三話

沙耶の艶めかしい声に、ユーセフはまだ放つつもりのなかった欲望を避妊具の中に吐き出した。

「……ッ、ああ」

ぶるりと身体を震わせながら、ユーセフは沙耶の身体を強く抱きしめた。

放出が終わると、ユーセフは沙耶から勢いを失った欲望をゆっくりと抜き去る。避妊具の後始末をしようとして、ぬるりと赤く染まっていることに気が付いた。

ユーセフはシーツについた血の染みに、目を見張った。

(まさか! 初めてだったというのか!?)

「サーヤ、初めてだったのか?」

「うん……」

恥ずかしそうに俯く沙耶をユーセフは真剣な眼差しで見つめた。

「ならば、責任を取らねばならない……」

急に真剣な様子に変わったユーセフに、沙耶は戸惑う。

「我がヘイダルでは処女を奪った者は、奪った相手と結婚しなければならない」

「そんな……」

(初めてだったら責任とらなきゃって、そんなことあるのー?!)

沙耶は半ば恐慌状態になっていた。

「ちょっと待って。どうしてそうなるの?」

「わたしの国ではそう決まっている。君の両親とも婚資(こんし)について話し合わなければ……」

「は、婚資?」

(そもそも、ヘイダルってどこー?)

「日本では婚資という制度はないのか?」

尋ねるユーセフに、沙耶もわからず首をかしげた。

「ごめんなさい、わからない。聞いたことが無いから……、多分無いと思う」

(流されてしまったという自覚は、多分にある)

けれど、まさかいきなり求婚されるとは思いもよらなかった。

興味本位で体を重ねてしまったが、結婚など思いもしない沙耶は恐れ慄いた。

(そもそもわたしは彼がどこの国の人なのかも知らない)

「ユーセフはどこの国の人なの?」

「ヘイダルだ。聞いたことはないのか?」

ベッドに座る沙耶を、ユーセフは後ろから抱きした。

「聞いたことはある気がするけど……。ごめんなさい」

「ヘイダル国は中東にある国だ。天然資源が豊富で、日本には主に石油とLPGを輸出している」

「じゃあ、ユーセフはヘイダル人なの?」

「そうだ」

「ふうん」

無邪気に質問を重ねる沙耶に、ユーセフはかつてない安らぎを覚えていた。

(この娘はきっとわたしがシークであり、いずれ王座を継がねばならぬ王子であることも知らないのだろうな……)

常に王子として相応しい振る舞いを要求されるユーセフは、沙耶の前でだけはただのユーセフでいられる開放感に、ありのままの自分を受け入れてくれる心地よさに浸った。

これまで女性と肌を重ねたこともないわけではない。それはあくまで性欲処理でしかなく、大した感慨もなく、事後はこのように話して睦みあうこともなかった。

ユーセフは腕の中にいる少女と見まがうばかりの女性と、巡り合えた幸せを噛みしめつつ、沙耶を部屋に連れ込んだ経緯(いきさつ)を思い返していた。

ヘイダルに新しく建設する石油製造プラントの件で、ある商社と商談をしていた席で見つけた女性。

不運なアクシデントにも落ち込むことなく、笑って相手のことを気遣っていた沙耶に目を奪われた。

ホテルから外出しないことを条件に、護衛もついていなかったこともユーセフにとって幸いだった。渋る彼女を強引に部屋へと連れ込み、バスローブに着替えさせたところで、ユーセフは彼女に完全に敗北していた。

バスルームから出てきた彼女の姿は、幼い顔に反して立派に成熟した女性のものだった。焼き切れた理性が働くこともなく、ユーセフは欲望のままに沙耶を貪った。

名前を呼ばれるたびに熱くなってしまい、彼女を気遣うどころではない。挙句の果てに、彼女の初めてを奪ってしまった。

ヘイダル人としてあるまじき振る舞いを、父に知られたら叱責されることは間違いない。

今まで散々結婚から逃れようとあがいてきたというのに、沙耶とならば結婚しても構わない気がしてくる。彼女が自分の側で笑いかけてくれるなら、それだけでかまわない。

ユーセフは彼女の初めての男になる事ができたことが、何よりうれしかった。

(沙耶はわたししか知らないのだ)

