。だれかを好きになったこともないし、自分が自分でなくなるような気持ちは、味わいたくない。

「なあ、アレッシオ。どうしたらいいと思う?プレゼントを送ってみたり、デートに誘ってみたりしたんだけど、ニコラは全然俺に気を許してくれないんだ」

「君の天使の微笑みとやらも通じないのか?」

「ふざけないで、何かいいアイデアをくれよ。どうしたらいいか全然分からないんだ」

「まあ、君が相手という時点で、ベリーニ嬢は嫌がるだろうな」

「何で?」

「おまえはアッカルド公爵の継嗣《ルビ:けいし》だろう。商人の娘ではつり合いが取れん。彼女が敬遠するのも最もだ」

「そんな……」

どうもクリスは自分の価値というものを理解していないのではないか? 落ちぶれた貴族ならともかく、アッカルド公爵家ならば経済的に不自由はない。とすれば彼女との付き合いが許されないのは自明の理だ。

「まあ、君が成人して結婚するまでには猶予がある。それまでの付き合いと割り切ったらどうだ? もしくは愛人にするとか」

「嫌だ。ニコラをそんな目に合わせたくない」

「君が公爵家の継嗣であることは変えられないだろう。せめて成人していれば、まだやりようもあるだろうが……」

このときクリスの目には静かな決意が宿っていた。私はクリスの事をそこまでの行動力があるとは思っていなかった。どこかに彼を見下している所があったのかもしれない。まさか彼が高等科の卒業と同時に、ベリーニ嬢と出奔するとは夢にも思っていなかった。

私に黙って、彼はベリーニ嬢と姿を消した。

 

 

私は成人と同時に母の持っていたクレメンティ子爵領を継いでいた。とはいえ、子爵領で過ごすのはわずかで、ほとんどは王都にある母の持っていた屋敷で過ごしていた。

社交界で開かれる夜会に出たり、友人の領地で狩りに興じたりと、遊びながら自堕落な日々を過ごしていた。けれど、クリスのいない生活は何処か味気なく思っていた。

そんなある日、出席した夜会でクリスの父親と出くわした。

「アレッシオ・ウリッセ・クレメンティか?」

「はい。アッカルド公爵様」

公爵はクリスとは対照的にいかつく、威厳のある顔立ちをしていた。けれど継嗣を失った彼は何処かやつれた様子をしていた。

「君は学校でクリスと親しかったという話を聞いたのだが……」

「ええ、親しく付き合わせていただいていました」

「今あれがどこにいるかは、知らないだろうな」

「残念ながら、私とは音信不通です。それほど彼には親しいと思われていなかったようです」

「そうか……」

公爵は私の返事を聞くと、見るからに気を落としていた。

「失礼ですが、ベリーニ家の方には問い合わせられたのでしょうか?」

「ああ、クリスがいなくなってすぐにな」

私はあまりにやつれた公爵の様子を気の毒に思い、思わず口を出してしまった。

「公爵はクリスを探してどうなさるおつもりですか。ふたたび継嗣の座に据えますか?」

「……いや、あれがそばに居てくれればそれでいい。後継ぎにはあれの弟が立ってくれるだろう」

よし、言質は取った。

「ならば、私にクリスを探すお手伝いさせていただけませんか?」

「それは……願ってもないことだが、本当にいいのかね?」

「わたしも遊び相手がいなくてつまらない思いをしていたのですよ。どうせそれほど大した仕事も任されていませんから、貴族の暇つぶしですよ」

「ならば、すまんがよろしく頼む。ウリッセ公爵家の力が借りられるとは、心強い」

私はまるで宝探しをするような子供の気分で頷いた。家に帰ると執事頭を呼びつけ、クリストフォロ・アッカルドとニコレッタ・ベリーニの捜索を命じた。

クリスばかりを探そうとするから見つからないのだ。きっと、鍵はベリーニ嬢が握っている。ベリーニ家の周辺を念入りに調査するようにと指示をした。

我が家の有能な執事頭ジョルジョは、父から譲り受けた私専属の執事だ。母から受け継いだ屋敷と領地を任せてもおいても、問題なく運営されていく。ジョルジョからはいつも本来ならば私がすべき作業だと文句を言われるが、興味を持つことが出来ず、そのままにしていた。

有能な執事であるジョルジョは黙って指示に頷いた。

しばらくしてジョルジョから吉報が届いた。クリスとベリーニ嬢が見つかったという知らせだった。

私はジョルジョが調べ上げた、ベルナルディの街へと向かっていた。アッカルド公爵に報告する前に、クリスがどのように暮らしているのか自分の目で確かめておきたかったのだ。

ジョルジョと共に訪れたベルナルディの街は長閑な田舎の街だった。主な産業は林業と牧畜で、木材や毛糸を加工して売るのが主な収入源となっている。

粗末なあばら屋の扉をノックすると、少しやつれた感のあるクリスが顔を出した。

「アレッシオ!」

「どうやら友人の名前は覚えていたらしいな」

クリスはすべてを悟ったようだ。

「父に頼まれたのか?」

「ああ、だがまだ連絡はしていない」

「そうか……」

「話をしたいのだが、中に入れてくれないか?」

私がクリスに申し出ると、彼は黙って扉を開いた。ジョルジョには馬車でしばらく待つように伝える。

家の中に足を踏み入れると、ニコレッタとクリスによく似た女児がいた。まさか既に子供がいるとは!報告にはなかった事柄に私は驚きを隠せなかった。

「妻のニコラと、娘のルチアだ」

「こんばんは。クリスの友人のアレッシオ・クレメンティだ」

「お久しぶりです。アレッシオ様。ニコラとお呼び下さい」

一、二度顔を合わせただけの、私の事を覚えていたのか。

「こんばんは」

すこし舌足らずながら、少女はきちんと挨拶をした。

「こんばんは。御嬢さん」

私が話しかけると、少女は怖かったのか母親の後ろに隠れてしまった。

「立ち話もなんだから、座って」

クリスに勧められるまま、私は粗末な椅子に腰かけた。

「さて、何から話したらいいだろうか?」

そういって微笑むクリスは、もはや天使の微笑みではなく本物の笑みを浮かべていた。ああ、彼は大切な人を見つけたのだ。私はクリスをすこし羨ましく思った。

「何もかもだ。君がいなくなった時の事からすべてを話してもらおう」

「全てと言ってもそれほど大して話すようなこともない。高等科の卒業前にニコラが妊娠していることが分かった時、俺はすべてを捨てる決心をした。ニコラの乳母のつてを頼ってここに移り住んだ。ルチアが生まれて、ここで何とか生活している。こんな所かな」

「なぜ、私に相談してくれなかった」

私は彼から信頼される程度には親しかったつもりだ。

「君は覚えていないかもしれないが、君がニコラは俺に釣り合わないと言ったんだよ」

そうだ。そう言った気がする。なるほど、信頼できないのも無理はない。

「すまなかった」

私は心の底から後悔した。私の心無い一言が彼から私を遠ざけさせたのだ。

「なにか困っていることはないか?」

せめてもの罪滅ぼしに自分にできることはないだろうか?

「別に……」

口をつぐむクリスとは対照的に、ニコラは何か言いたそうな顔をしている。

「アレッシオ様、よろしければ仕事を紹介していただけないでしょうか?」

「ニコラ、止めてくれ!」

クリスの制止を聞かず、ニコラは話を続けた。

「この街では仕事がほとんどありません。このままではルチアを無事育てることが出来ません。あなたのお力でクリスが出来るようなお仕事を紹介していただけませんか?」

「なるほど」

私は考え込んだ。確かにこの粗末な部屋では子供を育てるのには向いていないだろう。そして昼間見たこの街の様子は、お世辞にも活気があるとは言い難かった。

「この街を離れることになっても構わないのか?」

「もとよりほとんど知り合いもおりません。クリスが働ければどこであろうとかまいません」

「では、明後日には手はずを整えておこう」

それだけ言うと私は立ち上がった。

「アレッシオ! 君にそんなことをしてもらう義理はない」

「別に君の為ではないよ。奥方と子供の為に私が出来ることをするだけだ」

「それは……」

クリスはまだ納得できていない様子だが、そこは家族で話し合って決めることだろうと思い、私は家を辞した。

馬車へ戻ると、ジョルジョは昼間の内にとっておいた宿に向かって馬車を走らせた。

宿の部屋へ戻ると、私はすぐにジョルジョに指示を出した。クレメンティ領に家族が住めそうな快適な家を探すこと、領主の館からそれほど遠くない方がいいことを伝える。農地もあった方がいいか。指示を追加するとジョルジョは黙って頷いた。

翌日の夕方にはジョルジョは手配を終えていた。

 

