あと一月ほどで誕生日を迎え、私は成人として認められる。ようやくアレッシオ様の後見を必要としない年齢に達するのだ。
アレッシオ様の元で働き始めて二年ほどが経つ。
これまでアレッシオ様のそばで、彼が幾人もの女性と夜を過ごすのを間近に見て来た。秘書の業務の一部として、彼女たちの為にディナーの手配や、プレゼントの手配もしてきた。
……もう限界。
これまで彼が付き合ってきた女性を見てきた限り、自分の容姿はアレッシオ様の好みとはかけ離れている。アレッシオ様は決して私に対する保護者としての態度を崩さない。十六歳の頃から思い続けてきたアレッシオ様への思慕の念を、私はようやく断ち切る決意をした。
成人を機に一人暮らしを始めるつもりで、いろいろと準備を進めてきた。幸い秘書技能を持っていたのですぐに新しい就職先を見つけることが出来た。これからは一人で暮らしていくのだ。そう自分に言い聞かせた。
いつか彼を愛さなくなる日が来るのだろうか?
私は辞表を手に彼の部屋の扉を開けた。
「なんだ。これは?」
「辞表です」
「どう言うことだ」
「辞めたいんです。新しい勤め先も見つけてあります」
感情のままに私は叫んだ。
「許さないぞ!」
私はアレッシオ様に一ヶ月後には彼の秘書を辞めたいと告げた。それに対する答えがこれだった。激昂したアレッシオ様は反駁を許さず、私の辞表は保留にされた。
やっと彼の元を離れることができるはずだったのに……。
それに、両親から残された成人と共に自分のものとなる信託財産もある。何の心配もないはずだ。
「とりあえず保留だ。業務に戻れ」
今までにない強い口調で命令され、私は仕方なく自分の机に戻った。私はいつものように仕事を片付けていく。アレッシオ様の明日の予定を書きだしておく。これは今日の終わりにでも机の上に置いておこう。手紙の仕分けと、私で対応できるものであれば返事を書く。今日の分の仕事が大体片付くと、時刻は夕方となっていた。
私は仕分けた手紙を持ってアレッシオ様の部屋を訪ねた。
「失礼します。手紙をお持ちしました」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
私はいつもの場所に手紙を置いた。
椅子に深く腰掛けていたアレッシオ様が、突然私の手をつかんだ。
「どうしました?」
今までにない接触に私の心臓は鼓動を早めた。
「今夜の予定をすべてキャンセルしてくれ」
「かしこまりました」
何とか秘書の顔を取り繕って、部屋を出る。確か今夜は最近お気に入りのサンドラ嬢と夕食を取る予定だったはず。
私はサンドラ様へと夕食をキャンセルしたい旨の手紙を書き、屋敷にいる使用人の男の子に配達を頼んだ。あとはレストランへキャンセルの連絡をしなければと思って、鞄を机から取り上げた。伝言は今の男の子に頼んでしまったので、自分で行った方が早そうだ。
部屋から出ようと扉を開けると、アレッシオ様が厳しい顔で立っていた。
「あの?」
「ルチア、夕食に付き合ってくれ。辞表の件について話がしたい」
「……わかりました」
私はしぶしぶ頷いて、アレッシオ様の後について玄関へと歩いて行った。玄関前のポーチには既に馬車が用意されていた。アレッシオ様に手を取られ、馬車に乗り込む。アレッシオ様から受ける初めての女性らしい扱いに私は戸惑いを隠せなかった。
馬車はすぐに動き出した。向い合わせに座っていると、アレッシオ様の視線を感じて顔を上げる。アレッシオ様の厳しい光を湛えた瞳と目があった。
こんな目で見つめられたことが有っただろうか? 仕事で失敗した時でさえ、こんなに厳しい顔を見たことがない。
そんなに怒らせてしまったの? 私がアレッシオ様のそばを離れるのはそんなにいけないことなの? 答えの出ない問いが頭の中を駆け巡った。私が思い悩んでいるうちに馬車がレストランに着いたらしい。
再び手を取られ、馬車を降りる。扉係に扉を開けられ、レストランに足を踏み入れると、給仕長が挨拶にやって来た。
「お待ちしておりました、クレメンティ子爵様」
給仕長はそのまま私たちを奥まった人目につかない席に案内してくれた。椅子を引かれて腰を下ろすと、すぐにメニューが運ばれてくる。
「ルチア、何が食べたい?」
「こういう場所は初めてなので、よくわかりません」
「では、私が頼んでおく」
メニューはすべてアレッシオ様にお任せして、私は辺りを見回した。ほとんどの席が埋まっており、繁盛しているらしい。
