一六. 男たちの決意

「シオリさんの能力を実際に目にしてどう思いました?」

真剣な面持ちでエドワードがレイモンドに問いかける。

「……あの能力は恐ろしい。魔物から漂う魔力ごと消し去ってしまうのだから。いきなりあんな様子を見せられたら魔法使いは発狂するぞ」

栞のバグ退治の様子を思い出したレイモンドは、ぶるりと身体を恐怖に震わせた。

「やはりな……。ならばこれも見てほしい」

リアムが担いできたカバンを引き寄せ、レイモンドへ手渡す。受け取ったレイモンドは内容量と自分の手が伝えてくるカバンの重さのギャップに戸惑いを隠せない。

「何だ! これは……」

慌ててカバンにかけられた魔法を調べ、レイモンドは絶句する。魔法を構成する式の中に軽量化の式が追加されているのを確認して、ようやくリアムたちが何を言いたいのかを理解した。

「これは……、シオリさんが?」

「そうだ。シオリは自ら魔法を使うことはできなかったが、すでに掛けられている魔法を変更したり、消し去ったりすることができるようだ」

「いや……、彼女は自分でも魔法を使うことができるはずだ。あれほどの魔力を持っていながら使えないということはないはず。おそらくまだその使い方を知らないだけだ」

レイモンドは栞が魔力を制御し、魔法を使いこなせるようになったときのことを考えるだけで、背中を怖気(おぞけ)が這い上がるのを感じていた。

 

あれほどの魔力を有しつつ、すべてを自在に操ることができるとしたら、それはもう人とは呼べない存在なのではないか?

 

不意に脳裏をよぎった考えは、レイモンドの浮ついた気持ちに冷水を浴びせた。レイモンドは栞たちとの巡り会わせが、大いなる力によってもたらされたのではないかと確信する。

 

この巡り会わせが神の采配によるものならば、最早運命とでも呼ぶべきか? はっ、大げさなことだ。漏れ出る魔力の強さに魅かれて彼女のそばにいることを選択したが、そんな卑小な考えなど神はすべてお見通しということか……。だがそれもまた一興。

 

レイモンドは自分が常日頃感じていた鬱屈とした気持ちが、どこかへ消え去ってしまっていることに気づき、自然と笑みを浮かべた。

「どうかしたのか?」

レイモンドの顔に浮かんだ笑みの真意を測りかねたリアムが問いかけてくる。

「いや、シオリさんに魔力の使い方を教えるのが楽しみになってきただけだ」

レイモンドの答えを聞いたエドワードは驚きに目を見張った。

「あなたはシオリさんに魔法を教えるつもりなのですか? 普通、魔法使いは自分の持つ技能を易々と他人に教えたりしないものだと思っていました」

「普通ならば……そのとおりだ。だが、彼女には調停者としての役割を神から与えられているのだろう?」

レイモンドの問いかけにエドワードは重々しく頷く。

「だとすれば彼女にはきっとこれまでとは比べ物にならない試練が訪れるはずだ。私はか弱い女性を見殺しにするような意気地のない男に成り下がるつもりはない……。私の知識が少しでも彼女の役に立つならばそれでいい」

「魔法使いレイモンド殿、あなたの決意に神に仕える者として感謝いたします」

自分に対して頭を下げたエドワードに、レイモンドは頭を振った。

「別に感謝されたくてやっているわけじゃない。偶々利害が一致しているから雇われているだけだ。勘違いしないでほしい」

レイモンドはそっけなくそれだけを告げると、用意された大きいほうの天幕へともぐりこんだ。

魔物よけの呪(まじな)いもあることだし、寝ずの番をしなくともよさそうだと判断したレイモンドは、寝袋の中に体を横たえた。

 

ただの魔法使いでしかない私が、どうして神の選んだ調停者のそばにいることを許されたのだろうか。神の考えることなど問うても仕方がないとはわかっているのだが……。あのように幼い者に、世界の命運を握るほどの力を与えるとは、神というのは本当に残酷だ。

 

レイモンドの意識はつい隣の天幕で眠っているはずの栞へと向かう。すでに成人していると聞かされてはいたが、十四、五才ほどにしか見えない容姿に似合わぬ落ち着いた光を宿した瞳が脳裏をちらついた。

 

レイモンドが去ったあとの焚き火の周りでは、リアムとエドワードが炎の明かりを見つめて向かい合っていた。

「あの男、シオリに対して親切すぎないか?」

リアムは幼馴染であるエドワードの前でだけ、不機嫌な様子を隠そうともせずに言い放つ。

「まあまあ、彼も気づいたんだと思うよ。シオリさんに与えられた調停者の使命には、実のところこの世界の在りようを変えてしまう可能性だってあることにね」

エドワードは苦笑すると、焚き火に枯れ枝を放り入れた。

「神殿側ももう少し力を入れてくれてもいいと思うんだけどなぁ……」

ぼやくエドワードにリアムは表情を真剣なものに変える。

「おそらくは試金石にしようと思っているのだろう。これくらいのことにも耐えられなければ、世界を変える力などないとわかるし、逆にそのほうが操りやすいと考えるだろう。現に、監視の目だけは張り巡らされているしな……」

「監視の目って……」

絶句したエドワードにリアムが頷いてみせる。

「今日もずっと離れた場所からこちらの様子を窺っていた。風向きが変わったときに監視者の匂いが届いてきたから、間違いない」

リアムの獣徴(じゅうちょう)であるライオンの鼻が監視者の存在を嗅ぎ取っていたのだ。

「そうか……、リアムがそういうのなら間違いないね。だとしたらこっちも気を引き締めてかからないといけないね」

「ああ」

リアムとエドワードの目には決意の光が宿っていた。

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