私は予告した通り、ふたたびクリスの家を訪ねた。明るいうちに見ると、クリスの家は一層みすぼらしく見えた。

「やあ、クリス」

「アレッシオ。待っていたよ」

クリスは笑みを浮かべていた。どうやら決心がついたらしい。

「決めたのか?」

「ああ、ニコラとルチアにはもっといい暮らしをさせてやりたい」

「クレメンティ領に土地と家を用意した。とりあえず小作人として働く環境を整えたが、君に農業は無理だろう。だから、領地の管理の仕事を手伝ってもらいたい」

「なるほど。それならば私にもできそうだ」

クリスは満面の笑みを浮かべた。彼の頭の良さは学院での付き合いから知っていた。アッカルド公爵の継嗣として十分に知識を蓄えた彼の知識を利用しない手はない。当面は小作人として暮していれば、アッカルド公爵に見つかる恐れも少ないだろう。

「では、クレメンティ領で待っている。馬車を迎えに寄越すから、都合がいい時を教えてくれ」

こうしてクリスたち一家はクレメンティ領へと移り住むことになった。

これまでまともに領地の管理に携わってこなかったが、クリスがいることで私はジョルジョが驚くほど熱心に領地の経営に精を出していた。王都に滞在するのは最小限にとどめ、ほとんどを領地で過ごすことにしていた。

クリスの事はまだアッカルド公爵には伝えていない。もう少し落ち着いてからでいいだろうと思っていると、いつの間にか三年が過ぎていた。このころにはクリスたちも領地で落ち着いて生活ができるようになっていた。

ルチアもそろそろ初等科へ通い始めなければならない。

私はクリスの家を頻繁に訪ねていた。表向きの理由はクリスに仕事の書類を持って行くことだったが、本当は彼の家の雰囲気に癒されたくて訪れていた。ニコラは商人の娘ながら料理上手で、素朴だが美味しい料理をいつも振る舞ってくれていた。

その日もちょっとしたお菓子のお土産を携えて、クリスの家を訪ねていた。

「アレッシオ、いらっしゃい」

「アレッシオ様、いらっしゃい」

ニコラとルチアが出迎えてくれた。クリスは畑へと仕事へ出かけているそうだ。お土産をルチアに手渡すと、大喜びで封を開けている。

無邪気で天真爛漫なルチアの様子を見ていると、子供を持つのも悪くはないかと思えてくる。

「アレッシオ、来ていたのか!」

農作業でかいた汗を拭きながら、クリスが家へと入ってきた。

「ああ、お邪魔しているよ」

「お土産まで、ありがとう」

「いや、ルチアの喜ぶ顔が見たくて勝手に持ってきただけだ。お前には酒を持ってきた」

「それは楽しみだな。今日は泊まっていくのか?」

「ああ、できれば」

「いつでもご自由に。領主様」

私はクリスと軽口を言い合えることを喜んでいた。

その夜、私はクリスに一つの提案をした。

「そろそろ、君の父親に話しても大丈夫か?」

「ああ、弟も上手くやっているみたいだしね」

「わかった。そろそろ王都へ行かなければならない。その時に伝えるから、手紙でも書いておけ」

「了~解」

クリスと酒を飲みかわしながら、アッカルド公爵にクリスの消息を伝えることを決める。二人で飲んでいたテーブルに、ルチアを寝かしつけたニコラが加わった。

「今なら随分と君たちの顔色もよくなったし、公爵にお会いしても大丈夫だろう」

「そんなに、ひどかったかでしょうか?」

「ああ、ベルナルディの街で見たときは、かなりやつれていて驚いた」

「そうだな。あのころは仕事もなかなかなくて苦労していたからな……」

クリスが遠い目で昔を懐かしんでいる。私としては三人が健康で暮らしてくれればそれで満足だった。クリスたちのおかげで、領地で過ごすことも楽しいし、父に悩まされることもない。

私は二人のグラスにも酒を注ぎつつ、クリスとの学生時代の話をしては昔を懐かしんだ。二人と話していると、学生時代の無邪気な頃に戻った気がする。私は単純にこんな時間が続くと思っていた。

翌朝私はクリスからの手紙を預かり、領主の館へと帰った。屋敷へ戻るとジョルジョが待ち構えていた。クリスから受け取った予算書を渡すと、ジョルジョはすぐに仕事に取り掛かった。

私は書類を処理すると、王都へと行く準備を始めた。どうせ王都へ戻っても父のご機嫌伺いか、顔つなぎの為の夜会に出席することくらいしかすることがない。今回はアッカルド公爵にも会う必要がある。

荷物を載せた馬車と共に領地を発ち、私は渋々ながら王都へ向けて出発した。王都へ着くとすぐに父の屋敷へと向かう。

相変わらず愛人をはべらせている様だ。結婚するような愚を犯さないだけましだと自分に言い聞かせる。

「ご機嫌いかがですか?」

「息子が早く跡取りを設けてくれれば、もっと機嫌がよくなるのだが」

「私の心をとらえてくれる女性が見つからないのです」

「まあ、はやくお前の心を捕らえてくれる人が見つかることを祈っているよ」

「ご随意に」

私は楽しくない会談を終わらせ、屋敷を辞した。まだ行かなければならないところがある。さっさと用事を済ませて、領地へ帰ろう。私はアッカルド公爵の屋敷へと足を向けた。

出てきた執事に名前を告げると、すぐに応接間へと案内される。同じ公爵家でも父の屋敷と違って趣味がいい。私は内装を眺めながら主がやってくるのを待っていた。程なくして公爵が現れた。

「クレメンティ子爵、君が来たということは、クリスの行方が分かったのかね?」

以前会ったときから三年しか経っていないというのに、ずいぶんと老けこんだ印象だ。私は黙ってクリスから預かった手紙を公爵へと差し出した。

「それは……クリスからの手紙か?」

「はい。預かってまいりました。現在私の領地にて、暮らしております」

「――そうか」

私は公爵が手紙を読み終えるまで、黙って座っていた。私は手紙の内容がどのようなものかは知らなかった。公爵は手紙を読み終えると、黙って涙を流していた。

「公爵……、どうされますか?」

クリスに会いに行くのだろうか?それとも昔のように戻って来いというだろうか?私はかたずをのんで返事を待った。

「私はクリスたちが自分から会いに来るのを待つことにするよ」

「そうですか。私は数日後には領地へと戻ります。なにかご用があればそれまでに屋敷へお願いします」

「クレメンティ子爵、クリスを助けてくれたこと感謝している」

「それには及びません。私は自分がしたいことをしたに過ぎませんから。では、失礼します」

これで王都での用事がほとんど終わったも同然だ。私の意識は早くも領地へと向かっていた。

 

 

私はその日クリスの家へ持っていく土産を探しに、街へと買い物に出かけていた。

ジョルジョが血相を変えて買い物中の店へと駆けこんでくる。

「クリス様たちが……事故に遭われて……亡くなったと」

「嘘だ……」

私は信じられない思いで、ジョルジョに案内させて現場へと向かった。

目の前に現れた、血まみれの二人。近くの治療院に運ばれた時にはすでに息を引き取っていたらしい。加害者となった馬車の御者が顔を青くして遺体のそばに立っていた。

「お前が二人をはねたのか!?」

私は御者に食ってかかった。

「申し訳ございません。申し訳ございませんっ!」

御者は震えながら謝るばかりだった。ジョルジョが目撃者から証言を取ったところ、馬車が暴走し、この御者は馬を抑えきれなかったということだった。

私は二人の姿に衝撃を受け、茫然と立ち尽くしていた。ああ、ルチアに知らせないと。こんなところで呆けている場合ではない。ジョルジョに葬儀の手はずを整えるよう指示して、馬を駆けさせルチアの通う学校へと向かった。校長に事情を説明しルチアを校長室へと呼び出してもらった。

これから私はルチアに酷いことを告げなければならない。

「ルチア、落ち着いて聞いてくれ。クリスとニコラが亡くなった」

ルチアの顔から一気に血の気がひく。真っ青になった顔を見て、私はルチアが倒れるのではないかと心配になった。

「嘘……でしょう?アレッシオ様」

「残念ながら……本当だ」

本当に残念だ。ああ、アッカルド公爵にも連絡をしなければ……。

「街へ買い物に行った帰りに、暴走した馬車に撥ねられたそうだ。私も街に用事があって、騒ぎを聞いて駆け付けたときにはもう……亡くなっていた」

このような幼い子供に告げる内容としては酷な事を言っている自覚はあった。だが、保護者を失ってしまった今、ルチアに真実を告げないわけにはいかない。

私はルチアを抱えて、馬をクリスの家へと走らせた。前に抱えたルチアは茫然としている。無理もない。私でさえ未だに信じられないのだ。

ジョルジョは手際よく二人を棺に安置して、家へと運びこんでいた。棺を見たとたん、ルチアはようやく理解したのか泣き始めた。なんと無情な事だろう。このように幼いルチアを残して二人とも逝ってしまうなんて。

泣き続けるルチアを抱きしめながら、私の瞳にも涙が滲むのを抑えられなかった。ああ、クリス。私はいつの間にかこんなに君の事が好きになっていたのだな。君と過ごす時間が空虚な私の心を癒してくれていたのだ。