いつもアレッシオ様はこんな場所で女性と食事をされるのね。やっぱり私は場違いだわ。
落ち込んでうつむいていると、飲み物と前菜がテーブルの上に並べられた。
「ルチアももう少しで成人だから、お酒を飲んでもいいだろう」
アレッシオ様は私の誕生日を覚えていて下さったのだ。けれど、ふとあることに気付き、喜びはすぐに掻き消えた。
私の後見を務める必要がなくなり、義務から解放されるのだもの。覚えていても当たり前ね。
私はアレッシオ様に勧められるまま、グラスに口をつけた。甘く爽やかな味はお酒を初めて飲む私にも美味しく感じられた。
しばらくは黙って料理を楽しんでいたが、料理も後半となりおなかが膨れてきたところで、アレッシオ様が話を切り出した。
「さて、ルチアはなぜ今頃になって秘書を辞めたいと言い出したのだ?」
「あとひと月で成人を迎えます。アレッシオ様に後見をしていただく必要が無くなります。これ以上ご迷惑をおかけしたくありません」
嘘だった。これ以上アレッシオ様のそばで彼が女性と付き合う姿に耐えられなくなったのだ。叶わない恋と知っていても、限界だった。
「私は君のことを迷惑だと思ったことは一度もない」
「ですが、アレッシオ様には十分良くしていただきました」
「秘書の仕事が嫌になったのか?」
「いいえ、とてもやりがいがあります」
「やはり君が辞める理由が私にはわからない」
私はうつむくしかなかった。本当の理由など言えるはずもない。
「もしかして……付き合いたい人が出来たのか?」
アレッシオ様の思いがけない言葉に私は顔を上げた。なぜそういう話になるのだろう。
「図星か?」
「まさか、そんな人いません」
慌てて否定するが、アレッシオ様の顔がどんどん険しくなってくる。
「どうだか怪しいな。こんな大事なことを隠していたのだから。まさかもう……」
「付き合っている人なんていません!」
私はやけになってグラスを煽った。喉を通り過ぎたお酒は、冷たい感触の後おなかが熱くなった。やけに視界がふらふらとしてくる。どうしたのだろう?
「ルチア、そんなに一気に飲んではいけない!」
アレッシオ様の慌てた顔が見える。すみません。なんだか……ねむ……い。
私は温かい温もりに包まれて目を覚ました。目を開けると自分の部屋の天井が目に入った。
あれ? いつの間に帰ってきたのだろう? そういえばどうしてこんなに温かいのだろう?
ふと気づくと誰かの腕が私を抱えている。身体をよじるとアレッシオ様の顔が見えた。
どうして?
「起きたのか?」
「すみません。私、どうしたんでしょうか?」
「酔いつぶれたから、家まで運んできただけだ」
「それではこの状況の説明になっていません」
「そうか?」
私の唇はいきなりアレッシオ様の唇によって塞がれた。どういうこと? どうしてアレッシオ様が私にキスしているの?
アレッシオ様が私の唇を塞いでいる為、上手く息が出来ない。苦しい。
「キスするときは、鼻で息をしなさい」
「……っはあ」
大きく息を吸うと、ようやく意識がはっきりしてきた。
「おやめください、アレッシオ様」
私はアレッシオ様の腕から逃れようと腕を突っ張らせるが、鍛えている男性の力にかなうはずもなく徒労に終わった。
「やめない。ルチアが逃げないと誓うまで放すつもりはない」
「……どうして?」
「いまさら、ほかの男の元へなどやるものか!」
アレッシオ様の声と共に私の服が破かれた。室内に絹を裂く、甲高い音が響き渡る。
「いやぁ!」
「ルチア、逃げないと誓え!」
私は信頼するアレッシオ様の信じられない乱暴な振る舞いに混乱し、言葉は耳をすり抜けた。びりびりとボタンがはじけ飛び下着だけの姿にされ、私は恐慌状態となっていた。
「ぃやぁ!」
アレッシオ様は青紫の瞳の色を濃くして、爛々とした光を湛えて私の顔を見つめていた。
下着だけの姿にされ、両手を頭の上で一まとめに片手で縫いとめられる。私は無駄と知りつつも身をよじって抵抗した。
アレッシオ様の唇と手が私の身体の上を這いまわる。下着の上から胸を吸われると、もどかしいような熱が腰のあたりに溜まっていく。首筋を舐め上げられ、私は身体を震わせた。
「ルチア、ルチア」
アレッシオ様が私の耳元で、熱に浮かれたように名前を繰り返し呼んでいる。
いや、やめて。どうして?
アレッシオ様に愛されることを夢見たこともあったけれど、それはこんな風に無理やりじゃない。そう思うのに、身体は勝手に与えられる快感を拾い上げていく。
耳朶を噛まれ、私はわけのわからない感覚に翻弄された。これは何?
