八話 

「残念だ……」

ユーセフの瞳に狂気の色が宿る。彼は沙耶の内部に差し入れた指を抜き去った。

「……ぁ」

沙耶は失った感覚に、自分の意志を無視して腰が蠢くのを感じた。

ユーセフはオイルを取り出すと手に振りかけた。甘ったるい香りが沙耶の方まで漂ってくる。

「もう少し、説得しようか?」

ユーセフはオイルにまみれた指を沙耶の内部に差し入れた。

「ああっ!」

オイルの助けを借りて、指はスムーズに内部に飲み込まれていく。

沙耶は身体が勝手に指を締め付けるのを感じて、絶望に襲われた。

(いや……なのに!)

ユーセフの指が内部を探る様に動かされるたびに、沙耶の腰が跳ね上がる。快楽を知った身体は、本能のままに与えられた感覚を拾い集め、頂点へ向かって動き出していた。

内部を太くいかつい指が探る。その度に沙耶の唇からは嬌声が漏れる。

けれどその指は沙耶が絶頂を極めようとすると、するりと抜き去られ、いつまでたっても果てが訪れることはない。

何度もそれを繰り返されるうちに、沙耶の頭からは思考能力が奪われていく。

幾度目かの絶頂をするりと交わされたあと、ユーセフは沙耶の耳元に顔を近づけた。

「サーヤ?」

甘く囁かれたユーセフの声に、ついに沙耶は陥落した。あふれる涙が頬を伝ってシーツに染みを作る。

(ここで身体に負けてしまったことをわたしはきっと後悔する。それでも……)

「ゆーせふ、お願い。っもう……」

沙耶の懇願にユーセフの目から狂気の色が失われる。ユーセフは満足気な笑みを浮かべながら沙耶の髪を撫でた。

「いい子だ」

ユーセフは沙耶から身体を離すと、着ていた服を脱ぎ去った。鍛えられ、浅く日に焼けた肌が露わになる。黒豹のようにしなやかな動きで、ユーセフは下着もすべて取り払い、一糸まとわぬ姿で沙耶に近付いた。

下肢は既に反り返る様に雄々しく立ち上がっている。下肢の茂みは沙耶と同じくきれいに剃られていた。

改めて彼の剛直を目にした沙耶はその大きさに慄(おのの)く。

ユーセフは戒めていた足の布を解き、沙耶の腰を抱え込むように持ち上げた。

沙耶の蜜壺からあふれた蜜とオイルが混じり合い、シーツをしとどに濡らしている。

ユーセフは先端を沙耶の入り口にあてがうと、ゆっくりと自身を沙耶の中に納めていく。

「っああッ!」

指とは比べ物にならない圧迫感に、沙耶は詰めていた息を吐き出した。

逃れようとする沙耶の腰を、ユーセフは捕えて強引に侵入していく。隔てるものなくつながり合う充足感に、ユーセフは熱い吐息を漏らした。

「ユーセフ、ゆーせふッ……」

沙耶は灼熱の楔を打ち込まれ、ただ縋る様に彼の名を呼び続けた。戒められた腕が自由にならないのがもどかしい。

「腕を解いて」

「自由にすれば、サーヤはわたしから逃げるのだろう?」

「逃げない、から……。お願い」

「……いいだろう」

ユーセフは沙耶の両手を縛っていた布を解いた。

沙耶は自由になった腕に血液が一気に流れ込み、じんわりと痺れたような感覚に襲われる。けれど痺れた両手を何とか動かし、ユーセフの頬に触れた。

「ユーセフが欲しい」

「サーヤ!」

沙耶を貫く雄芯が膨れあがる。

体積を増したそれを限界まで引き抜くと、ユーセフは再び深く打ち込んだ。

「ぁあ!」

沙耶はもう何も考えられなかった。与えられる快感に涙をあふれさせ、わけのわからぬまま翻弄される。

沙耶の身体の内部で、出口を求めて彷徨っていた熱が一気に上がり膨れ上がる。

「……っ、は、はあっ、あ、あぁ!」

頭の中が白く塗りつぶされ、張りつめた身体が一気に弛緩する。がくがくと震える身体は、沙耶の意志とは無関係にユーセフを締め付けた。

「っく。サーヤッ!!」

快楽の頂点を極めた沙耶を追って、ユーセフも自分を解放する。沙耶の奥底へと白濁が注がれる。

沙耶は身体の奥に熱を感じながら意識を失った。

 