今度は私が二人の代わりにルチアを育てていこう。二人からもらった癒しを彼女に与えてあげたい。私はルチアが泣き疲れて眠ってしまうまで、小さな身体を抱きしめていた。

翌日、葬儀は滞りなく行われた。ジョルジョに指示したアッカルド公爵への連絡はきちんと行われたのだろうか?だが、今はルチアのそばについている方が大切だ。

二人は聖別され、棺が地中へと埋められる時間が迫っていた。私はルチアに別れの挨拶をするように告げた。

「お父さん……お母さん……」

ルチアはそれっきり黙り込んでしまった。仕方なく二人はそのまま埋葬された。

私は屈んでルチアと視線を合わせた。

「ルチア、君さえよければしばらく家で暮らさないか?屋敷には十分空き部屋もあるし、落ち着いてから今後の事を考えよう」

「……いいのですか?」

ルチアは信じられないという様子で尋ねてきた。幼いながらも自分の置かれた境遇を理解しているようだ。

「私はクリスの親友だ。その忘れ形見を孤児院などへはやりたくない。私には収入もあるし、君一人養うことくらい簡単なことだ。それに……クリスとニコラを殺した相手からは賠償金をもらっている。二人は帰ってこないがせめて君にだけは苦労させたくない。君の名義で信託財産として受け取れるようにしてあるから、心配はいらないよ。君が成人するまで、私が後見人として見守らせてほしい」

信託財産のことは嘘だった。だがそれくらいは私にとって大した金額ではないので、すぐに用意できる。少しでもルチアが安心できるように、考えていた嘘が口からすらすらと出ていく。

昨日ジョルジョに事情を調べさせたところ、御者はある商人の使用人だった。ろくに馬を労らず、酷使していたことも調べがついている。私は彼と彼が馬を暴走させる原因を作った人物を許すつもりは毛頭なかった。

二人の命を奪ったことを死ぬほど後悔させてやる。

ルチアが私の言葉に頷いてくれたので、彼女を連れて領主の館へと向かう。疲れているだろうルチアを馬に乗せていくことはできないと思い、馬車を用意させていた。私はルチアを抱えて馬車に乗り込んだ。

きちんと手入れされた我が家の馬は御者の手によって、きちんと制御されていた。改めて馬車を暴走させた馬の主に怒りが湧き上がってきた。ゆっくりと走らせた馬車は時間を掛けて領主の館に到着した。

ルチアは慣れない環境に少し脅えていた様子だった。

出迎えたジョルジョがルチアの姿を見て痛ましげに見ていた。亡くなった二人を思い出したのだろう。このような幼い子を置いて先に逝ってしまうことは、不幸なことだ。

私の部屋の隣にルチアの部屋を用意させていた。ルチアを案内すると、疲れた様子で座りこんだのを見て、夕食もそこそこに眠らせた。

私は溜まっていた仕事を自室のベッドの上で眺めていた。いつもなら自室に仕事を持ち込まない主義なのだが、今日だけは特別だ。ルチアの様子を窺いながら、書類を片付けていると、案の定、隣の部屋からすすり泣くような声が聞こえてきた。

私は書類を放り出すと、すぐにルチアの部屋へと向かった。

「いやあ」

「ルチア!」

もがくルチアを抱きしめると、ルチアが目を覚ました。

「うなされていた」

ルチアは声も立てず泣き始めた。私はただ黙って彼女が眠るまで抱きしめていることしかできなかった。

 

 

ルチアもようやく領地の屋敷に慣れてきた様子だ。今でも時折、夜中にうなされていることがあるが、私が抱きしめてやると落ち着いて再び眠りにつく。

クリスの訃報を伝えたアッカルド公爵は倒れたと聞いたが、私はそれどころではなかった。本来ならばアッカルド公爵にルチアを委ねるのが筋だろうが、私はルチアを手放す気持ちは毛頭なかった。

クリスの代わりにルチアを立派に育てると決めたのだ。私は淑女として恥ずかしくない教育をルチアに与えなければならない。

これまで通っていた学校では屋敷から遠すぎる為、学校も転校させてしまった。友人もいなくなり、ルチアが寂しくなってしまわないか心配だ。

私の心配をよそにルチアは懸命に勉学に取り組み、私が手配したダンスや礼儀作法の教師からもしっかりと学んでいるという報告を受けた。

私は日々ルチアが成長していくのを、心配しながら見守っていた。父は未婚で子供を育てることに難色を示していたが、きちんと領地の経営を行っている限り文句を言わせるつもりはなかった。

ルチアが中等科へと進む年齢となると、小作人のように農地を借りて働きたいと言い出した。私はいずれ彼女をアッカルド公爵の孫として社交界へとデビューさせるつもりだったので驚いた。

「ルチア、いまどき中等科ぐらいは出ていないと、将来苦労するよ」

「そうでしょうか? 私は早くアレッシオ様に育てていただいた恩返しをしたいのですが」

「そんなことは考えなくていい。君はきちんと学業を修めなさい」

「アレッシオ様がそうおっしゃるのであれば……」

ルチアは気が進まない様子だったが、私は彼女が高等科を卒業したら、社交界へとデビューさせるのもいいだろうと考えていた。

しかし、ルチアを進学させることを聞きつけた父が、勝手に全寮制の貴族の子女が通う学院への入学手続きを行ってしまっていた。私はもう少し手元に置いておくつもりだったが、新たに事業を任され忙しくなりそうなこともあり、仕方なくルチアをその学院へと入学させた。ただし、長期休暇には必ずこちらへ帰ってくることをルチアに約束させた上で。

ルチアが去ってしまった領地での暮らしは、急に色あせたように感じた。私はその隙間を埋めるべく、新たに任された事業にのめり込んでいった。

ジョルジョは何か言いたそうにしていたが、彼は自分の分を超えるようなことは言わない。事業に集中するために、私は王都で過ごすことが多くなった。父からはそろそろ結婚相手を見つけろと、催促されることが増えていた。けれど今は事業も忙しく、女性に構っている暇などない。そう言って縁談は全て断っていた。

公爵家の事業の中でもかなりの利益を上げるようになっていたので、父もそれ以上無理に勧めることはなかった。

私は忙しい中、ルチアの休暇には必ず領地へと帰るようにしていた。私の唯一と言っていい安らぎの時間だった。

「ただいま戻りました」

「おかえり、ルチア。しばらく見ない間に随分と成長したようだね」

久しぶりに見るルチアは、ずいぶんと女らしく成長していた。私は心臓の鼓動が跳ね上がるのを抑えられなかった。いつの間にこんなに美しくなったのだろう。父親のクリス譲りの天使のような美貌を受け継いでいる。きっと学院でも男子の目をくぎ付けにしているに違いない。

「アレッシオ様、私も十四歳となったのですから成長したと思うのですが……」

そうだ。美しく成長しすぎだ。すでに胸は膨らみ始め、女性の片鱗を覗かせている。きっと将来は数多《ルビ:あまた》の男性を虜にするに違いない。その様子を想像しただけで、私の胸はざわついた。

私は何を考えているのだ。大事な養い子をその様な目で見てしまうとは。

「私にとってルチアはいつまでたっても幼いころの可愛いルチアだ」

そう、そうでなければならない。クリスの代わりに育てると誓った娘に対して、不埒な考えを持ってはいけない。

「どうせ今は可愛くありませんよ」

ルチアは可愛らしく頬を膨らませた。少女の頃のルチアを思い出させる仕草に、私は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

「そんなことはないよ。随分と綺麗になった。年頃の女の子というものはあっという間に変化するものだね」

大した褒め言葉でもないのに、ルチアは頬を紅潮させている。どうやらまだ男どもから口説かれることにそれほど慣れていないらしい。私はルチアの様子に安堵を覚えた。

「からかわないでください!」

「ははは!」

私は休暇の間をできるだけルチアと共に過ごした。クリスとニコラがいなくなった今、私に残された唯一と言っていいほどの、癒しの時だった。やはりルチアと共に過ごすことは、私にとって癒されるひと時なのだ。願わくは、この時間がいつまでも続くように。

叶わない願いとは知りつつも、私は願うのをやめることができなかった。

 

王都へと戻った私は、秘書を雇うことにした。領地のことはジョルジョに任せられるようになっていたが、新しい事業の為には人手が足りていなかった。

ルチアを女性として見てしまった自分が、少々禁欲的に過ごしすぎではないかと思い、女性の秘書を雇ってみた。

秘書として雇ったジリオーラ・ダンドロは、侯爵の娘で働く必要はないというのに、自立した生活を送りたいと望んでいる。独立心旺盛な彼女は、一時的な恋の相手として丁度良かった。

 

互いの欲望を満たし終えた後、私は虚しさを覚えていた。私は経験が少ないとは言えないが経験上、身体が満たされても、心は満たされないことを知っていた。それでもその欲望をルチアに向けてしまわない為に、ジリオーラを身代わりにせずに居られなかった。

いつものようにルチアの休暇に合わせて、私は領地へと戻る準備を始めた。前回の休暇の教訓から、ジリオーラを伴うことを決めた。自らがルチアの保護者であることを見失わない為に、彼女の存在が必要だった。

