アレッシオはルチアを連れてクラウディオの会社へと向かった。結婚の承諾を得たため、アレッシオはようやくルチアの親族に顔を合わせる気になったのだ。
馬車からルチアをエスコートしながら、アレッシオが蕩けるような甘い目つきでルチアを見つめている。
「ここが……」
ルチアは社屋を見上げ、口ごもった。緊張に指先が冷たくなっている。
「さ、行くよ」
アレッシオに手を引かれながら、ルチアは応接室へと案内された。革張りの豪華なソファに並んで腰掛けると、アレッシオは冷たくなった手を握りしめた。
大丈夫だというように、アレッシオはルチアに微笑みかける。ルチアはその笑顔に少し緊張がほぐれて、大きく深呼吸をした。
ガチャリ。
扉が開く音がして、金髪と青い瞳を持った男性が入ってきた。後ろには女性が続いている。二人はソファから立ち上がった。
「ルチア……ようやく会えたね。」
男性が瞳を潤ませながら、ルチアに近寄った。ルチアは戸惑いながらアレッシオを見上げた。
「クラウディオ・アッカルド。クリスの弟で君の叔父さんだよ。」
「叔父……様?」
ルチアが戸惑いながら呼びかけると、クラウディオはルチアに抱き着いた。
「ああ、兄さんによく似ている」
「あ、あの……?」
感激した様子のクラウディオにルチアは戸惑い気味だ。
「クラウディオ、ルチアが戸惑っている。放してくれないか」
アレッシオの言葉に、渋々と言った身体でクラウディオが抱きしめていた腕を解く。後ろにいた女性が、一歩前へと進み出ると名乗った。
「何度かやり取りをさせていただいていたけれど、お会いするのは初めてね。サンドラ・ボルガッティよ。クラウディオの秘書を務めさせていただいているの」
「あなたが……サンドラさん?」
「そうよ」
ルチアは驚いていた。
最近よくアレッシオと手紙のやり取りをしているサンドラ嬢というのは、てっきり新しい恋人だとばかり思っていたのだ。それが叔父様の秘書だったなんて。
ルチアは勘違いに、顔を紅潮させた。アレッシオの方を見ると、満足げな笑みを浮かべている。
「ルチア、早く家においで。父もずっと君に逢いたがっているんだ。どこかの保護者気取りの男がなかなか許してくれなくてね」
クラウディオの金髪と青い目に、ルチアは薄れかけていた父の面影が思い出される。やはりこの人が父の弟なのだと実感が湧いてくる。ルチアは自分が一人ぼっちだと思っていたが、そうではなかったことにたとえようもないほどの安堵感を感じた。思わず涙が溢れてくる。
ルチアの涙を見たクラウディオは慌てた。
「ルチア?どうしたの?私が何か悪いことを言ったかい?」
不安そうな声に、ルチアは泣きながら笑みを浮かべた。
「本当に……叔父様なんですね」
「ああ、長い間放っておいてすまなかった。アッカルド公爵として謝罪させてほしい」
クラウディオは神妙な面持ちでルチアに対して頭を下げた。
「叔父様、止めて下さい。謝るようなことなど何もありません。アレッシオに十分良くしていただきましたし、不自由もありませんでした。……それに、血縁がいるとわかってとても嬉しいのです」
ルチアは頭を下げたクラウディオを止めた。
「そうか……そういってもらえて良かった」
笑ったクラウディオの姿に、父の姿が重なり、ルチアは再び涙が溢れだした。
アレッシオがルチアを背後から抱きしめた。
「私もずっと黙っていてすまなかった。叔父や祖父がいると知ったら君が離れて行ってしまうと思って、黙っていたんだ。こんなに喜ぶと知っていれば、もっと早くに伝えておけば良かった……」
耳元で囁かれた言葉に、ルチアは嬉しさがこみ上げた。それほど自分の事を手放したくなかったのだと今ならわかる。
「もう、過ぎたことです。おじい様にも早くお会いしたいです」
「父は領地で療養中なんだ」
クラウディオがルチアの言葉に、前アッカルド公爵の居所を告げる。
「……そんなに具合が悪いのでしょうか?」
療養中という言葉にルチアは顔色を変えた。
「心配しなくてもぴんぴんしてるよ。ただ、私に家督を譲るために療養という口実で引退しているだけだよ」
「そうでしたか。よかった」
ルチアは安堵の笑みを浮かべた。
「と言うことでルチア、明日にでも私と一緒にアッカルド公爵領へ行かないかい?」
「ちょっと待ってくれ」
クラウディオの誘いにアレッシオが口をはさむ。
「それならば私がルチアを連れていく。前公爵にも結婚のご挨拶をしなければならないし」
「せっかく会えた姪との時間を奪う気ですか?」
クラウディオは不機嫌そうにアレッシオを見つめた。
「こちらだって婚約したばかりだ」
「もう、やめてください」
険悪な二人の様子に、ルチアが怒りをあらわにする。
