10. 襲撃のあと

レイはオメガとの連絡を終えるとVVMとの接続を切った。しばらくVVMの中で横になったまま視界が現実となじむまで待つと、レイはゆっくりと立ち上がった。

オメガとの仮想世界での接触は久しぶりだった。いつも報告のため、定期的に連絡は取ってはいるが仕事の話しかしない。

イリヤの教えてくれた愛の行為はオメガのそれとはずいぶんと異なっていた。それを知った今、オメガと顔を合わせるのはなんだか落ち着かない。

それよりも問題は今後、イリヤとどう接していくかだ。

レイは奔放に跳ねる赤毛をかきむしった。

――ああ、もうっ!いつまでもうじうじとするのは、私の性に合わない。

レイはついいつもの癖で窓の外を見ようとした。地下であるのこの場所には窓はなく、はっと気づいて持っている端末で時刻を確認する。

時刻は13:00を過ぎようとしていた。

オメガが指定した明日の9:00までにはまだかなり時間がある。レイは現実逃避だと自覚しつつも部屋の隅でトレーニングを開始した。

一心に体を動かし、考え事を頭から追い出していく。

――こんなことで悩んでいる場合ではない。明日には監査部も入るのだ。私はSection9の統括だろう。何に脅えているのだ!

レイは体の心地よい疲れと共に神経が研ぎ澄まされていくのを感じていた。

物音がしてイリヤが戻ってきたことを知る。なんとかアルファとしての仮面をかぶり、イリヤの帰還を出迎えた。

「ご苦労」

「ただいま戻りました。警察と野次馬がうろうろしている以外に特に動きはありません。あれほどの襲撃があったと言うのに、静かなものです」

「警察の連中は私たちを目の敵にしているから、喜んでいるかもしれないな。ファイ、翌朝9:00までに新本部へ移動する。場所は各局員に明日未明に通達する。それまでは休んでいていい」

レイはため息と共に次の命令を告げる。

「了解しました」

イリヤは綺麗な敬礼をするとレイに背を向け、シャワーブースへ向かった。

レイはイリヤの行動を無視して再びVVMで仮想世界へと潜る。明日の新本部運用までにすることは山のようにある。

レイは新本部の周りに新たな防御網を構築していく。レイのオリジナルプログラムで、かなりの強度を持っている。レイは何層にも渡って防御網を張り巡らせると、今度はそれを気づかれないようにカモフラージュを施した。

レイは付近にトラップも仕掛けていく。

――現時点で新本部の場所を知っているのはオメガと私だけのはず。

内部と外部のどちらからの接触にも反応できるように、レイは準備を着々と進めて行く。

「アルファ、そろそろ食事にしませんか?」

イリヤからのコールで時間を確認したレイは思ったより時間が経っていたことに気がついた。

「了解。もう少ししたら上がる」

レイは残りの作業を手早く片付けるとVVMとの同調を切断する。

いつものふらつきを堪えてレイは立ち上がった。

あ、まずい。

水分も休憩も取らずに作業に集中していたため、レイは足元がふらついて膝から床に転がった。

すぐにイリヤが駆け寄ってレイの体を抱き起こす。

「アルファ!大丈夫ですか?」

「心配ない」

レイはイリヤの手を振りほどこうとするが、力強い腕はびくともしない。

「昼食は食べたんですか?」

「あー」

――そういえば昼食は食べた記憶がないな。

レイが暗く紗のかかったような視界で、イリヤの顔を見上げると呆れたような顔をしていた。

「食事にしますよ」

「ああ」

イリヤは頷いたレイを強引に抱え、椅子に座らせた。机の上には暖かそうに湯気を立てている食事が用意されていた。

「どうしたんだ、これ?」

「ああ、食事のことですか。レーションばかりではさすがに飽きてきたので、買ってきました。中華料理はお好きですか?」

「ああ、普通に食べられるが……」

「それならよかった」

レイは湯気の向こうに見えるイリヤの無邪気な笑顔にくぎ付けとなった。

――いつも無表情な印象だったが、間違っていたのか?

レイは首をかしげる。

イリヤは手際よくテイクアウトの箱から料理を皿に取り分け、スプーンと共にレイに手渡した。

レイは何処か腑に落ちない気分で受け取った料理に手を付けた。何も食べていなかった腹は、料理のいい匂いを嗅いだとたんに騒ぎ始める。レイは夢中で料理を口に運び、あっという間に皿を空にする。すると見計らったかのように次の皿がイリヤから手渡され、レイは黙って受け取った。

イリヤも軍人らしいスピードで料理を平らげ、あっという間に机の上の容器は空になった。

レイはイリヤから手渡された中国茶を飲んで一息つきながら、後片付けをしているイリヤの様子を、驚きを隠して観察していた。

きびきびとした動きで捨てられるものはダストボックスに入れ、スプーンや小皿を洗う手つきは慣れたものだ。

洗った皿を拭き終わったイリヤは後ろで観察していたレイに向き直った。

「どうですか?」

「何がだ?」

「私は貴女の御眼鏡に適いそうですか?」

「一度寝たくらいで、恋人気取りか」

レイの台詞にイリヤは苦笑した。

「そんなに簡単に貴女を手に入れられるとは思っていません。でも、可能性があるかどうかぐらいは聞いてもいいでしょう?」

レイを見つめるまっすぐな瞳。

そこには不安な気持ちを露わにしたレイの顔が映っていた。

これまでオメガ以外にここまでレイが心に踏み込むことを許した存在はいなかった。だがこの男にはなぜか易々と心を乱されてしまう。

レイは自分が自分ではなくなるような感情にしり込みしていた。だがそこで持ち前の自負心が頭を持ち上げる。

「体の相性は悪くないな」

「ふうん。なら、もう少し説得するとしましょうか」

イリヤは嬉しそうに笑った。

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