ジリオーラにはルチアのことは大まかに伝えてある。賢い彼女のことだから、余計なことは言わないだろう。

領地へと戻ると、ジリオーラを伴った私を非難がましい目つきで見るジョルジョがいた。

「お帰りなさいませ」

「ただいま。ルチアはいつ戻る予定だ?」

「明日にはお戻りになります」

「そうか……。こちらは秘書のジリオーラ・ダンドロだ。よろしく頼む」

「かしこまりました」

ジョルジョも表面上は恭しくジリオーラに接していた。私はルチアの帰りを、嬉しさと恐れが入り混じった心持ちで待っていた。

「ただいま戻りました」

「おかえり、ルチア」

久しぶりに見るルチアはますます美しくなっていた。父親の面影が濃く表れた面立ちは、私に失われてしまったクリスを思い出させた。不意に喪失感が胸をついて、息苦しく感じる。私は思わずルチアから顔を背けてしまった。

「アレッシオ様、相談したいことがあるのですが……」

「今日は疲れただろう。明日でもいいだろうか?」

「はい。よろしくお願いいたします」

私は逃げるようにルチアの前から立ち去った。ルチアは傷ついていなかっただろうか。もう少し優しく話せば良かった……。私の胸を後悔がよぎる。私はささくれ立った心の苛立ちを、ジリオーラにぶつけた。

翌日、私は書斎でルチアの相談を聞いていた。

「来年の秋には中等科も卒業です。できれば家令見習いとして、こちらの領地で働かせていただきたいのですが……」

家令見習いだと! その様な事をさせる為に、学校へ通わせている訳ではないのだが、ルチアは気付いていないのだろうか?

「なぜだ? ルチアの成績なら十分高等科へと進めるだろう。私はルチアには自由に学びたいことを学んでほしい」

ルチアの様子については、毎月担任の教師から報告書を提出させている。学習意欲も旺盛で、見どころのある生徒だと書かれている。それなのにどうしてすぐに働きたいというのか、私には理解できない。

「ですが、私は小作人の娘にすぎません。分不相応です」

「そんなことはない。ルチアは私が後見しているのだ。どのような家にでも嫁ぐことが出来る」

そうだ。ルチアはいずれ自分の手を離れ、他の男の手に渡ってしまうのだ。そんなこと、許せるものか。私が大事に育てて来たのだ。生半可な男には渡すなどできるはずがない。

「私は嫁ぐ気持ちなどありません。アレッシオ様のお役に立ちたいのです」

「私はそのようなことは望んでいない。そのまま高等科へと進みなさい」

それに、家令見習いになれば否が応でも接する時間が増えてしまう。私の自制心がもつだろうか?

私はできるだけ持ち帰った仕事を片付けることに専念した。いつもよりルチアと過ごす時間は減ってしまったが、ルチアがもたらしてくれる癒しよりも、今は自分のあさましい欲望が恐ろしかった。

ルチアと過ごすたびにこみ上げる衝動。保護すべき対象に対して抱いてよい感情ではなかった。

毎夜ジリオーラと身体を重ねても、私の心の渇きは増すばかりだった。

「アレッシオ、私たち……ただの秘書と雇い主に戻りましょう」

「そうだな」

私は彼女の願いに頷くことしかできなかった。彼女は私を愛し始めていたのを感じていた。だが、私の心はルチアに囚(とら)われ、ジリオーラにルチアの面影を重ね、虚しい交わりを強いることになってしまっている。これ以上ジリオーラを苦しめるのは本意ではなかった。

「ジリオーラ、ありがとう」

「アレッシオ、王都へ戻ったら私は新しい職場を探すことにするわ」

「そうか」

彼女が引きとめてほしがっていることはわかったが、私はそれをしなかった。私はもうルチア以外では満たされることのない、心の渇きに気づいてしまったのだ。

結局、休暇はルチアとほとんど過ごすことができずに終わってしまった。だが、高等科へ進むことだけは了承させた。いずれ、アッカルド公爵の孫として社交界へとデビューするときの為に必要なことだった。

アッカルド公爵も体調を取り戻したが、そろそろクリスの弟に爵位を譲る話も聞いていた。今しばらくは、ルチアを手元に置くことを許してくれるだろう。

 

 

ルチアから今回の夏休みはカッペリーニ領で過ごしたいという手紙が届いた。カッペリーニ子爵の娘とルチアは仲がいいらしい。やはり友人と過ごすことは重要だ。私の我儘でルチアを振り回すわけにもいかず、ルチアとの休暇を諦めた。ルチアと過ごすことができないのならば、休暇を取っても仕方がない。

ルチアが気を使わないように仕事が忙しくて、休暇が取れないと返事をしておいた。実際ジリオーラが辞めてからは、なかなかいい秘書が見つからず、仕事も滞りがちになっていた。

私はルチアのことを考えてしまいそうになる自分を、仕事に追い込むことでなるべく考えないようにしていた。けれど、気付くといつの間にかルチアのことを考えている自分がいる。なぜこんなにもルチアに執着しているのだろう。もともと自分は周りに興味がない人間ではなかっただろうか。唯一の例外がクリスたち一家だった。

夢の中では素直に私に身を任せ、可愛い声を上げて乱れるルチアを何度も抱いていた。いけないと思いつつも、ルチアの白い裸身を夢想する自分が止められなかった。

やはり私のような人間は、彼女のそばにいない方がいいのだ。

しばらくルチアに会わないことで、少しはこの欲望も治まるだろうか。私は胸の痛みに耐えながら、淡々と仕事をこなしていった。

 

 

ルチアが高等科へと進み、初めての休暇がやってきた。私はこの日を恐れていた。久しぶりに見るルチアは、ますます美しくなっていた。

「ただいま戻りました」

「……おかえり、ルチア」

私は彼女の儚げな様子に胸をつかれた。明らかに以前よりも痩せてしまっている。思わず抱きしめて何があったのか問いただしたくなる。ルチア、何が君をそんなに悩ませているのだろう。

まさか、誰か好いた奴ができたのか? 私にはわからなかったが、クリスがニコラに出会ったのも高等科に入ってからだった。私はルチアが誰かに恋をする可能性に初めて気がついた。

嫌だ! ルチア、君まで私から離れてしまうのか?

「どうかしましたか?」

私は衝撃を隠せないままそれを表情に出してしまっていたようだ。ルチアが心配そうな顔をしている。

「いや……、なんでもない」

けれどルチアは私の返事に納得していない様子で、じっと私を見つめている。私は自分の気持ちをルチアに見透かされそうな気がして、その場を後にした。

もしルチアに恋人ができたらどうしよう。私はそれを祝福できるのだろうか?

保護者面でルチアのことを守りたいという思いと、全てを奪ってどこかに閉じ込めてしまいたい気持ちが相反する。

はっ!閉じ込めてしまいたい? 私はルチアに恋をしているのか?

まさか!?

だが私のこの気持ちは、そうでなければ説明がつかない。三十五歳にもなって初めて恋というものを知ったのだ。とんだ間抜けだな。クリスに対して偉そうなことを言っていた自分が、自分の状態にも気がつかないとは!

私は気付いてしまった思いに、眠れなくなった。外を歩けば少しは疲れて眠れるだろうか?

私は月光に誘われるように、庭へと足を踏み入れた。手入れが行き届いた庭は、いつの季節も何かが必ず花を咲かせている。私は月光に照らされた庭を彷徨《ルビ:さまよい》い歩いた。

ふと月光花の近くに白い人影が見えた。

このような時間に誰だろう?

近付いてみると、薄い寝間着をまとっただけのルチアが月光花に見とれている。

私はその愁いを帯びた美しい横顔に見とれていた。ルチアは月光花が花開く時を待っているのか、その場を動こうとしない。私は後ろから脅かさぬよう、そっと声をかけた。

「もう、寝る時間だ」

脅かさないようにと思い静かに近付いたのだが、ルチアは飛び上がって驚いている。

「アレッシオ様……」

「あまり夜に出歩くと風邪をひくぞ」

「はい。でももう少しで蕾が開きそうなんです」

ルチアは月光花を指し示した。月光の下にだけ花を開かせ、一晩で萎れてしまう命の短い花が、今まさに花開こうとしていた。確かに見惚れるほど美しい。私は知らないうちに頬を緩めていた。

「私も咲くところは初めて見るな」

「はい」

ルチアは花が開くまで待つようだ。私も隣で花よりもルチアに見惚れながらしばらくの時間を過ごした。やはりルチアのそばにいると、心が安らぐ。

この時間が止まればいいのにと、とりとめもないことを願いそうになる。

やはり私はルチアのことを愛しているのだろう。この安らぎを手放したくない。けれど未だ保護されるべき年齢の彼女に、この思いを告げてはならない。

私は恋心を心の奥底へ沈めた。

 

私はルチア以外の後腐れのない女性と関係を持つことで、どうにかルチアへの気持ちを紛らわせていた。私はルチアに思いを告げそうになる自分への戒めとして、彼女たちと付き合ってみたものの、次第にむなしくなり結局は女性と付き合うことを止めてしまった。

ある休暇中、ルチアから再び働きたいという話を持ち出された。

「私をクレメンティ子爵領で家令見習いとして働かせていただけませんか?」

まだルチアはそんなことを考えていたのか。私は驚きを隠せなかった。アッカルド公爵の元で、社交界へデビューさせようと思っていたのに……。だが私がこの願いを断ったらどうなる? 彼女は大人しく社交界デビューをするだろうか?