「すまない」
「すまなかった」
「お二人ともいい加減にしてください。一緒に行けばいいではないのですか?」
叱られた男性二人は悄然と頷いた。
ルチアとアレッシオ、クラウディオの一行はアッカルド公爵領へ向かうために、馬車に乗っていた。
いずれはこの馬車もアレッシオとクラウディオの会社が経営する鉄道に置き換わってしまうのだろうが、現時点での移動手段は馬車が主なものとなっている。
道中、クラウディオが手配した宿は一人一室と豪華なものだったが、思いが通じ合ったばかりの恋人たちには少々酷な環境だった。ルチアとアレッシオは互いにもどかしい思いを抱えたまま、公爵領へ到着したのは出発から三日後の事だった。
「ここが、お父さんが生まれた場所……」
馬車の窓から見える景色がクレメンティ子爵領とはまた異なる様子に、ルチアは興味を隠せなかった。
「クリスがここに居たのは、王都の学院の中等科に進むまでだったけどね」
クラウディオは昔を懐かしむ遠い目をしながら、ルチアに優しく微笑んだ。その姿に父の面影を見たルチアもつられて微笑みを浮かべる。
一人取り残された感のあるアレッシオは機嫌が悪くなるのを隠せなかった。
「アレッシオ?」
ルチアの怪訝そうな顔に慌てて表情を取り繕う。
「何だ?」
「何か気に入らないことでもあるの?」
ルチアがクラウディオとばかり仲良くしていることが気に入らないと言えたら、どれだけ楽だろうか?
アレッシオは嫉妬心を押し隠して、ルチアに微笑みかけた。
「いいや、なんでもないよ」
「そう?」
「ルチア、あれが私の城だよ」
丁度クラウディオが話しかけて来たので、追及の手を免れたアレッシオはほっと息を吐いた。
クラウディオは背の高い城壁に囲まれた街の中心にそびえる大きな尖塔を指差した。ルチアは想像以上の大きさにしばし呆然とした。
こんなに立派なお城だとは思ってもみなかった。
今更ながら、ルチアの心に前公爵と会うことの恐怖心が湧きあがった。父はなぜ小作人として生きることを選んだのか、ルチアにもなんとなくわかるような気がした。
馬車が城の前に停車すると、ルチアはアレッシオの腕につかまって馬車を降りた。大きな門をくぐり、堀にかかった跳ね橋の上を渡ると、立派な二枚扉が外側に向かって開かれた。広いホールには城で働く人たちが勢ぞろいしていた。
あまりの人の多さに完全に腰が引けてしまったルチアは、アレッシオの陰に隠れるように移動した。
「ただいま。出迎え御苦労さま。皆仕事場に戻っていいよ」
クラウディオの言葉に使用人たちは一斉に散り散りになる。一人残った執事らしき壮年の男性が近付いてくる。
「お待ちしておりました。旦那様がお待ちです」
「ルチア、ついておいで」
執事とクラウディオに先導されながら、ルチアはアレッシオの後ろに続いて城の奥へと足を進めた。暗く長い廊下を進むと中庭に出る。ルチアは明るい中庭に一瞬目がくらんだ。
数多くの薔薇が栽培され、整然と並んでいる。ルチアは美しい光景に顔をほころばせた。
「すごく綺麗な所ですね」
「ああ、自慢の庭なんだよ」
ルチアの賞賛にクラウディオも誇らしげにしている。ルチアは中庭に後ろ髪を引かれつつ、先導する執事に続いた。
再び扉をくぐり、暗い廊下を進んだ先に扉があった。執事が扉を開けると、クラウディオは躊躇なく室内へと進む。ルチアはドキドキと鼓動が速くなるのを感じながら、アレッシオの後に続いて扉をくぐった。
「ご無沙汰しております」
アレッシオは前アッカルド公爵に向かって軽く頭を下げ、挨拶を済ませる。
ルチアが目にしたのは金髪に白髪交じりの、立派なひげを蓄えた壮年の男性だった。ルチアはなんと声を掛けてよいのか分からず、縋るようにアレッシオを見上げた。
「こちらがクリスの娘、ルチア・ベリーニです」
なかなか口を開かないルチアにアレッシオはルチアを前に押し出した。
「はじめまして、ルチアです」
「……コンスタンツォ・アッカルド。クリストフォロとクラウディオの父でお前の祖父だ」
ようやく口を開いた祖父の声はしわがれていた。それきりコンスタンツォは黙り込んでしまう。皆の間に流れた不自然な沈黙に耐えきれず、クラウディオが口を開いた。
「そうだ、アレッシオ。父上に報告したいことがあると言っていましたよね」
「ああ、アッカルド前公爵。来月のルチアの成人に合わせて、私とルチアは結婚しようと思っております。お許しいただけますでしょうか?」
アレッシオの言葉にコンスタンツォは目を向いた。
「ならん」
眼光鋭くコンスタンツォがアレッシオをねめつける。
「どうか、お許しください」
それまで沈黙を貫いていたルチアがコンスタンツォに縋りついた。