ユーセフにとっては心を満たす驚くほどの満足感とは対照的に、沙耶は戸惑いを隠さない。

「沙耶はわたしと結婚するのが嫌なのか?」

「あの、嫌っていうより、わたしあなたのことをほとんど知らないし……、まだ仕事に就いてもいないし」

どうやら沙耶は結婚に乗り気ではないらしい。

これまで関係を迫ってきた女性とは違いすぎる態度に、ユーセフは可笑しくなってしまう。

「わたしの妻となれば、わたしが養うのだから仕事などしなくても構わない」

「えーと。それってどうなんだろ?」

可愛らしく首をかしげる沙耶に、ユーセフの手が思わず伸びてしまう。

丁度良い大きさの胸に触れているうちに、治まったはずの欲望が再び熱を取り戻し始める。

ユーセフは沙耶の顎を捕えた。

背後から覆いかぶさるように沙耶に深く口づける。

「……ん、……っ」

深い口づけに素直に反応する沙耶が愛しくてたまらない。

「サーヤ」

(彼女が首を縦に振らぬのならば、無理やりにでも頷かせてみせる)

ユーセフの心に獰猛な欲望が芽生える。

(まずは身体から……だな)

ユーセフの唇が酷薄な笑みを描いた。

幸いなことに沙耶とユーセフの身体の相性は抜群だった。

ユーセフの手の下で、腰をびくりと跳ねさせ敏感に反応する素直な身体。ユーセフは沙耶の反応に気をよくして、彼女が初めてだということを忘れてしまいそうになる。

初めて男性を受け入れた部分は、まだ痛むに違いない。

ユーセフは荷物の中に痛み止めの軟膏があったことを思い出した。

ナイトデスクから軟膏を取り出すと、ユーセフは沙耶の秘部にそれを塗り込んだ。

「ひゃ、何?」

その冷たさに、沙耶は驚きの声を上げた。

「痛み止めの軟膏だ。媚薬も少々混じっているがな」

痛み止めの軟膏には龍涎香(りゅうぜんこう)の成分が含まれている。龍涎香には媚薬の効果があるとされている。けれど科学的には何ら証明されていない。ほとんど|思い込みの(プラシーボ)効果に

よるものだ。

「ええ? うそ……」

それは沙耶にも有効だったようで、腰をもぞりと動かしている。

(ああ、なんと可愛らしいことだ!)

ユーセフは浮かんだ笑みを深くした。

「サーヤ、どうしてほしい?」

意地の悪い問いだとわかっていても、問わずにはいられない。子どもの頃の好きな相手を虐めたくなるような気分とは、このようなものかもしれないと思いつつ、ユーセフは沙耶の耳朶をそっと舐める。

「ひゃ! や、めて」

どうやら沙耶は耳が弱いようだ。ユーセフはもっと感じさせてやりたくて、執拗に耳を嬲った。

「ん、っくふ……」

ユーセフは沙耶に艶めいた声を上げさせるのが楽しくて仕方がない。

「サーヤ、ハビブティ」

「ゆーせふ、もうっ、お願い!」

「望みのままに」

一瞬、避妊具を着けずに沙耶と繋がり合いたいという考えが頭をよぎった。けれど、はっきりとした結婚に対する承諾を得ていない今は、我慢することにする。

新たな避妊具を取り出すと、素早く装着する。

腕の中にいる沙耶の腰をつかむと、そそり立つ熱い楔の上にゆっくりと下ろしていく。ユーセフはぴったりと熱い襞に包まれ、大きく息をついた。

(ああ、なんと甘美な感覚なのだ……。わたしの、サーヤ)

「あ、あぁ……ッ」

ユーセフはつかんだ腰を揺さぶって、熱い奔流に身を任せた。

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