「アレッシオ様……何を?」
「様はいらない」
「アレッシオ……もう……止めて……下さい」
「逃げないと誓うか?」
「……できません」
私は霞がかった意識の中で首を横に振った。
「ならば、逃げられないようにするまでだ」
アレッシオの唇に再び塞がれる。
「ふぅっ……、あ、はぁっ」
私の意識は嵐のような快感に翻弄され、舞い上がり、引きずり落とされ最後には暗闇に落ちた。
次に私が目覚めたとき、アレッシオ様の温かい寝息が頭にかかり、愛された幸福感と最後までは抱かれなかった喪失感に涙が溢れた。昨夜の行為が男女の本当の営みではないことは、そのような話に疎い私でもわかる。
やはり私ではだめなのだ。私では彼に抱かれる価値もなかったのね……。
静かに涙が溢れて目じりを伝った。
「ルチア、起きているのだろう?」
突然アレッシオ様から声を掛けられ、私は身体を強張らせた。
「……はい」
「身体は辛くないか?」
「大丈夫です」
本当は少し腰がだるい。
「今日の仕事は休みにしよう。ゆっくり休みなさい」
「……わかりました」
背中からぬくもりが消える。
「私が仕事を終えて戻ってくるまで、このベッドで待っていてくれるね」
アレッシオ様の願いを聞くことはできない。けれどここは承知したふりでやり過ごそう。
「はい」
アレッシオ様が身支度を整え、部屋を出ていく気配がしてから、ようやく私は身体を起こした。
身体を見下ろして、胸元に散らばる紅い痕に驚いた。
何、これ?
腫れてはいないから、何かに刺されたわけではないみたい。これってもしかして……。いわゆるキスマークというものだろうか?
もう、何が何だか分からない。アレッシオ様の事を忘れて一人暮らしをするはずが、何でこんなことに? でも……、これで良かったのかもしれない。今ならアレッシオ様のそばを離れられる気がする。
遠慮がちなノックの音に私は我に返った。
掛布の上に置かれたローブに袖を通してから、返事をする。
「どうぞ」
「失礼いたします。掃除に参りました」
私は掃除に来たメイドと顔を合わせたくなくて、慌てて自分の部屋へと戻った。昨夜の痕跡は綺麗に取り払われ、シーツも交換されている。
私は力が抜けて、ベッドの上に転がった。さまざまな疑問が浮かんでは消えていくが、何一つ満足を覚える答えは見つけられなかった。
ふとお腹がすいていることに気づいて時計を見ると、もう昼近い時刻だった。どおりでお腹がすいているはずだ。呆けている場合ではない。
私は勢いをつけて立ち上がった。いつも仕事に着ていく服に着替え、鞄に荷物を詰め込む。あんなことがあった以上、アレッシオ様のそばには居られない。二、三日分の着替えを鞄に詰め込んで玄関に向かうと、執事に頼んで馬車を呼んでもらった。
たまたま流していた馬車がつかまり、私は追われるように馬車に乗り込んだ。
「お嬢さん、どちらまで?」
「駅までお願いします」
私は座席に座ると、ようやく一息ついた。さて、どこへ行くべきか。とりあえずお昼ご飯にしよう。朝から何も食べていないことに気づく。
駅に着くと、近くのカフェへと足を向ける。夜はバーとして営業しているが、お昼は料理を手ごろな値段で提供している店を思い出した。ミートパイと珈琲でお腹を満たすと、今度こそ駅に向かって歩き始めた。
クレメンティ領は論外だが、リーザの居るカッペリーニ領もすぐにアレッシオ様にばれてしまいそうだ。木を隠すには森の中という格言を思い出し、私は切符売り場を離れて馬車が止まっているロータリーへ向かう。
馬車を呼ぼうと上げた手をつかまれる。
「どこへ行く気だ?」
「アレッシオ様!」
どうしてここに? 仕事へ行ったのでは無かったの?
「執事が早馬で知らせてくれた。ルチアが出て行ったと……な」
疑問が顔に出ていたらしく、あっさりと答えを与えられる。
「逃げるなと言ったはずだが、どうやら約束を守る気は無いらしいな」
いつになく苛立ったアレッシオ様の様子に、私は怯えた。つかまれた腕が痛い。
「手を放してください」
「放すとどこへ飛んで行ってしまうかわからないのに、放す馬鹿はいない」
アレッシオ様の乗ってきた馬車に強制的に乗せられた。荷物も取り上げられ、私の短い逃亡劇はあっけなく幕を下ろした。
さすがに動く馬車の中からは逃げないだろうと手を放してはくれたが、屋敷に到着したとたんに再び腕をつかまれ、アレッシオ様の寝室へと連行される。
「もう、待たない」
アレッシオ様は私の身体をベッドの上に押し倒した。いやっ、また昨夜のような目に会いたくない!