「許さぬというわけではない。一月では準備が整わぬだろう。わしの孫に相応しい準備をせねばなるまい」
コンスタンツォのぶっきらぼうな言葉にルチアは思わずアレッシオと顔を見合わせた。
「お許しいただけるのですか?」
「相手が次期ウリッセ公爵であれば、不足はなかろう」
それだけ言うとコンスタンツォは再び黙り込んでしまう。
これは承諾と受け取っていいものか分からず、ルチアはクラウディオに助けを求めるように見つめた。
「父上、それでは私は早速準備に取り掛からせていただきます」
「うむ」
「では、ルチアとアレッシオはしばらくこちらに滞在いたしますので、また夕食のときにでもお目にかかりましょう」
クラウディオの言葉を合図にルチアとアレッシオは部屋を辞した。
「では、お部屋に案内いたしましょう」
ここまで案内してきた執事が二人を再び先導する。入り口のホールまで戻ると、広い階段を昇った所にある来客用の部屋へとそれぞれ通された。ルチアは柔らかなベッドに腰掛けながら、大きくため息をついた。
思った以上に緊張していたのか、手にびっしょりと汗をかいている。
あの人をおじい様と呼べる日が来るのだろうか?
ルチアたちは食堂での気詰まりな夕食を済ませた後、男性陣は談話室へと場所を移し、食後の酒を楽しんでいる。
ルチアは上等な客用寝室の雰囲気に違和感がぬぐえず、中庭に面したバルコニーで夜空を眺めていた。
ああそういえば今日は、満月なのね。
見上げた夜空には丸い弧を描く、冴え冴えと輝く青い月が輝いている。
ルチアには今更ながら不安がこみあげてきていた。アレッシオの求婚に頷いてしまったのは間違いではなかったのかと。
夜風が顔にかかる髪を払いのけて吹き過ぎていく。薔薇の甘い香りが風に乗って漂ってきた。ルチアはバルコニーに置かれたベンチに腰を下ろした。
きっとアレッシオの継ぐはずの公爵の城も似たような感じだろう。
「ルチア、あまり夜風に当たっていると風邪をひくよ」
物思いに耽っていたルチアは、背後から近づく気配に気づかず驚いた。
「アレッシオ……まだそんなに時間は経っていません」
アレッシオが部屋へと続く戸口に佇んでいた。
「それならいいが、なんだか浮かない顔つきだね。何か不安でもあるのかな?」
「いえ、あの……」
今更結婚に迷っているとは言い出しづらい。
「まさか結婚を取りやめたいと言い出すのではないだろうね?」
アレッシオの見透かしたような言葉に、ルチアの身体はビクリと震えた。
「こんなおじさんでは嫌になった?」
「いいえ」
ルチアは首を振る。
「アッカルド公爵家にいる方がよくなった?」
「いいえ!」
アレッシオは一気に歩み寄るとルチアの隣に座った。
「そうではありません。自分にアレッシオ様の妻が務まるのかが不安なのです」
「馬鹿なことを! いずれアッカルド公爵に引き取られても恥ずかしくないだけの教育は受けさせきたつもりだ。第一、私にはルチアを手放す気などないと何度言ったらわかってもらえるのだろう」
アレッシオは唐突にルチアの唇を自らのそれで塞いだ。
「ん……んう」
大人しく口づけを受けたルチアに、アレッシオの激昂が治まる。
「乱暴なことをしてすまない」
「いえ」
頬をかすかに染めたルチアはアレッシオから顔をそむけた。しかしアレッシオはルチアに顔を振り向かせると、ルチアの前にひざまづいた。
「ルチア、ウリッセ公爵の血筋は代々恋愛結婚しかしない。政略結婚をしても上手くいったためしがなくて、身分に関係なく好きになった者と結婚すべしという家訓が出来たくらいだ。だから父もこの年まで私が独身でいることを許してくれているのだ。ルチア、もう一度言う。どうか私と結婚してほしい」
情熱的なアレッシオの求婚に、いつの間にかルチアの目尻には涙が浮かんでいた。
「はい。お受けいたします」
ルチアは今度こそはっきりと返事をした。
「本当に好きだ。自分でもおかしいと思うほどルチアの事を愛している」
「私も、ずっとアレッシオ様の事をお慕いしてきました」
アレッシオの唇がルチアの眦に滲んだ涙を吸い取った。
「また、様付に戻っているぞ」
「すみません」
アレッシオの優しい揶揄にルチアの涙はなかなか止まらない。
「敬語も止めてほしい。これからは人生の伴侶となるのだから」
「はい」
「もっとわがままを言ってほしい」
「それは……頑張ります」
ようやくルチアの顔から憂いが取り払われた。
「ルチアを抱いてもいいか?」
「はい……って、今のは無しです」
ルチアは慌ててかぶりを振った。
「いいや、ちゃんと聞いた」
アレッシオは確信犯の笑みを唇の端に浮かべた。
ちょっとまってー!