優秀な頭脳を持つ彼女の事だ、きっと別の働き口を見つけてしまうだろう。私の手元へつなぎとめておくにはどうしたらいい?

私の頭は素早く算段を始めた。

「駄目だ」

「なぜですか?」

よし、かかった。頑固なところのあるルチアであれば、きっと食いついてくるだろうと思った。

「私は一年の大半を王都で過ごすことは知っているだろう。どうせなら、私の秘書として働けばいい」

ルチアの顔色が変わった。頷いてくれるだろうか?私sはルチアの返事を、固唾を飲んで待っていた。

「本当ですか?嬉しい!」

ルチアが突然、私に抱き着いてくる。久しぶりに触れる柔らかい感触と、ルチアから香る花のような甘い匂いに私の理性は焼き切れそうになる。私は自分の中の獣をどうにか押さえつつ、声を発した。

「ルチア、離してくれないか?」

離れていく温もりに、寂しさと名残惜しさを感じる。だが、これでいいのだ。

「すみませんでした」

「いや、その……子供の頃以来だな」

「……そうですね」

私は何を話したらいいのか頭の中が真っ白になった。不自然な沈黙が二人の間に落ちる。

「では、よろしくお願いします」

「ああ」

沈黙を破ったのはルチアの方だった。私は何とか答えると、ルチアを秘書として迎えるべく、すべきことを思い描いた。今まで以上の自制心が必要になるかもしれないが、ルチアが去ってしまうことだけは避けられた。

ルチアと別れ、自分の寝室へと戻ってきた。ジョルジョがいつも寝る前に飲む酒を用意して、寝室の扉を叩いた。

「いいぞ」

めずらしくジョルジョが話しかけてきた。

「今日はご機嫌がよさそうですね」

知らないうちに顔がゆるんでいたらしい。

「ああ。いいことがあったからな」

ジョルジョはグラスとデキャンタをテーブルの上に置きながら、意味深な笑みを浮かべた。

「ルチア様も今日はご機嫌でいらっしゃいました」

長年仕えてくれている彼にはすべてお見通しなのかもしれない。

「そうか」

ジョルジョは一礼すると部屋を辞した。

私はグラスにデキャンタから蒸留酒を注ぐと、ちびりと舐めた。口の中に舌を焼くような熱さと、独特な香りが広がった。

不意に抱きしめられたときのルチアの香りが思い出された。やはり、私にとって必要なのはルチアだと思い知らされる。これで公にはそばに置くことが出来るだろうが、彼女を本当に自分のものにしてもいいのだろうか。

保護者としての良心がちくちくと痛む。せめて彼女が成人を迎えるまでは、私から近づくべきではない。それまでに彼女が恋人を見つけ、私の前に連れて来たらと思うと頭の中がグラグラと沸騰しそうになる。

おいアレッシオ。バカなことばかり考えていないでさっさとルチアを解放しろ。

保護者の顔をした自分が自分を責める。

一方で獣の顔をした自分が、ルチアを攫ってしまえとそそのかしている。

考えることに疲れた私は、グラスの酒を煽るとベッドにもぐりこんだ。酒の力を借りて、私はようやく眠りにつくことが出来た。

 

 

ルチアが高等科を卒業すると同時に、私の元で働き始めた。学校で秘書の授業も選択していたらしく、最初こそは戸惑っていたものの、すぐに慣れ実力を発揮し始めた。

本当に仕事が忙しいということもあったが、私はわざとルチアを忙しくさせていた。彼女が男性と接する機会をこれ以上増やしたくないという、私の我が儘だとわかってはいたが、そうせずにはいられなかった。

私が現在手掛けているのは、鉄道を敷く事業だ。さすがに大がかりな事業なので、アッカルド公爵を継いだクリスの弟クラウディオと共に共同で経営を行っている。

クラウディオは容貌こそクリスとは似ていないが、性格はかなり似ている気がする。機会があればルチアに会わせろとうるさい。クラウディオとルチアは叔父と姪の関係になるわけだが、私はまだルチアに親族の事を伝えられていなかった。せめて成人するまでは、内密にしていてほしいと、アッカルド前公爵とクラウディオに頼みこんで了承してもらった。

仕事中でも一緒に過ごす機会が増え、私はますますルチアに魅かれていった。仕事中の彼女に手を出しそうになったことも、一度や二度ではない。そんな時は気を紛らわせるべく、クラウディオと一緒に飲みに行くことにしていた。

クラウディオも未だ独身で私同様、寄って来る女性には事欠かなかった。私はすり寄る女性を眺めつつ、ついついルチアと比べてしまわずにはいられなかった。

あからさまに誘いをかけてくる女性にはこりごりしていたので、プレゼントを贈ったり、クラウディオとのディナーの場を設けたりして、何とかそういった女性から逃げておおせていた。

ルチアにそういう手配を任せることで、私が多くの女性と付き合っているように誤解されている様だったが、それでもかまわなかった。

彼女を必要としながらも、彼女を私から守るためにわざと嫌われるように振る舞っていたのだ。我ながら矛盾していると思うが、どうしようもなかった。

 

ある日、ルチアが辞表を手に執務室へと入ってきた。

「なんだ。これは?」

「辞表です」

とうとうこの日が来たのだ。ここまで彼女を追いこんでおきながら、いざその日が来ると認められない自分に嫌気がさす。

「どう言うことだ」

「辞めたいんです。新しい勤め先も見つけてあります」

もう新しい勤め先まで?ルチアまで私から去ってしまうのか? 嫌だ。彼女は私のものだ。

「許さないぞ!」

私の中の獣が叫びを上げた。

ルチアは顔を強張らせている。私は彼女を怯えさせてしまったことに気づいて、すこしだけ冷静さを取り戻す。

「とりあえず保留だ。業務に戻れ」

ルチアは納得していない顔で部屋を出て行った。

私は大急ぎで彼女をつなぎとめておくための作戦を考え始めた。少々早いが、以前から考えていたルチアへの結婚の申し込みを前倒しするのだ。

やはり最初はデートに誘うのが良いだろうか? 今日の予定は何があっただろうか?確かクラウディオとの夕食の約束があった気がする。クラウディオの秘書のサンドラに言って延期させてもらおう。私の頭の中で、着々と計画が組み立てられていく。

ルチアが手紙の束を持って、執務室へと入ってきた。

ちょうどいい、予定のキャンセルを頼もう。

「失礼します。手紙をお持ちしました」

「ああ、そこに置いておいてくれ」

ルチアが手紙を置くのを待って、ルチアの手をつかんで呼び止める。

「どうしました?」

ルチアは怯えたように、身体を強張らせていた。

「今夜の予定をすべてキャンセルしてくれ」

「かしこまりました」

ルチアは指示を受けて部屋を出ていく。

私は処理しなければ仕事にも集中できず、仕事を片付けることを諦め、夕方になるのを待っていた。ルチアはこんなに年の離れた男を受け入れてくれるだろうか?

隣の部屋からルチアが外出する支度をしている音が聞こえてきた。

私はルチアを食事に誘うべく、意を決して立ち上がる。なんとか彼女に受け入れてもらえればいいのだが……。

「あの?」

ルチアの前に立ちふさがった私を、ルチアは怪訝そうな顔で私を見つめていた。

「ルチア、夕食に付き合ってくれ。辞表の件について話がしたい」

「……わかりました」

ルチアは観念したように頷いた。とりあえず話し合いには応じてくれることにほっとしながら、私は馬車へとルチアをエスコートした。

馬車の中で向い合せに座ると、私はじっとルチアの様子を観察した。なぜこの時期に仕事を辞めたいと言ってきたのだろう。

やはり若い彼女には、成人するまで恋人を作らずに過ごすことは難しかったのだろうか?もしかして、私の知らないところで既に付き合っている男がいるのだろうか?

私は顔が強張ってしまうのを押さえられなかった。成人まで待つと決めた私の決意は間違っていたのだろうか?

私が自問している間に、馬車は予約していたレストランに到着した。

給仕長がすぐに挨拶にやってくる。

クラウディオとの打ち合わせでよく使うこのレストランであれば、顔なじみの為多少の融通が利く。クラウディオと秘書の三人分の料理を二人分に変更してもらい、邪魔の入らない席に案内するように、給仕長の耳元でこっそりと依頼をした。

給仕長は心得たとばかりに、満面の笑みを浮かべた。

私たちが席に着くと、すぐにメニューが運ばれてくる。ルチアはメニューを眺めながら顔をしかめていた。

こういう場所には慣れていないのだろうか?