アレッシオ様は首に巻いていたクラバットを解くと、私の手を頭上で纏めて縛ってしまった。
「いやぁ」
「煽ったルチアが悪い」
煽った覚えなんて無い。
アレッシオ様は私の服を手慣れた手つきで脱がせてしまった。どれほどの女性がアレッシオ様の手で脱がされて来たのだろうか。
「止めて下さい。アレッシオ様」
「アレッシオと呼べとあれほど言ったのに、言うことを聞けない悪い子にはお仕置きだな」
「やあっ」
私は衣服をはだけられ肌が露わになる。一方のアレッシオ様は未だに喉元をくつろげただけの姿だ。
「今日は我慢できそうにない。痛いかもしれないな」
まろやかなふくらみをアレッシオ様の手が覆った。そのまま揉みしだかれ、私の身体は覚えさせられたばかりの快感を勝手に追い始めた。
「ふぁ……あぁん」
いやらしい声が勝手に口をついて出る。結局は好きな人に抱いてもらえるかもしれない期待に、身体が応えてしまうのだ。私は自己嫌悪を感じながらも、抵抗をする気は起きなかった。
「アレッシオ……逃げないから、腕を解いて?」
アレッシオは私の腕を戒めていたクラバットを解き、腕のあたりに引っ掛かっていた服を取り去った。
急に口を塞がれ、息が荒くなる。差し入れられた舌に自分の舌を絡めると、アレッシオの片方の眉が上がった。
「どこで覚えてきた?」
アレッシオが怒りを孕んだ瞳で見つめてくる。
「知ら……ない。アレッシオしか……しら……ない」
荒い息を整えながら、なんとか答える。
「ふっ」
うやくアレッシオが口の端に笑みを刻んだ。
アレッシオは急に優しい手つきになり、私の胸に手を添えた。頂を強く吸われ、全身に慄きが走る。
昨夜つけられた時よりも色の濃くなった胸元に、さらに重ねるように痕を残される。
「ふぁ……あ……」
思わず漏れた声に私は口を手で押さえた。
「こらえるな。ルチアの声を聞かせてくれ」
アレッシオの言葉になんとか手を下ろしたものの、再び胸を攻められると声が漏れてしまう。私はシーツにしがみついた。
「そんなものにしがみつくな。どうせなら私に縋ってくれ」
その言葉に誘われて、おずおずとアレッシオの首に手を伸ばした。柔らかな黒髪が指に触れる。
アレッシオの指がいつの間にか脇をたどり、太ももに伸びていた。ゆっくりと太ももを撫でると、私の足をつかみ広げさせられる。いきなり露わにされたことが恥ずかしく、わたしは顔をそむけた。
アレッシオの指が金色の叢をかき分け、花びらにそっと触れる。
「ふぁ、あ、あ」
ゆっくりと撫でられ、腰の奥にもどかしいような快感が溜まっていく。
「ふ、濡れているな……。だが、十分ではない」
アレッシオが私の秘所に顔を近づけた。なにを?
私が混乱している間に、アレッシオは花びらをそのうすい唇で吸い、舐め始めた。
「っや、あ、やめっ」
与えられる初めての感覚に、私は翻弄され、わけが分からなくなる。
「こんなに蜜をあふれさせているのに?」
アレッシオは意地悪く顔を見上げて尋ねてくる。
私はすぐに答えることができなかった。アレッシオから与えられるものを期待している自分に気づく。
ああ、もう。恥ずかしい。
アレッシオは花びらに触れながら、答えを待っていた。
「……おね……がい」
「いい子だ」
ようやく絞り出すように答えると、アレッシオはにやりと笑いながら再び花びらに唇を寄せた。与えられる感覚は、鋭すぎて気持ちいいのか私にはわからない。けれど、確実に月のものではない濡れた感覚がお尻の方に伝うのを感じた。
いや、ああ、おかしくなってしまう。やめて、やめないで。
突然、アレッシオの指が中へと侵入してきた。私は慣れない圧迫感に息を詰めた。
「……ん」
「息を吐いて」
アレッシオの言葉に従って、詰めていた息を吐くと自然と身体の強張りがほぐれた。それを待っていたかのようにアレッシオは指を内部へと更に進めた。
「ああっ!」
「きついな……」
侵入する指は一本だけだというのに、ものすごい圧迫感を覚える。何かに押し返されるような感覚があり、アレッシオは指をそれ以上進めるのをやめた。
苦しい。十分に濡れているはずなのにこんなに苦しいなんて……。
私は苦しさに顔をゆがめた。
「は……あ……ぁ」