アレッシオはルチアが抵抗し始める前に抱き上げると、ベッドに向かって歩き出した。
ルチアは慌てて手足をバタつかせようとするが、アレッシオの暴れると落ちるという言葉に大人しくなる。
アレッシオはベッドにルチアを下ろしながら、耳元に囁いた。
「私もいい年だし、あなたとの間に可愛い後継ぎがほしい。協力してくれるだろう?」
「それは、いいですけど……」
「けど、何だ?」
「お手柔らかにお願いします?」
少し怯えた様子で見上げてくる青い瞳にアレッシオの理性は焼き切れた。
「善処しよう」
そう言いながらも、アレッシオはルチアの願いを聞くことは出来なさそうだと頭の片隅で思った。
既に寝間着に着替えていたルチアの服を脱がせることは容易かった。アレッシオはルチアの寝間着を脱がせながら、自分の服も手早く脱いでいく。互いに一糸まとわぬ姿となったところで、アレッシオはルチアの身体を抱き寄せた。素肌に触れる滑らかな感触に、アレッシオは夢中になってルチアの肌に触れる。
「……ん、っく」
愛撫に反応してルチアの身体は敏感に反応を返してくる。アレッシオは素直な反応にますますルチアの身体にのめり込んでいった。
舌を絡ませ深い口づけを与えると、ルチアもつたないながらも一生懸命に舌を絡めてくる。馴れない仕草にも愛しさを感じて、アレッシオはもっとルチアを感じさせてやりたくなる。
「ここは?気持ちいいか?」
「ん、うん」
ルチアは与えられる快感に普段の堅苦しい口調を忘れ、幼子の様に返事を返してくる。アレッシオはルチアの肌に舌を這わせた。触れるか触れないかのギリギリの手つきで首筋や脇の下から腰に沿って、くすぐる様に撫でていく。
最初はくすぐったがっていたルチアも、次第に息を荒げて身体を震わせ始めた。アレッシオはルチアの身体をうつぶせにすると、背中にも同様に触れていく。背筋に沿って手を這わせると、ルチアは声を上げて身体を震わせた。
「はぁっ、あぁ」
腰から尻への境目に沿って指がなぞると、ルチアの声は一層高くなった。
「やぁ……、はぁ、はぁ」
そのまま指を尻から太腿の間を滑らせていく。悪戯なアレッシオの指がつま先までたどり着くと、再び腰に向かって這い上がってくる。
ようやくルチアが触れてほしい場所に、愛撫の手が伸びてきた。ルチアは再び仰向けにされると、大きく股を開かれた。すでに蜜口からは蜜が溢れ、花びらをしとどに濡らしていた。溢れた蜜が尻を伝い、シーツにまで滴っている。
「ルチア、どうしてほしい?」
「アレッシオ、お願い」
ルチアは身も世もなく涙を浮かべながら懇願した。強すぎる快楽がルチアを苛み、どうしようもなく乱れさせる。
アレッシオはルチアの姿に満足を覚えながら、痴態に煽られ昂ぶった己を蜜口へあてがった。解していないにも関わらず、そこはアレッシオを柔らかく受け止めた。ルチアの足を抱えるように持ち上げながら、ゆっくりと剛直を侵入させていく。
「あ……あぁ」
「はぁ」
全てを収めると、アレッシオは大きく息を吐いた。本能のままに腰を動かしたくなる己を押さえ、ルチアの耳元に囁きかける。
「さあ、どうしてほしい?」
「う……ごい……て……」
「わかった」
ルチアの懇願にアレッシオは一も二もなく承知した。ルチアの腰を抱え上げると、ゆっくりとした腰使いで律動を開始する。浅い注挿を繰り返したかと思うと、奥深くまで突かれ、ルチアは嵐の海の小舟のように翻弄された。
次第に頂点へ向かってルチアの身体が張りつめていく。ルチアの様子を感じ取ったアレッシオは腰の律動を早めた。
「ふぁ、あ、あ、あん」
「ルチア、気持ちいいか?」
「う、うん。もう、おかしくなって……しまいそう」
「いいぞ」
アレッシオは抜ける寸前まで剛直を引き抜くと、一気にルチアを刺し貫いた。
「あああぁ」
ルチアの目からは涙が溢れだして止まらない。快楽にけぶった瞳はその青色を濃くしていた。ルチアが頂点を極めたことを確認すると、アレッシオも押さえていた本能をむき出しにして、思うままに腰を突き動かした。
狂ったように腰を打ち付け、ルチアの中に欲望を解き放つ。アレッシオは身体を震わせながらルチアを強く抱きしめた。緩やかな快感に心地よく漂っていたルチアはアレッシオを抱き返す。