「サーヤ……」

崩れ落ちそうになる身体で沙耶を押しつぶしてしまわぬ様、ユーセフは沙耶の隣に倒れこんだ。荒くなった息を調え、仰向けに転がる。

そうして、初めて何一つ隔てるものなくつながり合った女性を、ユーセフは愛しげに見つめた。

沙耶の泣きはらしたとわかる頬が痛々しい。

ユーセフは沙耶の頬をそっと撫でた。

(酷くしたいわけじゃない)

ユーセフは沙耶という存在を知って、初めて女性を愛しいと思えた。

どうやっても失うことのできない女性。

だが、彼女が自分を選ばないのなら、閉じ込めてどこにも逃げられないようにするしかない。

(わたしを憎んでもいい。それでもそばにいてほしい)

「サーヤ……、愛している」

あまりに小さな囁きは誰の耳にも届くことなく失われた。

 

「沙耶様、おはようございます。起きていらっしゃいますか?」

ラナーの声で沙耶は目覚めた。

「おはッ……」

沙耶は自分の喉から出たとは思えない、枯れた声に驚く。こうして枯れた声に驚くのは何度目だろうと、沙耶は憂鬱になる。

「沙耶様、無理なさらないでください。さ、これを」

ラナーが差し出したグラスを受け取ると、沙耶は一気に飲み干した。冷たい水が喉を潤していく。

「ありがとう」

先ほどよりは随分とマシになった声で礼を述べると、ラナーはにこりとほほ笑んだ。

「朝食を運んで参りますね」

「ありがとうございます」

沙耶はラナーが部屋の扉を閉めて出ていくのを待って、ベッドから起き上がる。少し腰が痛むが、痛みを無視して脚を床に下ろす。そのまま立とうとして、座りこんでしまった。

(え!?)

全く力の入らない腰に、沙耶の身体は床の上にくたりと沈み込む。

股の間をトロリと流れ落ちる感触に、沙耶は生理が始まってしまったのかと驚き、濡れた部分に手で触れた。

手に残る白い液体に、沙耶はようやく何が起こったのかを理解した。

(やだ! どうして?)

沙耶はユーセフに抱かれた記憶をたどる。最後の方は曖昧だったが、自分からユーセフにねだったような気がする。

(だからって避妊もしてくれないなんて!)

沙耶は怒りがこみ上げてくるのを感じつつも、ユーセフの結婚を望む言葉が本気であることを悟った。

(どうしたらいい? わたしは彼の隣に立つ覚悟なんて……無い。それでも、彼のことを嫌いになんてなれない。それどころか……)

座り込んだまま茫然とする沙耶をラナーが見つけた。

「どうなさったのですか! 沙耶様」

「あ、ラナーさん……」

ラナーは沙耶の姿に驚き、手を貸して立ちあがらせた。

沙耶はラナーの手を借りて、どうにかトイレへとたどり着いた。用を済ませ綺麗にすると、再びラナーに付き添ってもらい、ベッドまで戻る。

「ありがとうございました」

沙耶はほっと息をついた。

「どういたしまして。いくら新婚だからとはいえユーセフ様も、もう少し手加減を学ばれた方がよろしいですね」

「しっ、新婚!?」

驚く沙耶にラナーは不思議そうな顔を見せた。

「ユーセフ様に求婚されたのでしょう?」

「そう……ですけど」

「そしてそれに応えたのなら、沙耶様はユーセフ様の奥様です」

「そんな……」

沙耶はいつの間にか結婚していたことに茫然とするしかなかった。

(ユーセフに確かめないと)

「ユーセフはどこに?」

「今は政務中だと思いますが、用があるのでしたらお昼にでもこちらに来て下さるように伝えておきます。まずは食事を頂きませんと。昨日から何も食べていらっしゃらないのでしょう?」