アレッシオは指をそのままに、私に口づけを与えた。意識が指の入れられた場所から逸れ、口付けの心地よさに徐々に頭に霞がかるようにぼうっとしてくる。差し入れられる舌に応えていると、身体から力が抜けていくのがわかった。
アレッシオは口づけを続けながら、中へ入れる指を増やした。
「あぁ!」
増やされた指に、私は思わず声を上げた。中を広げられる苦しさに、目じりに涙が浮かんでくるが、それもアレッシオの口に吸い取られた。再び口付けで宥められ、私の意識は口に集中していた。アレッシオが増やした指を動かし始めてもそれほど苦しさを感じないようになってきた。
「ふぁ、あ……あぁ……」
口付けの合間を縫って、勝手に声が漏れる。恥ずかしさに頬を染めると、アレッシオの苦笑する顔が見えた。やはり最後まで抱いてはもらえないのだろうかという不安が頭をよぎる。
「アレッシオ、ちゃんと……して?」
「馬鹿者。煽るなと言ったのに……」
アレッシオは私に触れていた指を外し、服を脱ぎ始めた。
アレッシオの苦しそうな表情に、私は動けないまま彼が脱ぎ終えるのを見ていた。全ての衣服を脱ぐと、アレッシオの猛った雄が腹にくっつきそうなほど反りかえっている。その雄々しい姿に私は怖気づく。
あんなの、無理。指でも苦しかったのに、入るわけがない。
「ルチア、息を吐いて」
アレッシオは猛り切った雄に手を添えながら、秘所の入り口にあてがった。指示通りに大きく息を吐くと、アレッシオは見計らったようにその切っ先を私の中に侵入させた。
あ、ああっ。苦しい。痛い。苦しい。熱い。
「あ……あ……」
涙が堰を切ったように勝手に流れ出す。
アレッシオはそのまましばらく馴染むのを待つように、動かなかった。徐々に苦しさに慣れてきた私はアレッシオの顔を見上げた。
アレッシオは苦しさをこらえるように、眉間にしわを寄せていた。
気持ちよく無いのだろうか?
「アレッシオ?」
私の言葉を待っていたかのように、アレッシオは私の中を突き進んだ。お腹の奥の方でぶちっと何かが切れるような感覚と共に鋭い痛みが走った。
「きゃあぁ!」
やだ。痛い、痛いの。やめて、抜いてぇ。
「やぁ、痛い……」
私の泣き声にもアレッシオは突き進んだ先でそれ以上は動かさず、何かに耐えているような顔をしていた。
「泣くな」
アレッシオの宥めるようなキスに、徐々に痛みが薄れてくる。身体から力が抜けてくると、引き裂かれるような痛みも少し和らいだ。未だじくじくと痛む場所に入ったまま、アレッシオは身体を動かさず、私は不安にかられた。
「アレッシオ、気持ちよくない?」
「気持ちいい……が、もっと動かしたい。だが、今動くとルチアが痛いだろう?」
「……いいよ。動いても。アレッシオがくれるなら痛みでもいい」
「っく、我慢しようとしているのに、知らんぞ」
アレッシオは言葉の通り、ゆっくりと腰を動かし始めた。引き攣《ルビ:つ》れるような感覚と共に、花びらを愛された時のような感覚が足の間から湧きおこる。
私は目をつむり、アレッシオにしがみついた。
アレッシオの汗ばんだ首筋に顔をうずめると、ムスクのような男らしい香りが鼻をくすぐる。
早くなっていく腰の律動に、私は声が漏れるのを止められなかった。
「っはぁ……あ……あ……ん」
「っく、ルチア。いいぞ」
アレッシオは強く腰を打ち付けると、さざ波のような快感が私を襲った。その波は次第に強くなり、知らず知らずのうちにつま先がギュッと内側に曲がっていた。
「ああっ、ルチア、そんなに締め付けるな」
私の中で体積を増したアレッシオの雄が私を突き上げる。
「っはあああん」
私からあふれた蜜が、アレッシオに掻きまわされぐちゅぐちゅと音を立てる。卑猥な音に私は恥ずかしくなり無意識のうちに彼を締め付けた。
「っぅう、ルチア持たない。イくぞ」
アレッシオが私の腰を掴み、自分の腰を強く打ち付ける。何度かそれを繰り返すと、私の中でアレッシオの欲望が脈打つのを感じた。
「っふ、う、あぁ」
アレッシオの口から洩れる快感の声に私は満足しながら、意識を飛ばした。
私が気付いた時、湯船の中に居た。
どうして?
身じろぎすると湯船に沈みそうになり、後ろから抱えられる。
まさかアレッシオが?
