アストーリの街へ向かったフロレンシオはオスバルドたちと共に順調に進んでいた。フロレンシオはアストーリに向かう前に、一つ手前のカザーレの街で付近の様子を調べていた。
フロレンシオたちはカザーレの街で宿を取り、自衛団や酒場で商人からの話を聞くことにした。確かにアストーリ付近で野盗が出没するという話を聞くことができ、ダンテの話の信ぴょう性が増す。
フロレンシオはオスバルドたちとアストーリに入る前の打ち合わせを行うことにした。
「とりあえず、野盗が出るというのは本当の様ですね」
「ああ、だがそれならば代官から報告がなければおかしい」
フロレンシオの眉間には皺が寄っていた。
「つまり、代官が隠している可能性を考慮しなければならないということですか?」
オスバルドも考え込んでいる。
「そうだ。オスバルドが代官を探っている間に、私は夜盗のねぐらを探すことにしよう。私は代官に顔を知られていないはずだから、何かを探っていてもそれほど警戒されないだろう」
「しかし、単独での行動は危険です。せめて二手に分かれるべきです」
オスバルドはフロレンシオの単独行動を諌めた。
「まあ、その辺が妥当だろうな。……ということで、オスバルドよろしく頼む」
「わかりました」
「エリオとブルーノはフロレンシオ様に同行しろ」
「了解です」
オスバルドは比較的腕の立つ二人をフロレンシオにつけた。
「では、これより別行動だ」
フロレンシオは立ち上がると、二人の兵士を連れてカザーレの街を出立した。オスバルドは仕方なく残りの兵をつれて堂々とアストーリの街へと向かう。
(フロレンシオの予想が外れるといいのだが……)
アストーリの街の門で代官ファビオがどこかで聞きつけたのか、オスバルドの到着を待っていた。オスバルドはファビオに案内され、代官所へと向かった。
「これは、オスバルド様。お久しぶりです。こちらへはどのような用でいらっしゃったのでしょうか?」
温厚そうなファビオは不思議そうに用むきを訪ねる。
「マウリシオ様の代理で、いつも通りの定期的な巡回だ」
「そうでしたか。では宿を用意させますので、ごゆっくりとお過ごしください」
ファビオの言葉にオスバルドは頷いた。
「そう言えば、隣の街で野盗が出ると言う噂を聞いたのだが」
「そうなのですか?私のところには全く報告はありませんが……」
ファビオは全く顔色を変えずに不思議そうにしている。
(やはり、怪しい。代官ならば地域の安全についてもっと注意を払っているはず。そのような話を聞けば、もっと詳しく知りたがるはずだ)
「そうか、ならばいいが十分に注意してくれ」
「ご心配ありがとうございます」
オスバルドは失望と共に密かにファビオが野盗を隠す理由を調べるために動き始めた。
奪った金品を売りさばくにはこの地では足がつきやすい。どこかで売りさばく伝手があるはずだ。オスバルドたちは代官所の書類を集め始めた。次々と正規の書類に紛れて怪しい荷物の移動の記録などが見つかる。どうやらファビオが売りさばいているという予想は正しかったようだ。
オスバルドはファビオ共々野盗も一挙に捕らえたいと考えていた。
そんな折に、フロレンシオにつけたエリオが野盗のねぐらを見つけたという情報をもってオスバルドの元へとやってきた。そこでオスバルドはファビオと野盗を同時に捕らえる作戦をフロレンシオに提案する。エリオに作戦を伝え、実行に移す時刻を決めた。
しかしフロレンシオからの返事はオスバルドを怒らせた。
「何だって?」
「ですから、フロレンシオ様は街の自衛団と共に野盗の捕縛に向かうそうです。辺境軍の兵士は全てこちらで代官を捕らえろとのことです」
ブルーノとエリオは憮然とした表情でオスバルドの元へ戻ってきた。
「くそっ! あの人はどうして大人しくしていてくれないんだ!」
フロレンシオによく似た行動をするナディアの姿がオスバルドの脳裏に浮かぶ。
(なんて似た者夫婦なんだ!)
オスバルドは覚悟を決めてファビオを捕らえる為に動き始めた。
「わかったと伝えてくれ」
「了解しました」
エリオはフロレンシオの元へと連絡に走った。
決行の時間が迫る。オスバルドは無事にフロレンシオを連れ帰る為に、ファビオを捕らえに動き出した。
「行くぞ!」
「はい!」
気心の知れた兵士たちは、オスバルドの指示に従って行動し始める。代官所に踏み込んだオスバルドたちは難なくファビオを捕らえることに成功した。
「どういうことだ?」
ファビオは自分が捕らえられた理由が未だにわかっていないようだ。
「お前が野盗と結託して金品を売りさばいていた証拠は既に揃っている。大人しく領主の下で裁判を受けてもらおう」
オスバルドの言葉にファビオはうなだれた。
「フロレンシオ様からの連絡はないのか?」
ファビオを牢屋に放り込んだオスバルドは、もう一方の首尾が気にかかる。
「まだ、連絡はありません」
オスバルドは最低限の兵を残すと、フロレンシオから聞いていた野盗のねぐらへと向かった。険しい山道を馬で進むと、フロレンシオが野盗たちを捕まえていた。
「こっちは代官を捕らえて、牢屋にぶち込んであります」
オスバルドはフロレンシオに近付くと状況を報告する。
「こっちも大方捕まえた。皆子供ばかりだ」
「どういうことです?」
「この青年が主導して身寄りのない子供を養うために盗みを働いていたらしい。そのうち代官から依頼を受け、旅人を襲うようになったらしい」
フロレンシオは捕らえた野盗の子供たちを痛ましげに見つめた。
「それではとりあえずこの子らも牢屋に入れますか?」
「まあ、あんな廃坑に潜んでいるよりは随分とましな環境だと思うが、子供には相応しい場所ではないだろう。どこか場所を借りられないだろうか。教会とか……」
フロレンシオの言葉にオスバルドは頷いた。
「たぶん大丈夫でしょう」
フロレンシオたちは野盗の子供たちとともにアストーリの街へと戻った。
子供たちを教会に預けると、アストーリの代官所の宿泊所で休むことになった。
残念ながらフロレンシオには裁判を行う権限が与えられていない。フロレンシオはナディアへと裁判の為にこちらへ来てほしい旨の手紙を書いて、兵士に連絡を頼む。兵士はベネットの街へと急いで旅立った。
フロレンシオたちにようやく騒動も終息の目途がついた。フロレンシオは早くナディアの元へと帰れることを嬉しく思いながら、眠りにつく。
しかしその翌朝、アストーリの街は季節外れの大雪に見舞われていた。