「ルチア、何が食べたい?」

「こういう場所は初めてなので、よくわかりません。」

「では、私が頼んでおく。」

少なくともルチアはレストランで食事をするような親しい男性はいないということだろうか? 私の心に一筋の光明が差し込んだ。

「ルチアももう少しで成人だから、お酒を飲んでもいいだろう。」

随分と緊張している様子のルチアに、私は緊張をほぐすためにお酒を勧めた。

ルチアも嫌がらなかったので、飲みつけない人でも飲みやすい、軽めの口当たりでやや甘口の白ワインを注文した。

ルチアは気に入った様子で、ワインを飲んでいる。とりあえずは食事に集中することにして、私も腹を満たした。

デザートがテーブルの上に並べられたところで、私はようやくルチアの真意を知るべく口を開いた。

「さて、ルチアはなぜ今頃になって秘書を辞めたいと言い出したのだ?」

「あとひと月で成人を迎えます。アレッシオ様に後見をしていただく必要が無くなります。これ以上ご迷惑をおかけしたくありません。」

「私は君のことを迷惑だと思ったことは一度もない。」

私は全力で否定した。

「ですが、アレッシオ様には十分良くしていただきました。」

「秘書の仕事が嫌になったのか?」

「いいえ、とてもやりがいがあります。」

そういうルチアの表情は晴れない。

「やはり君が辞める理由が私にはわからない。」

ルチアはうつむいたまま、無言を貫いている。

私は恐れていた質問を切り出した。

「もしかして…付き合いたい人が出来たのか?」

頼む、否定してほしい。

ルチアが弾かれたように顔を上げる。驚いた様子で私を見つめる様子に、私は奈落に突き落とされた心地がした。まさか……。

「図星か?」

「まさか、そんな人いません。」

ルチアは慌てた様子で否定するが、本当だろうか?

「どうだか怪しいな。こんな大事なことを隠していたのだから。まさかもう…。」

「付き合っている人なんていません!」

ルチアは苛立ちを露わに一気にグラスを煽った。

「ルチア、そんなに一気に飲んではいけない!」

ルチアの無茶な飲み方に、私は慌てて制止するが間に合わなかった。フラフラと身体が泳ぎだし、ルチアの視線が宙をさまよう。

私は慌ててルチアに駆け寄った。傾きだした身体を何とか支えることに間に合い、ほっと一息を着く。ルチアの顔を覗き込むと、安らかな顔をして眠ってしまった様だ。

私は給仕係を呼び、馬車を手配してもらった。支払いを済ませていると、ちょうど馬車の手配が整ったと知らされた。私はルチアを抱きあげると、馬車へと乗り込んだ。膝の上にルチアを抱いたまま、屋敷へ向かうように、御者に伝える。

私は腕の中のぬくもりを抱きしめた。華奢な身体は驚くほど軽い。父親譲りの淡い金髪がはらりと一房零れ落ちる。

クリスの顔が思いだされたが、私には罪悪感は湧き起こらなかった。それよりもルチアを腕にすることのできる喜びが胸を支配していた。

私は眠ってしまったルチアをベッドに連れ込んだ。腕の中で眠るルチアの顔を眺めていると、不思議な安堵感に満たされる。まるで引き裂かれていた半身を取り戻したかのような心地さえ覚える。

もうルチアを手放すことなどできはしない。あとはルチアの気持ちをいかにして私に繋ぎとめられるか……。

腕の中のぬくもりが不意に身体を強張らせた。

「起きたのか?」

「すみません。私、どうしたんでしょうか?」

ルチアは酔いつぶれたときのことをよく覚えていない様子で尋ねてくる。

「酔いつぶれたから、家まで運んできただけだ」

「それではこの状況の説明になっていません」

「そうか?」

私は質問に答えるのが面倒になり、ルチアの口を塞ぐことにした。口づけを落とすと、ルチアが戸惑っている様子が伝わってくる。キスをする時の呼吸の仕方もわからない様子で、息苦しそうにしているルチアに、すまないとは思いつつも安堵を覚えた。

「キスするときは、鼻で息をしなさい」

「……っはあ」

ルチアが私の助言に従って花で息をし始めると、焦点の合っていなかった瞳に光が戻っている。

「おやめください、アレッシオ様」

ルチアは私から逃れようと腕を突っ張らせるが、もとより放す気などない。抱きしめながらルチアの抵抗を封じた。

「やめない。ルチアが逃げないと誓うまで放すつもりはない」

「……どうして?」

「いまさら、ほかの男の元へなどやるものか!」

強情なルチアの様子に、私の理性は焼き切れた。ルチアの服をつかんで引き裂くと、肌を露わにしていく。

「いやぁ!」

「ルチア、逃げないと誓え!」

逃げようとするルチアの様子に、ますます私はいきり立った。なぜ逃げようとする? 私の事がそんなに嫌いなのか?

「ぃやぁ!」

私はルチアを下着だけの姿にすると、両手を頭の上で一まとめに片手で縫いとめた。身をよじって抵抗するルチアを押さえつけ、露わな肌にそっと触れる。

下着の上から胸の頂を吸い上げると、ルチアの抵抗は弱まってきた。ルチアが感じる場所を探して、私はいたるところに舌を這わせた。首筋に口をつけると、ルチアは身体を震わせた。

「ルチア、ルチア」

私はルチアの名前を繰り返し呼んだ。どうか、私を拒絶しないでほしい。どうしたらそばに居てくれる?私の口は首筋から耳へと辿り、ルチアの耳朶をそっと噛んだ。

「アレッシオ様……何を?」

こんなことをされても、敬称で呼ぶことを止めないルチアに苛立ちが募る。

「様はいらない」

「アレッシオ……もう……止めて……下さい」

涙を滲ませるルチアが可哀そうになって、止めようかという気持ちが湧き起こる。

「逃げないと誓うか?」

「……できません」

ルチアは快楽に霞む意識の中でも首を横に振った。もういい。

「ならば、逃げられないようにするまでだ」

私はルチアの唇を強引に塞いだ。

「ふぅっ……、あ、はぁっ」

「キスには慣れていないようだな」

私の意地悪な問いに、ルチアは答えられない。焦点の合わない目で天井を見つめるルチアの瞳から涙が零れ落ちた。泣かせたいわけではないのだが……。

ルチアの涙を口で吸い取ると、舌を中へとねじ込んだ。歯列を割って口内を舐めると、ルチアはたどたどしいものの、反応を返してくる。

「ルチア……」

私がルチアの耳元で囁くと、微かに身体を震わせた。そのまま耳朶を食むと、ルチアは大きく身体を震わせた。ルチアが私の愛撫に感じてくれている。

私は愛撫の手を胸へと伸ばした。形の良い胸にそっと手を這わせ、その形をなぞっていく。

もどかしい愛撫にルチアは知らず知らずのうちに膝をすり合わせている。

そろそろ大丈夫だろうか? 私は気づかないうちに獰猛な笑みを浮かべていた。そのまま胸の蕾を抓むと、ルチアの口から高い声が漏れる。

「ひゃぁっ、ん」

ルチアの反応に満足した私は膝を割り込ませて下肢を割った。なんと滑らかな感触だろうか。太腿に手を這わせると、そのまま秘所へと指を進めようとした。

「……っや、だめぇ」

私の意図に気付いたルチアは制止の声を上げる。

けれどそれは私を煽る材料にしかならなかった。割れ目に沿って撫でるだけでルチアの身体は敏感に反応を返してくる。

「感じやすい身体だ……」

ルチアは頬を羞恥に染めている。初心な仕草に私は興奮を抑えられなかった。けれど突然ルチアの瞳からはぽろぽろと涙がこぼれた。

「何を泣く?」

問いかけにもルチアはただ首を振って、口を開かない。問いただすことを諦め、愛撫の手を再開する。花びらを割って指を探りいれると、わずかに蜜を湛え始めている。私は二本の指で花びらを広げると、花芽を探った。

「やっ、痛い!」

刺激が強すぎたか。ルチアを宥めるように花びらの上からそっと花芽を撫でるように手つきを変えて愛撫を続ける。

「……ん、ふぅ」

声と共に身体を震わせるルチア。もう抵抗することはないだろう。ルチアの両腕をまとめていた片手を外すと、胸の頂をつまみあげた。

やはり抵抗は止んでいた。私はルチアに満足げに微笑むと、胸元を強く吸い上げ、紅い華を散らせた。

「はぁ、はぁ」

胸の先をつまんだり、ひっかくように触れたりするたびに秘処からは蜜が溢れてくる。私は花びらに沿って、猛りきった欲望を滑らせた。蜜の力を借りて滑らかになった欲望を何度かこすり付けるように動かすと、ルチアはつま先まで足を伸ばし、太腿の内側をビクビクと震わせた。

ルチアははくはくと大きく口をあけ息をしようとしているが、なかなかうまく息が出来ていない。

「イった……か?」

顔を紅潮させるルチアの様子に、私はようやく自分の欲望を解放するために動き出した。

達したばかりで敏感になっているルチアの身体に、欲望をこすり付ける、腰の速度を上げた。花びらの間をぬるぬると滑る感触に、私の神経は焼き切れそうだった。

本能が求めるまま腰の律動を早めると、一気に快感がせりあがってくる。白い欲望の証をルチアの秘所の間に吐き出した。

さすがに処女であるルチアの初めてをもらうには、きちんと同意を得たい。再び頭をもたげそうになる欲望を押さえるため、私はいったんベッドを離れた。濡らしたタオルを用意すると、丁寧にルチアの身体を拭った。

自分も後始末を終えると、既に眠りに落ちていたルチアを抱き締めた。

 

腕の中に抱きしめたルチアから私の腕に濡れた感触が伝う。私に抱かれたのがそんなに嫌だったのだろうか?