「気付いたか?」
「アレッシオ!?どうして?」
「汚れていたから」
「そんな……勝手に……」
私は羞恥に居たたまれなくなる。立ち上がろうとすると、アレッシオの腕につかまれ身動きができない。
「身体は大丈夫か?」
正直、足はだるいし腰も重い。極めつけは下腹部の痛みだ。暴かれた場所は未だに何か入っているような感覚があるし、入り口はお湯が染みて少し痛い。
「あんまり……」
「優しくしたつもりなのだが、すまない」
「あのっ、それよりも、放していただけませんか?」
「嫌だ。また逃げるだろう?」
アレッシオは私が逃げたことをかなり根に持っているようだ。いつもは後ろに撫でつけている前髪が前に垂れて、顔を若く見せている。
なんだか可愛いと思ってしまった私の感覚がおかしいのだろうか。
「ふふっ」
思わず漏れた笑い声に、アレッシオは余計に拗ねてしまったようだ。
「どうなのだ?」
「もう、逃げるのはやめました。だから放してください。このままだとのぼせてしまいそうです」
「仕方ない」
アレッシオが手を放してくれたので、ようやく立ち上がることができた。股間からぬるりと月のもののような感触がして、見下ろすと白濁に交じって紅い破瓜の証が流れ出していた。
私は慌てて再び湯の中に身体を沈めた。
「ああ、流れ出したのか」
恥ずかしいからそういうことは言わないでほしい。
しばらく湯に浸かっていたが、アレッシオが上がらないので、覚悟を決めて湯船から立ち上がる。そばに置かれたタオルを取り上げ、髪と身体を拭いていく。隣に置かれたバスローブに手を通していると、アレッシオも湯船から上がってきた。
彼は簡単に全身を拭うと、さっさとバスローブに袖を通した。アレッシオは寝室へと続く扉を開けると、私の手を引いてソファに座らせた。二人並んでソファに腰掛けると、アレッシオが口を開いた。
「本当に逃げないか?」
「ええ」
彼に愛される喜びを知ってしまった今、私から彼の元を去るという選択肢は考えられなかった。
「少し話をしようか」
「?」
何の話だろうか?
「少し長くなるかも知れない。お腹は空いていないか?」
「そういえば、すこし……」
と言いかけたところで、私のお腹が空腹を主張した。
「ははっ。ルチアのお腹は少しではないと言っているようだな」
アレッシオは机の上のベルを鳴らすと、メイドを呼びつけた。
「ルチアには夕食を、私には何か軽くつまめるものと、ワインを持ってきてくれ」
「承知しました」
メイドと顔を合わせるのが恥ずかしく、私は顔をうつむけたまま視線を避けていた。メイドが部屋を去る気配を感じて、ようやく顔を上げた。すると、真摯な光をたたえたアレッシオの瞳と目があう。
「私との関係を知られるのがそんなに嫌か?」
「いえ、そうではなく……、養い子と噂になってしまうアレッシオに申し訳なくて」
「それがそんなに悪いことなのか?」
「だって、私はアレッシオ様の後見を頂いているただの小作人の娘です」
自分で口にすると、ますます悲しみが込み上げてくる。
「ルチア。そんな風に考えていたのか……」
アレッシオは茫然としている。
「すまない……。私がきちんと話していれば良かった。ルチア、君は小作人の娘ではないよ」
「えっ! どういうことですか?」
訳が分からない。父は確かにアレッシオ様の領地で土地を借りて農業を営んでいたはずではなかったの?
「クリスはアッカルド公爵の息子だ」
アレッシオの突然の発言に私の理解が追いつかない。父が公爵の息子だったと?
「そんな……信じられません」
「ニコラと駆け落ちして結婚したときから、アッカルド公爵とは絶縁状態だった。二人が亡くなった時に、アッカルド公爵にも連絡を取ったのだが、公爵は持病の発作を起こしてしまって、ルチアを引きとれる状態ではなかった」
「それでは、私にはおじい様がいるということですか?」
「ああ、本当は公爵が回復されてから、ルチアを引きとりたいという申し出があった。けれど私がルチアを手放したくなくて、成人するまで待ってほしいとお願いしたのだ」
私にはおじい様がいた。天涯孤独の身ではなかったのだ。そして、アレッシオは私を手放したくなかったと言ってくれた。少しは期待してもいいのだろうか?