真夜中の月が窓から差し込み、二人の姿を青白い光で照らしていた。
温かい温もりに包まれながらルチアは目を覚ました。自分が何も身に付けていないことに気付くと、昨日はアレッシオに抱かれたことを思い出す。
早朝の明るい日差しの中では、恥ずかしさがこみあげてくる。ルチアはアレッシオの腕の中から抜け出そうとして、抜け出せないことに気が付いた。強く抱きしめているアレッシオの腕はびくともしない。
ルチアは大きく息をつくと、自らを落ち着けた。身体から力を抜いてアレッシオに身を預けると、再びルチアを眠気が襲う。ルチアはアレッシオの腕の中で、再び幸せな眠りに引き込まれていった。
ルチアはふわふわと浮き上がるような感覚に、少しだけ意識が浮上した。胸を温かく濡れた感触に覆われる。ちりっとした小さな痛みが鎖骨のあたりに走った。ぬるぬるとした温かなものがそのまま首筋へと這い上がる。
「はぁ……ん」
口を突いて出る甘ったるい声に、ルチアは目が覚めた。
「起きたのか?」
ルチアが目を開けると、アレッシオが自分を組み敷いていた。目の前にあるアレッシオの青い目と視線がぶつかった。
「おはよう……ございます」
「おはよう」
アレッシオは声と共にルチアの唇に軽いキスを落とした。ルチアもキスを返すと、口づけが深まる。
「ん……ふぅ」
いつからアレッシオが自分の身体に触れていたのかはわからないが、ルチアの身体は完全に目覚めていた。尻を伝う濡れた感触にルチアは腰を震わせた。
「アレッシオ、何をしているのですか?」
「昨夜は一度しか愛し合えなかったから、続き」
「あんなに長かったら一度で十分です!」
アレッシオの言うとおり、身体を重ねたのは一度だったが、そこに至るまでの前戯だけでも二時間近くも翻弄されていた。
「今朝はそれほど長くしないから」
アレッシオはルチアの足を広げさせる。
「やぁっ」
いきなり露わにされた部分は蜜に濡れて薄い金色の叢の色を濃くしていた。
「うれしい。もっと感じて」
アレッシオは指を花びらの縁に沿ってそっと這わせる。肝心な場所には触れてこないアレッシオに、ルチアは腰をくねらせた。
「っあ、ああぁ」
ようやく指が花びらに触れると、ルチアはつま先をしならせる。ルチアの様子に笑みを深くして、アレッシオは花芽を抓んだ。
「あああぁ……っ」
ルチアの脚はピンと張り、背中をのけぞらせて軽く達する。足を震わせるルチアの蜜口に、アレッシオは指を忍び込ませた。内部は熱く蕩けている。時折指を締め付ける感触を楽しみながら、アレッシオは内部を探った。ぐるりと指を回し、指を増やしていく。
「っぁあ」
ルチアが声を上げると、その辺りを重点的になぞりルチアを追いこんでいく。指を三本飲み込んだところで、アレッシオは蜜口から指を抜いた。引き留めるように締め付ける感触に、アレッシオはいきり立った。
「ルチア、いいか?」
アレッシオの問いかけにもルチアは頷くのが精いっぱいだった。ルチアが頷く様子に、アレッシオはルチアをうつぶせにすると、背後から覆いかぶさりゆっくりと剛直を蜜口に沈める。達してしまいそうになる快感の波をじっと耐えてやり過ごすと、アレッシオはルチアの腰をつかんで動かし始めた。
「っあ」
アレッシオの腰使いに、時折ルチアの口から声が漏れる。アレッシオはルチアの声を聞きたくて、背後から胸に向かって手を這わせた。そっとすくいあげるように胸を持ち上げたかと思うと、くすぐる様に乳輪の縁に触れる。覆いかぶさったところにちょうどある首筋にアレッシオは軽く噛みついた。
「っぁあああん」
ルチアは声を押さえきれず、揺さぶられるままになっている。先ほど指で探られた場所を、剛直の先端が掠めると、その声は一層高く部屋に響いた。
「ああっ!」
ルチアの締め付けが一層強くなり限界が見えてきたところで、アレッシオも一緒に駆け上がろうと腰の律動を速める。
「っく。……っルチアぁ」
「ぁああ」
ルチアの内部が痙攣するように震えて、アレッシオは思わず欲望を解き放ち、二人は同時に飛翔した。
しばらくして身体の興奮が治まると、アレッシオはルチアの身体を丁寧に拭いて後始末を済ませた。自分も簡単に拭いて後始末をすると、ベッドの隅に丸められた寝間着を取り上げ甲斐甲斐しい手つきでルチアに着せ掛ける。ルチアは放心状態でアレッシオが世話をするのをただ眺めていた。アレッシオもガウンを羽織ると、ルチアを抱きあげて階下にある浴室へと足を向けた。