私はルチアに嫌われたかもしれない衝撃に、目の前が暗くなった。それでも彼女が欲しい。その気持ちだけは変わらなかった。

「ルチア、起きているのだろう?」

ルチアは腕の中で身体を強張らせた。

「……はい」

「身体は辛くないか?」

「大丈夫です」

ルチアは少し掠れた声で、身体もだるそうにしている。やはり初めての経験で疲れさせてしまったのか。

「今日の仕事は休みにしよう。ゆっくり休みなさい」

「……わかりました」

私はクラウディオとの約束を思い出し、しぶしぶベッドを離れた。ルチアの事についても、結婚の許しをもらわねばならない。私の頭はすでにルチアとの結婚の準備についての段取りを始めていた。

「私が仕事を終えて戻ってくるまで、このベッドで待っていてくれるね」

「はい」

ルチアが素直に頷いたので、私はそれを信じたい気持で部屋を後にした。

もし、彼女が私を嫌っているなら逃げ出す可能性はある。

私は執事のエットーレを呼びつけた。彼はジョルジョの息子で、最近この屋敷で働き始めた。ジョルジョが手ずから仕込んだだけのことはあり、非常に有能だ。

「ルチアの様子に気をつけてほしい。特に出かけるような素振《ルビ:そぶ》りがあれば、知らせてほしい」

「かしこまりました」

私は後ろ髪を引かれつつ、クラウディオの会社へと向かった。約束した時間通りにクラウディオが秘書のサンドラを伴って応接室に現れた。

「昨夜はすまなかった」

急に夕食の約束をキャンセルしたことを謝る。

「別にかまいませんが、あなたにしては珍しいですね」

「ああ、ちょっとアクシデントがあってね」

「それで、もうよろしいのですか?」

クラウディオはクリスに良く似た青い瞳を輝かせている。

「いや、まだ検討中だ」

「そうですか。そう言えば、父がそろそろルチアに会いたいと申しておりました。彼女も来月で成人を迎えるのですから、そろそろ打ち明けても問題ないでしょう?」

私は丁度その件について話そうと思っていたので、渡りに船だった。

「実は、ルチアの成人と同時に結婚を申し込もうと思っている」

「まぁっ、おめでとうございます」

サンドラが嬉しそうに声を上げる横で、クラウディオは顔をしかめている。

「それは……、まだ父と私とも顔を合わせていないのに、ルチアをもう嫁に出せとおっしゃるのですか?」

「すまないが、これに関しては譲れない」

「そうですか。では一応父にも伝えますが、反対されると思いますよ。覚悟なさってくださいね」

「ああ、わかっている。では仕事の話に移ろうか」

しばらくすると伝言を持った少年が駆けこんできた。

「クレメンティ子爵に緊急の伝言です」

声変わり前の少年特有の高い声が私の耳に届いた。どうやら懸念していたことが起こってしまったらしい。

「すまないが、急を要する問題が発生したらしい。今日は失礼させていただく」

私はクラウディオ達に暇を告げると、少年から伝言を受け取る。

『小鳥は駅へ飛び立ちました』という内容に、私は乗ってきた馬車へ飛び乗った。

「駅へ!」

馬車を全力で走らせる。駅に着くと、辺りを見回す。ロータリーへ向かうルチアの姿が視界に入った。私は馬車から飛び降りると、ルチアに向かって駆けだした。

馬車を呼ぼうと上げたルチアの手をどうにかつかむ。

「どこへ行く気だ?」

「アレッシオ様!」

ルチアは驚きに目を丸くしている。

「執事が早馬で知らせてくれた。ルチアが出て行ったと……な。逃げるなと言ったはずだが、どうやら約束を守る気は無いらしいな」

私はルチアを捕まえられたことに安堵しながらも、逃げだされたことに腹を立てていた。

「手を放してください」

「放すとどこへ飛んで行ってしまうかわからないのに、放す馬鹿はいない」

どうにか怒りを抑えながら、ルチアの荷物を取り上げる。乗ってきた馬車にルチアを引っ張り込むと屋敷へと帰る様に指示する。

私は馬車の中で湧きおこる怒りを抑えるだけで精一杯だった。

それほど私の事が嫌だったのだろうか?約束を破るほど嫌悪されている?それでももう構わない。わたしに縛り付けて逃げられないようにしてやる。昨日はなんとか完全にルチアを抱くことは我慢したが、もういい。結婚までは清い身でいてもらおうと思っていたのだが、こうなったら手段を選んではいられない。

屋敷に到着すると、私はルチアの腕をつかんで寝室へと向かった。

「もう、待たない」

ルチアの身体をベッドの上に押し倒す。もう逃げられるわけにはいかない。片手で首からクラバットをはずし、つかんでいたルチアの腕をまとめて頭上で縛り上げた。太めの布を使ったので痕は残らないはずだ。

「いやぁ」

「煽ったルチアが悪い」

抵抗できなくしておいて、ルチアの服を脱がせていく。

「止めて下さい。アレッシオ様」

「アレッシオと呼べとあれほど言ったのに、言うことを聞けぬ悪い子にはお仕置きだな」

「やあっ」

ルチアの声は私をますます駆り立てた。

「今日は我慢できそうにない。痛いかもしれないな」

ルチアのまろやかなふくらみをそっとすくい上げるように触る。柔らかな胸の感触に私は夢中になってルチアが感じる場所を探った。

「ふぁ……あぁん」

ルチアも次第に気持ちよさげな声を上げ始めた。私の理性は風前のともしびだ。

「アレッシオ……逃げないから、腕を解いて?」

ルチアの上目づかいに私は陥落した。

腕を戒めていたクラバットを解き、腕のあたりに引っ掛かっていた服を取り去る。私は夢中になってルチアに口づけた。深く舌を差し入れると、それに応えてルチアも舌を絡めてくる。

私は嬉しさと同時に、ルチアが誰かとキスした経験を疑った。

「どこで覚えてきた?」

なんとか怒りを押し殺してルチアの瞳を見つめる。

「知ら……ない。アレッシオしか……しら……ない」

ルチアは荒い息の下でようやく答えた。

「ふっ」

私は安堵に笑みが漏れるのを押さえられなかった。ルチアへの愛撫を再開する。胸に手を沿わせて頂を強く吸うと、ルチアが慄きに身体を震わせた。

「ふぁ……あ……」

思わず漏れた声にルチアは口を手で押さえてしまった。せっかくのイイ声を聞かせてほしい。

「こらえるな。ルチアの声を聞かせてくれ」

私が胸に所有の印を刻むと、ルチアはシーツにしがみつきながら快感をこらえている。

「そんなものにしがみつくな。どうせなら私に縋ってくれ」

ルチアがおずおずと私の首に手を伸ばし、髪に指を絡めた。私は求められる嬉しさに我を失った。脇をたどり、太ももへと指を進めていく。ゆっくりと太ももを撫でると、ルチアはそれだけで身体を震わせ反応を返してくれる。

膝をつかんで秘所を露わにすると、ルチアは恥ずかしいらしく顔をそむけている。

私は金色の叢をかき分け、薄紅色に色づく花びらにそっと触れた。

「ふぁ、あ、あ」

ゆっくりとふれると、ルチアは腰をもじもじとくねらせている。

「ふ、濡れているな……。だが、十分ではない」

私は躊躇いもなくルチアの秘所に顔を近づけ、花びらに舌を這わせた。

「っや、あ、やめっ」

「こんなに蜜をあふれさせているのに?」

私はルチアの表情が見たくて、ルチアを見上げた。

「……おね……がい」

羞恥に顔を染めたルチアは凶悪なほど可愛らしかった。

「いい子だ」

嬉しさに顔がにやつくのを感じながらも、再び花びらに唇を寄せた。蜜口からは蜜が溢れてシーツに伝った。十分に濡れている。これなら指を受け入れられそうだ。

ルチアは耐えるように息を詰めている。

「……ん」

「息を吐いて」

ルチアは素直に息を吐いた。身体から力が抜けたころ合いを見計らって指を内部へと更に進める。

「ああっ!」

「きついな……」

差し込んだ指は一本だけだというのに、苦しそうだ。何かに押し返されるような感覚がする。やはり処女だったか。ルチアが指に慣れるまで進めるのをやめる。

「は……あ……ぁ」

ルチアに口づけると、舌を絡め返してくる。口づけに気持ちよさにルチアの身体から力が抜ける機会に合わせて、指を増やす。

「あぁ!」

ルチアの目じりに涙が浮かんでいる。すまないが、やめてやれない。私は涙を吸い取った。しょっぱいはずの涙が甘く感じられる。ルチアへの口づけを続けながらも、指を動かし始める。

「ふぁ、あ……あぁ……」

やばい。ルチアが可愛すぎる。どれだけ私を夢中にさせれば気が済むのだろうか?