丁度部屋の扉がノックされ、メイドと執事が食事の乗ったワゴンを持って部屋へと入ってきた。テーブルの上に手際よくセッティングしていくが、考え込んでいた私には彼らを気にする余裕はなかった。
「お腹が空いたのだろう? 食べながらでいいから話を聞いてくれるか?」
「……はい」
私は急速に食欲が無くなっていくのを感じていたが、アレッシオの勧めるままフォークとナイフを取り上げた。私が料理を口に運ぶのを確認して、アレッシオも料理に口をつける。
「クリスとニコラの駆け落ちには私が手を貸したのだ。クリスとは学生時代からの腐れ縁というか、なにかと一緒になることが多かった。ニコラがルチアを妊娠していたから、一刻も早く父上の手の及ばないところへ逃げたいと頼まれた。だから二人を私の領地にかくまっていたのだが、ただ世話になるのは心苦しいからと、小作人のように暮らすことをクリスが望んだから土地を貸したのだ」
私は驚きに目を見張るばかりだ。
「けれど初めて農業に携わる二人がそんなに上手くいく訳がない。その代わりに私の領地の仕事を一部クリスに手伝ってもらっていたのだ」
だからあれほど頻繁にアレッシオは家に来ていたのね……。おぼろげながら昔のことが思い出される。
「二人が亡くなって私は寂しかった。ルチアがそばにいてくれて、私も本当に救われたのだ」
そんなことはない。救われたのは私の方だ。寂しさに泣いていた夜にそばにずっと付き添ってくれたのはアレッシオだ。
アレッシオは手にしたグラスのワインを煽った。
「もうひとつ、ルチアに言わなければならないことがある」
何だろう? これ以上は心臓が持ちそうにない。
「ルチア、成人を迎えたら私と結婚してほしい」
今、なんと?
驚きのあまり、私は自分の耳が信じられずにいた。
「ルチア! 聞いているのか?」
「はっ、はい!」
「それは求婚に対する返事なのか?」
「いえ、聞いています」
「それで、どうなのだ?」
そんなこと急に言われても……。
「あまりに急なお話で……、どう考えていいのか……」
「私と結婚するのがそんなに嫌なのか?」
嫌ではない。だから困っているのだ。二人の間に立ちはだかっていた身分の差という壁が取り払われたけれど、アレッシオは肝心の言葉を言ってくれていない。なぜ私に求婚する必要があるのだろうか? 私の初めてを奪ってしまった罪滅ぼしなのだろうか。そんな理由では頷くことはできない。どうしたらいい?
「いえ、そうではなく……理由をお伺いしてもいいでしょうか?」
「理由か……。そうだな、私はいつも肝心な事を言い忘れてしまう」
私は痛いほど心臓の鼓動が速くなるのを感じた。どうしよう。聞きたいけれど聞きたくないような……。
「ルチア、愛している」
愛している? アレッシオは本当に私を愛していると言ったの?
「……本当に?」
「ああ、私はずっとルチアを愛している。だから結婚してほしい」
「本当に? 義務感ではなくて?」
「本当だ。第一手放そうとして手放せなかったんだ。もう、ルチアを手放す気はないぞ。ルチアが私を愛してくれるまで、口説くつもりだ」
ああ! 本当に? 私はアレッシオを信じてもいいの?
「いつも、綺麗な女性を連れていたでしょう?」
「みんなルチアの代わりだ。愛そうとしてみたが無理だった」
嘘! あんなに綺麗な女性たちに私が敵うはずないのに……。
「愛していると言っても信じてもらえないみたいだな」
私はアレッシオの言葉に頷いた。今までの行動を見る限り、私にはどうしても信じられない。
「では、これからの行動で信じてもらうしかないな」
アレッシオは食事中だった私の手にあるナイフとフォークを取り上げると、横抱きに抱き上げた。
「ちょっと! アレッシオ?」
慌てふためく私にはお構いなしに、アレッシオはベッドへと身体を運んでいく。
「結婚してくれるというまで、放してやらない」
アレッシオは言うなり、私の唇を塞いだ。今までアレッシオに触れられた中で一番優しいのではないかというほど、そっと唇を啄《ルビ:ついば》まれる。そのままローブに手を掛け脱がされてしまった。
「アレッシオ……」
「ルチア、返事は?」
本当に信じていいの?
「……は……い」
私はわずかな疑念を抱きながらも頷いてしまった。アレッシオのそばに居られるなら、それでいい。
「ああ、ルチア。ルチアっ!」
アレッシオは口づけを深めた。舌を強く吸われると、ああ、何も考えられない。
アレッシオの手が強く私を抱きしめる。その感触だけが、彼に抱かれているという真実だ。
私もアレッシオの身体に抱きついた。彼の肌は熱く、触れ合う部分は欲望を明確に主張していた。
「ルチア、やっと、私のものだ」
アレッシオの手は私の臀部に伸び、割り開かれる。双丘のおわりの辺りをそっと撫でられると、電流が走ったかのように身体がびくりと跳ね上がった。
「あ、ああん!」
自分が思うよりも高い声が漏れ、恥ずかしくなる。アレッシオの顔を見上げると蕩けそうに甘い目で私を見つめている。
は、恥ずかしすぎる。
股間に割り入れられた彼の太ももが私の秘所を微妙な加減で擦り、私は中から蜜が溢れだすのを感じて、腰をくねらせた。
「はぁあん」
もうだめ。変な声が出ちゃう。
アレッシオの手が体中を這いまわり、唇は触れていない場所が無いほど、いろいろな場所をたどった。そのたびに私の身体には小さな快感が弾け、腰のあたりに熱が溜まっていく。意識が白く塗りつぶされ、私は欲望の荒波にのみ込まれた。
「あぁ……、アレッシオ、もぅ、ああん」
もはや自分が何を喋っているのかもわからず、快感の波に翻弄される。
「ああ、ルチア……。可愛い」
アレッシオの手は留まることを知らず、私の花びらへと伸びてくる。溢れだした蜜はシーツをぐっしょりと濡らしていた。
アレッシオの指が私の中を探っている。入り口から少し入った場所に指が差し掛かったとき、私の身体は再び欲望の頂へと押し上げられた。
私が身体を震わせた場所を、アレッシオが強弱をつけ指を抜き差ししながら触れてくる。
「はぁああぁん」
じゅぶじゅぶといやらしい音が聞こえているが、膜がかかったように意識はどこかに彷徨っていて気にならない。アレッシオに与えられる快感だけが私を支配していた。
「あ、あ、あぁ、やぁー」
私の意識は再び白く塗りつぶされた。
私は身体を揺さぶられる感覚に目を覚ました。
「ふぁ、あぁ」
目の前にアレッシオの顔があり、驚く。彼の眉は顰められ、大人の色香を漂わせている。
「ああ、ルチア」
耳元で囁かれる低い声に、勝手に身体が反応する。アレッシオに穿たれ、すでに二人が繋がっていることを知った。
「あ、アレッシオ、いつの間に?」
「ルチアが気を失っている間に。あまりに可愛いらしくて我慢できなかった。あぁ……」
彼が時折漏らす、うめき声に煽られて私は無意識に彼を締め付けた。
「ふぁ、……あぁ……ん」
量《ルビ:かさ》をましたアレッシオが私の中を擦り上げる。強すぎる快感に私はいつの間にか涙を流していた。
「ルチア……痛いのか?」
「ちがうの、怖い。あぁ、なんだかおかしくなってしまう」
「怖くない。そのまま身をゆだねて」
アレッシオの囁きに私は彼に身を預けた。
「アレッシオ、好きなの。……ずっと、ずっと!」
膨れ上がった気持ちがはじけて、思わず口をついて出ていた。
「あぁ、ルチア。嬉しい!本当に、私のものだ!あぁ、もたないっ!」
アレッシオは身体を震わせながら、欲望を私の奥底へと吐き出す。私を強く掻き抱きながら、耳元で熱い吐息を漏らした。
「は、ぁ」
大きく息をついて、アレッシオは長い吐精を終えた。
涙で霞む視界の中で、アレッシオの満足げな顔を見て私も満たされる。彼の腕の中で乱れた息を整えていると、繋がったままアレッシオが口づけを落としてきた。
「本当に、私のことが好きなのか?」
「ええ、好きです。あなたを愛しています。もうずっと長い間……」
「ルチアっ!」
「ふぁ……ん……」
私の言葉は彼のキスによって意味のないものになっていった。唇を触れ合わせるだけで、快感が生まれていく。
「ん……ふぅ……」
アレッシオは私の中に入ったまま、次第に容量を増している。圧迫感に気付いた私はアレッシオの舌に自分の舌を絡めた。するとその容量を一気に増し、私はその形をはっきりと感じた。
「ルチア、愛しているよ」
「アレッシオ、私も……愛して……います」
アレッシオは体勢を入れ替えると、私を彼の身体の上に乗せた。私の体重で深く繋がった場所から、快感が生まれ全身を駆け巡る。
「ひゃ……あ……ん」
「ああ、ルチア。可愛い」
下から私を見上げ、アレッシオは嬉しそうに笑う。無邪気な笑みとは反対に、繋がった場所は獰猛に私をつき上げ始めた。彼の手は私の腰を掴み、遠慮なく揺さぶられる。
「ふぁ、ああ……やぁ……」
アレッシオは獰猛な笑みを浮かべながら、腰を打ち付ける。
「ルチア、一緒に……」
「あ、あ、アレッシオ……」
私は全てを見られる恥ずかしさに顔を逸らす、が、すぐにそれどころではない快感に翻弄され、何が何だか分からない内に快感の頂点へと意識が放り出された。
「あ…………あ……ん」
大きく口を開けて息をしようとするが、それもままならず私はアレッシオの身体の上に崩れ落ちた。アレッシオも眉間にしわを寄せながら、共に頂点へと駆けのぼった。
「ルチア……愛している……」
耳元で囁かれる甘い言葉を聞きながら、私は眠りの海に漂った。
私も愛しています。アレッシオ……。