湯船にはお湯がなみなみと張られ、いつでも入浴できるように準備がなされていた。アレッシオはここまで着て来た服を脱ぎ捨てると、ルチアを抱いたまま湯船に身体を沈めた。運動後の心地よい疲労感が、洗い流されていく。
自分が風呂に入れられていることにようやく気付いたルチアが身じろぐ。
「あれ?」
「気づいたか?」
アレッシオのからかうような口調にルチアは白い肌を紅潮させた。
「っや、アレッシオ、放して」
「放してもいいが、溺れるなよ」
アレッシオは抱きしめていた腕を緩めた。
ルチアは立ち上がり、寝間着ごと湯船に沈められ、張り付いて重くなってしまった布をなんとかはがすと再び湯船に身体を沈めた。
濡れてしまったルチアの金髪が普段よりも色を濃くしている。ルチアはついでとばかりに浴槽から立ち上がると髪を洗い始めた。石鹸を手に取り泡立てると、太い指がルチアの指を押さえた。
「私が洗ってやろう」
アレッシオの言葉にルチアはありがたく甘えた。優しく地肌を洗われた後、湯桶に溜められたお湯で頭をすすがれ、丁寧に洗い流していく。頭を洗ってもらう気持ちよさに、ルチアは目を閉じてうっとりと身を任せた。
ふと、他の女性にもこんなに丁寧に接していたのだろうかという疑念がルチアに湧き上がる。
「いつも……」
「何だ?」
「いつも女性にこんな風にしていたのですか?」
ルチアは口から醜い嫉妬の言葉が溢れ出すのを止められなかった。
「ここ二年ほど私が付き合った女性はいないぞ。それにこんなことをしてやりたいと思ったのもルチアだけだ」
アレッシオはゆっくりと言い聞かせるようにルチアに事実を告げた。
「ごめんなさい」
ルチアは醜い言葉に恥ずかしくなり、顔を覆った。
「時々不安になるの。アレッシオの隣に居てもいいのかって」
「いいよ。私がその度にきちんと思い知らせてやるから」
アレッシオは悪戯っぽく笑った。
ルチアもアレッシオの髪を洗って、お互いが綺麗になると風呂から上がる。脱衣場には新しい服が既に用意されていた。ルチアは家人にすべてを知られていると思うと、恥ずかしさがこみあげてくるが、アレッシオは平然と用意された服に着替えていた。
二人は通常の朝食の時間からだいぶ遅れて食事の席に着いた。
ルチアは中庭でコンスタンツォが現れるのを待っていた。遅い朝食の後、執事から旦那様が中庭に来ていただきたいと申しておりますと伝えられ、ルチアは食事もそこそこに中庭へと向かった。
中庭にある東屋に腰かけていると、杖を突いたコンスタンツォが現れた。
「座ったままでいい」
立ち上がろうとするルチアを制して、コンスタンツォも向かい側のベンチに腰を下ろす。
「……わしを恨んでおるか?」
「なぜ恨む必要があるのでしょうか?」
コンスタンツォはルチアの言葉に虚を突かれた顔をしていた。
「必要なことはすべてアレッシオにしていただきました。私にはもったいないくらいです」
「お前に助けが必要な時にわしは手を差し伸べることができなかった」
コンスタンツォの声は震えていた。
「大事な人を亡くしてしまったのは皆一緒です」
「そうだな……」
弱弱しいコンスタンツォの声にルチアは俯いていた顔を上げた。
「もっと早くクリスに会っておくべきだった。わしの人生は後悔ばかりだ。だから今度こそ、後悔のないようにしたい。お前は本当にあの男との結婚を望んでいるのだな?」
希《ルビ:こいねが》うようなコンスタンツォの眼差しに、ルチアはゆっくりと頷いた。
「はい。幼い頃よりずっとあの方をお慕い申し上げてきました。これ以上の幸せはありません」
「いいや、お前にはこれからもっと幸せが訪れるはずだ。その時、わしもお前のそばにいることを許してくれるだろうか?」
「もっと……?」
ルチアは首をかしげる。
「そのうち後継ぎが生まれるであろう。家族を持つということはまた別の喜びがある。わしはクリスと言う息子を失ったが、お前と言う孫を得ることができた。そうしたようにお前にも得るものがあるはずだ。そのときわしはお前のそばにいたい」
コンスタンツォはどうやらこれから祖父として扱ってほしいということを言いたいのだろうか?
