「放蕩娘のお帰りだ」
マウリシオはおどけた口調でナディアの帰りを出迎えた。
久しぶりに見る父の顔が記憶にあるよりもやつれていることに、ナディアは愕然とした。
「父上、本当にお加減はよろしいのですか?」
「大げさだな。大丈夫だ。お前の花嫁姿を見るまでくたばる気はねえよ。それより、自由な世界は楽しかったか?」
「はい。フェリクス様にお会いしました。マウリシオに宜しくと伝えてくれと言付かりました」
「そうか、フェリクスに会ったのか……」
マウリシオは旧友の名前を聞いて感慨深げに笑った。
「はい。私が幼いころに助けていただいた御方が王都にいると聞いて、行ってまいりました。騎士団で働かせていただき、恩人にも御挨拶を済ませて参りました。これからはベネディート領を守るために、この身を捧げる所存です」
「そう言えば、なんだか雰囲気が変わったな。女らしくなったというか……」
ナディアは父の鋭い指摘に一瞬ひるんだが、平静を取りつくろって答える。
「王都で女性の友人ができたのです。そのおかげではないでしょうか?彼女には私が辺境伯の娘であることは黙って出てきたので、今頃怒っているかもしれませんね」
マウリシオはナディアの説明に納得した様子で頷いた。
「俺はお前に守るべき世界を見て回ってほしかった。辺境伯を継ぐ前にいろいろな出会いがあっただろう。そんな人たちを守るためならば、辺境伯を継ぐのも悪くないと思わねえか?」
「はい」
ナディアの脳裏にはフロレンシオの姿が思い出されていた。
(国境を守ることは彼を守ることにもつながる。ならば私にできることは精一杯新たな辺境伯の務めを果たすだけだ)
すっかりたくましくなった娘の顔つきに、マウリシオは満足げに微笑んだ。
「最近、カルバハルの連中が国境を越えてやってくることが多くなっている。小競り合いに発展する可能性がある。できれば私が陣頭指揮を取りたかったが、この体では難しいだろう。ナディア、皆を率いて奴らを追い返してほしいが、頼めるか?」
ナディアのこことは久しぶりの戦いの予感に武者ぶるいを覚えた。父の部下たちはいずれも精鋭ぞろいで、ナディアの事を娘と侮らずよくいうことを聞いてくれる。
「わかりました。父上の代わりを立派に果たして見せます」
「それと、もしかしたら王都から増援が来るかもしれない。まだ決定事項ではないので、可能性として考慮しておいてほしい」
「承知しました」
ふとナディアは家出前に聞いた自分の婚約の事を思い出した。
「そう言えば結婚の話はどうなっているのですが?来年に挙式ということであれば、お相手の方にもそろそろこちらへ来ていただいた方がいいのではないでしょうか?」
「それについては心配無用だ。しかるべき時にこちらへ来る事になっている」
「……わかりました」
疲れた様子の父に、ナディアはまだまだ話したいことがあったが話を打ちきった。ナディアは父の寝室を出ると、すぐに家令のルカスを呼びつけ、戦に備えて準備を始めるように指示をする。辺境伯の屋敷はにわかに忙しくなった。