ラナーの言葉に沙耶は空腹を思い出す。

豆の入ったスープとパンを口にすると、沙耶はそれだけでお腹がいっぱいになってしまう。

沙耶はラナーに頼みこんでシャワーを浴びさせてもらった。昨日のようにハンマームまで行く元気がなかったので、部屋に備え付けられているシャワーを使わせてもらう。

昨夜の痕跡を全て洗い流し、ようやく沙耶は落ち着くことができた。

鏡の前でラナーに髪を乾かしてもらっていると、眠気が襲ってくる。

「随分とお疲れのご様子ですね。少しお休みになりますか?」

瞼を閉じて、今にも眠りそうなほどうとうととしている沙耶を見かねてラナーが気遣ってくれる。

沙耶はラナーの言葉に甘えて、再びベッドにもぐりこんだ。

 

「サーヤ、起きろ」

「ん……、あと五分」

沙耶は眠気に抗えず、日本にいるつもりで答えた。

「サーヤ、襲うぞ」

「やっ!」

沙耶が驚いて起きあがると、苦笑するユーセフの顔があった。

「それほど嫌だったか?」

胸の痛くなるような優しい笑みを浮かべるユーセフに、沙耶は問い詰めようと思っていた言葉を失った。

「……ううん、えっと……」

「どうだ、身体は大丈夫か?」

「うん。少しだるいけど、大丈夫」

ユーセフの手を借りて沙耶はベッドから降りる。ゆっくりとしか動けない沙耶に痺れを切らしたユーセフが身体を抱き上げてしまう。

「ちょっと、ユーセフ!」

「抱いて行った方が早い」

沙耶の抗議を無視して、ユーセフは沙耶をソファへと運んだ。そのまま膝の上に沙耶を座らせてしまう。沙耶の胸は早い鼓動を刻み始めていた。

「何か聞きたいことがあったのではないか?」

「あの、わたしとユーセフが結婚したって本当?」

沙耶はユーセフの腕の中から抜け出すことを諦めた。

「事実だ。あとは導師(イマーム)の前で祝福を受ければ正式に認められる」

「本当だったのね」

「サーヤもわたしが欲しいと言った」

「そんな……、だってそういう意味だなんて知らなかった」

「厳密には沙耶の純潔を奪った時点で、わたしは沙耶と結婚している」

「だからわたしにはユーセフの奥さんは無理だって言っているでしょう!」

声を荒げる沙耶に、ユーセフはゆっくりと沙耶の背中を撫でる。機嫌を取るように沙耶に向かって微笑んでいた。

「何が気に入らない? わたしのそばにいてくれればそれでいい」

「それじゃわたしはここで何をすればいいの? 大学だってまだ卒業してないし、家族や友達だって日本にいるの。いきなりヘイダルで暮らせって言われても……」

ユーセフの顔つきがひどく厳しいものへと変わる。

「ならば、時間があれば覚悟ができると?」

「それは……」

言葉を失った沙耶にユーセフは笑った。

「どちらにしてもわたしがサーヤを手放すことなどありえないのだから、抵抗するだけ無駄だ」

「横暴よ!」

「はははっ。わたしは砂漠の男だ。欲しいものはどんな手段を使っても手に入れる。強き者がすべてを支配するこの国では、むしろ褒め言葉だな」

ユーセフの歯牙にもかけない様子に、沙耶は苛立つ。

「卑怯、強引、暴君!」

「何とでも言うがいい。だがサーヤは何も決められない、軟弱な男を尊敬できるのか?」

ユーセフは黙ってしまった沙耶の頬を撫でる。

「仕事は今日中に片付ける。明日には導師の前で誓いを交わす。そうすれば市場(スーク)に連れて行ってやろう」

沙耶はご機嫌取りだとわかりつつも、好奇心が疼くのを止められなかった。

「スークって?」

「いろいろなものが集まる市場だ。行ってみたくはないか?」

「行きたい!」

沙耶は叫んだ。

(今だけは、何もかも忘れてユーセフのそばにいたい。きっと、これは覚めてしまう夢だから……。もう少しだけ、あなたのそばにいてもいい?)

 

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