「わかりました。おじい様」
「うむ」
コンスタンツォの目じりには光るものがあった。
ルチアは見ないふりをして立ちあがった。少しずつ距離が近付いてきたとはいえ、急に仲良くなることは難しい。どうしたらよいか分からず、ルチアは東屋から立ち去った。
城内へと戻る扉をくぐると、クラウディオが壁に寄り掛かっていた。ルチアの姿を認めると近寄ってくる。
「伯父さま……」
「父と話してくれたのだね」
「はい」
「あの人の話は分かりにくかっただろう?」
「……そうですね」
クラウディオは苦笑した。
「昔からそうだよ。兄さんを亡くすまではもっと専制君主って感じだった。あれでもずいぶんと丸くなった」
「そうなのですか?」
「まあ、懲りずに付き合ってやってくれると嬉しい」
「はい」
ルチアは頷くと、自分に宛がわれた部屋へと戻った。
「おじい様と仲良くやれそう?」
後ろから掛けられた声にルチアは飛び上がって驚いた。戸口からアレッシオが顔を覗かせている。
「どうでしょうか。急には仲良くなれませんし……」
「そうだね」
アレッシオはルチアを抱きしめた。
「その前に、私と仲良くなるのを忘れないでほしい」
いつもより自信のなさそうな声がルチアの耳をくすぐる。
「いつだって私の一番はアレッシオです」
「ははっ。光栄だ」
アレッシオは暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように、笑って見せた。
「私の父にも会ってほしい」
「ええ。私もご挨拶したいと思っていました」
ルチアもつられて微笑む。
「そうか、なら次はウリッセ領へ行こうか?」
「はい」
ルチアはアレッシオの身体を抱きしめた。
穏やかな気持ちが湧きあがる。どちらからともなく二人の唇が重なり、しばらくして離れた。ルチアは穏やかな幸福感に身を任せた。
ルチアとアレッシオはウリッセ公爵領へと向かう馬車の中にいた。もう少し滞在してほしいというクラウディオには申し訳なかったが、アレッシオは仕事も忙しいため早くすべきことを進めてしまいたかった。
公爵領に着いたルチアはここでも呆然とすることになる。公爵というのはどれほどの権力を持っているのだろうか。アッカルド公爵の城で多少の免疫がついたと思っていたのは間違いだったらしい。
街を通り過ぎて見えてきたのは、急な斜面の中腹に建てられた城だった。城からは幾つもの尖塔が空に向かって伸びている。ウリッセ公爵城の威容にルチアはただただ圧倒されていた。馬車が急な坂道を登っていくと、積み上げられた城壁が目の前に迫ってくる。苔生した岩が積み上げられた様は盛観だった。
跳ね橋がかけられた堀を渡り城郭の内部に入ると、ルチアは辺りを見回した。厩舎や畑、家人たちの住む家までが建てられている。すべてを城壁の中だけでまかなえる様に、必要な物はそろっていた。
しばらく馬車が進むと、ようやく城の入り口にたどり着く。ルチアはアレッシオの手を借りて馬車から降りると、家人一同が整列しており歓迎の出迎えを受けた。
アレッシオに手を引かれて案内された部屋には公爵が待ち構えていた。
「父上、ただ今戻りました」
「よく帰った、アレッシオ。そして、あなたが噂のルチアか……」
アレッシオによく似た壮年の男性が、ひじ掛けにもたれて座っている。黒髪には白髪が混じり、鋭い眼光を湛えた瞳は青い色をしていた。
ルチアは自分を射竦めるような眼差しで見つめるウリッセ公爵を睨み返した。睨み返してくるとは思っていなかったのか、ウリッセ公爵の表情は面白がる様な物へと変化する。
「ふーん。なるほど」
アレッシオは苦手としている父の様子に身構えていた。
「まあ、いいんじゃないか。お前が決めたのなら私は賛成するよ」
「……ありがとうございます」
あっさりと認められたことに、アレッシオは安堵の息を吐いた。二人のやり取りを見守っていたルチアが口を開く。
「これから、よろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく。アレッサンドロと呼んでくれて構わないよ」
アレッサンドロはルチアに向かって手を差し出してきた。ルチアは素直にその手を握る。すると、アレッサンドロはルチアの手をすくい上げ、手の甲に口づけを落とした。
「なっ!」
慣れない行為に、ルチアの頬に血が昇る。ルチアは慌てて捕まれた手を振り払った。
「父上、お戯れはおやめ下さい」
アレッシオが険しい顔でアレッサンドロを睨めつけている。
「なるほど、べた惚れだな」
アレッサンドロはにやりと笑った。
「結婚式は王都で挙げるのか?」
「はい。そう考えています」
「では、その時に私は王に爵位の継承を願い出よう」
アレッサンドロの引退を示唆する言葉に、アレッシオは驚きを隠せなかった。
「本気ですか?」
「ああ、そろそろお前に全てを譲って、ブリジッタの故郷で過ごしたい」
アレッシオの母であるブリジッタの故郷――クレメンティ領――で余生を過ごしたいという願いに、アレッシオは頷くほかなかった。
「承知しました」
アレッシオはルチアを連れて父親の前を辞した。
アレッシオは自室へルチアを連れ込むと、性急にルチアに口づけを求めた。
「どうしたの?」
いつにないアレッシオの様子に、ルチアは怪訝な顔をしている。
「ふふっ。やはりあの人は母のことを忘れられなかったのだな……」
アレッシオは嗤った。
「あの人ってお義父様のこと?」
「ああ、我が家系は以前にも言ったと思うが、恋愛結婚しかしない。あの人も母を失ってから何人も愛人を侍らせていたが、やはり母のことを忘れられなかったのだな」
アレッシオはルチアをきつく抱きしめた。
「ルチア、私を置いていくような真似だけはしないでほしい。きっとおかしくなってしまう」
「アレッシオ、それは私も同じです」
アレッシオを宥めるようにルチアは優しく抱きついた。アレッシオはルチアをベッドへ運ぶ間もおしく、その場で服を脱がし始める。
「アレッシオ、まだこんな時間なのに……」
ルチアの抗議はアレッシオの口の中に吸い取られた。深い口づけを繰り返しながら、アレッシオはルチアのスカートをまくりあげた。無骨な手がルチアのお尻を強く揉みしだき、ルチアの秘所を暴いていく。
「はぁっ」
いつもより荒々しい手つきに、妙な高揚感を覚えながら二人は獣のようにお互いの身体を探り合った。アレッシオは前戯もそこそこにルチアの身体を扉に押し付けた。アレッシオは立ったまま、ルチアの片足を自分の肩に担ぎあげると、昂ぶり欲望に濡れた下肢をルチアに繋げた。
「ああっ!」
解されずに侵入された部分はわずかに痛みを覚えたが、すぐに快感にとって代わる。ルチアは感じるままに声を上げた。
「はぁっ、あ、あぁ」
強く打ちつけられる腰に、ルチアはすぐに昇りつめそうになる。急に狭くなった内部に限界を感じ取ったアレッシオは腰の律動を止めた。
「やぁ、どおして?」
興奮に涙をにじませるルチアに、アレッシオは早々に陥落した。
「焦らそうと思ったが、無理だっ!」
アレッシオはルチアが求めるままに腰を打ち付けた。
「あ、ああっ、あぁ……」
「ぅあぁ」
二人は同時に昇りつめた。ぶるぶると身体を震わせ、全ての欲望を解き放つと、アレッシオはそれまでの手つきが嘘のように優しくルチアを抱き上げた。
ベッドの上にルチアをそっと下ろすと、アレッシオは触れるだけの優しい口づけを落とした。
「痛くなかった?」
アレッシオは欲望のままに扉に押し付けてしまったルチアの背中を撫でた。先ほどの絶頂の余韻に浸っていたルチアは身体を震わせた。素直に快感を露わにするルチアが可愛らしく思えて、アレッシオは再びルチアの身体を愛し始めた。今度はゆっくりと労りを持って……。