「アレッシオ、ちゃんと……して?」

「馬鹿者。煽るなと言ったのに……」

邪魔になった服を脱ぐと、私の猛り切った欲望を見たルチアが脅えだした。

「ルチア、息を吐いて」

私は自分の欲望に手を添えながら、蜜口にあてがうとゆっくりとルチアの中へと侵入した。ルチアの中はきつく、ぴったりと私を包み込む。

ルチアは痛みに涙を流しているが、こればかりは耐えてもらうしかない。少しでも痛みが少ない様に、私は本能のままに動きそうになる腰をじっと堪えてゆっくりと進める。それでもルチアの内部は熱く、私の欲望を刺激する。

「アレッシオ」

ルチアの声に制御を失った私はルチアの中を突き進んだ。奥の方で何かが切れるような感覚と共に最奥へと到達した。

「きゃあぁ!やぁ、痛い……」

きつい締め付けに私にも少し痛みが走る。だがルチアはこの比ではないほどの痛みを感じているはずだ。

「泣くな」

ルチアの気を反らせようと、宥めるようにキスを繰り返す。次第にルチアの身体から力が抜けてきた。

「アレッシオ、気持ちよくない?」

「気持ちいい……が、もっと動かしたい。だが、今動くとルチアが痛いだろう?」

「……いいよ。動いても。アレッシオがくれるなら痛みでもいい」

「っく、我慢しようとしているのに、知らんぞ」

私はルチアの許可をもらい、ゆっくりと腰を動かし始めた。少し引っ掛かるような感覚はあるが、蜜をあふれさせているルチアの内部は蕩けており、私はぴったりと包まれる感覚に陶然とした。

ルチアが私の肩口に顔をうずめると、もう制御は効かなかった。本能の求めるままルチアの内部を穿った。

「っはぁ……あ……あ……ん」

「っく、ルチア。いいぞ」

ルチアの声に煽られて腰を強く打ち付けると、ルチアも快感を感じている様子で、私を締め付けてくる。

「ああっ、ルチア、そんなに締め付けるな」

「っはあああん」

「っぅう、ルチア持たない。イくぞ」

私は腰の律動を速めた。

「っふ、う、あぁ」

腰から伝わる快感に頭が焼き切れそうに気持ちいい。思うままに欲望を彼女にぶつけ、彼女の意識がなくなるまで苛んだ。

 

気を失ってしまったルチアを抱いて、私は浴室へと向かった。汚れてしまった身体を綺麗に洗うと、ルチアを抱えて一緒に湯船に浸かる。

そうしてしばらく湯につかっていると、ルチアが気づいたようでかすかに動いた。湯の中に沈みそうになり、私は慌ててルチアを抱え直した。

「気付いたか?」

「アレッシオ!? どうして?」

ルチアは心底不思議そうに、尋ねてくる。恋人の身体を労わる事のどこが悪いのだろう?

「汚れていたから」

「そんな……勝手に……」

ルチアは湯の中でさらに顔を赤くしている。急に立ち上がろうとしたので、私は腕をつかんで引き寄せた。

「身体は大丈夫か?」

「あんまり……」

ルチアからは正直な答えが返ってくる。私はほんの少しの後悔と大いなる満足感をもってルチアに謝る。

「優しくしたつもりなのだが、すまない」

「あのっ、それよりも、放していただけませんか?」

「嫌だ。また逃げるだろう?」

もう、ルチアを手放すつもりなど毛頭ない。

「ふふっ」

私が拗ねたような声を出すと、ルチアが可愛らしく笑った。

「どうなのだ?」

何故笑われなければならないのだろう。

「もう、逃げるのはやめました。だから放してください。このままだとのぼせてしまいそうです」

「仕方ない」

もう逃げないと聞いて、ようやく私は安堵し捕まえていた腕を放した。

ルチアが立ち上がると股の間から、私が放った白濁に交じって紅い破瓜の証が流れ出している。ルチアは慌てて再び湯の中に身体を沈めた。

「ああ、流れ出したのか」

恥ずかしそうにしているルチアも可愛らしい。私は心行くまで可愛らしいルチアを堪能した。ルチアはしばらく湯につかっていたが覚悟を決めたのか、立ち上がった。ルチアが身づくろいする様子をいつまでも眺めていたい気分だが、そういうわけにもいかず私も立ち上がった。

ルチアを連れてソファに座らせると、ルチアのお腹が空腹を訴えた。メイドに夕食を準備させると、ルチアは恥ずかしがって顔をうつむけている。

「私との関係を知られるのがそんなに嫌か?」

「いえ、そうではなく……、養い子と噂になってしまうアレッシオに申し訳なくて」

「それがそんなに悪いことなのか?」

「だって、私はアレッシオ様の後見を頂いているただの小作人の娘です」

「ルチア。そんな風に考えていたのか……」

私がきちんと伝えておくべきことを、怠ったせいでルチアをそのように悩ませてしまっていたのだ。もっと早くに伝えておくべきだったのだ。

「すまない……。私がきちんと話していれば良かった。ルチア、君は小作人の娘ではないよ」

「えっ! どういうことですか?」

「クリスはアッカルド公爵の息子だ」

私がクリスの素性についてルチアに伝えても、ルチアは未だ信じられない様子で呆然としている。メイドが夕食を持ってきても、気づかないほど考え込んでいた。

「お腹が空いたのだろう?食べながらでいいから話を聞いてくれるか?」

「……はい」

私はルチアがきちんと食事を口に運ぶのを確認してから、詳細について話し始めた。おおよその事を伝え終わると、ルチアは何とか納得してくれたようだ。

「二人が亡くなって私は寂しかった。ルチアがそばにいてくれて私も本当に救われたのだ」

もう一つ大事なことを伝えるための景気づけに、私は手にしたグラスのワインを煽った。

「もうひとつ、ルチアに言わなければならないことがある。ルチア、成人を迎えたら私と結婚してほしい」

ルチアは驚きに目を丸くしている。そんなに私の気持ちが信じてもらえないのだろうか?

「ルチア!聞いているのか?」

「はっ、はい!」

それは、結婚してくれるという意味だろうか?

「それは求婚に対する返事なのか?」

「いえ、聞いています」

何だ! 違うのか。

「それで、どうなのだ?」

私はいらいらしながら返事を促す。もしかして、断られてしまうのだろうか?

「あまりに急なお話で……、どう考えて良いのか……」

「私と結婚するのがそんなに嫌なのか?」

ルチアは戸惑った顔を崩さない。私は不安に胸がつぶれそうになる。

「いえ、そうではなく……理由をお伺いしてもいいでしょうか?」

今更理由を問われるとは、ルチアに信用されていない証拠だな。私は猛烈に反省の念に駆られた。

「理由か……。そうだな、私はいつも肝心な事を言い忘れてしまう」

「ルチア、愛している」

私は心を込めて、思いを伝えた。

「……本当に?」

「ああ、私はずっとルチアを愛している。だから結婚してほしい」

「本当に?義務感ではないの?」

当たり前だ。そんなものルチアに恋に落ちた瞬間からなくしてしまっている。

「本当だ。第一手放そうとして手放せなかったんだ。もう、ルチアを手放す気はないぞ。ルチアが私を愛してくれるまで、口説くつもりだ」

「いつも、綺麗な女性を連れていたでしょう?」

誤解だと声を大にして叫びたいが、他の女性と付き合っていたのも事実だ。ここは素直に話しておいた方がいいだろう。

「みんなルチアの代わりだ。愛そうとしてみたが無理だった」

「愛していると言っても信じてもらえないみたいだな」

これだけ愛を伝えても、ルチアに信じてもらえない歯がゆさに私は覚悟を決めた。

「では、これからの行動で信じてもらうしかないな」

私は食事中のルチアから、ナイフとフォークを取り上げると横抱きに抱き上げた。

「ちょっと! アレッシオ?」

ルチアは慌てて手足をバタつかせているが、かまわずベッドへと身体を運ぶ。

「結婚してくれるというまで、放してやらない」

こうなったら強硬手段だ。

私はルチアの唇を塞いだ。そっと愛を伝えるように唇を触れ合わせる。邪魔なバスローブもはぎ取ってしまう。

「アレッシオ……」

「ルチア、返事は?」

「……は……い」

ああ、ようやく返事がもらえたのだ。いささか強引な手口ではあるが、ルチアは頷いてくれたのだ。

「ああ、ルチア。ルチアっ!」

嬉しさのあまり、ルチアの舌を強く吸ってしまう。私がルチアを抱き締めると、ようやく抱き返してもらえた。ああ、ほんとうに彼女は私の妻となってくれるのだ。

「ルチア、やっと、私のものだ」

ルチアから返事をもらえた嬉しさに、私が少々暴走してしまったのは仕方がないことだと思う。

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました