レイが食堂で昼食を取っていると、向かいの席に立ちはだかる人影に気付いて顔を上げた。
先日着任したばかりのイリヤだと気付いたレイは表情を消した。
「ここ、いいでしょうか?」
「他にも場所は空いている」
「アルファ、貴女とお話がしたいのです」
青いイリヤの瞳に浮かぶ懇願するような光に、レイは渋々頷いた。
「ありがとうございます」
イリヤは表情を変えないまま、食事の乗ったトレイを机の上に置きレイの向かいに腰を下ろした。
「思っていたより忙しい職場ですね」
「そうか」
レイは最低限の答えを返すと食事に集中した。レイは局員とコミュニケーションをとる必要性を感じていなかった。仕事さえきちんとこなしてくれればいいし、結局は個人の能力次第の仕事となるため、軍隊としての規律さえ守ってくれればそれでよかった。
「アルファ、貴女の名前を教えていただけませんか?」
「ここではコードネームで呼び合うのがルールだ。必要ない」
レイはイリヤの願いをすげなく跳ね除けた。
レイはSectionのリーダーとして局員のプロフィールは知っているが、局員同士は互いの事は全く知らない。必要であれば話すだろうというスタンスだ。
「貴女と親しくなれば教えていただけますか?」
「さあな」
食事を終えたレイはトレイを持って立ち上がった。
返却口へトレイを返し、食堂を出たところで廊下に背中を預けて立っているラムダの姿が目に入った。
「ファイは貴女に一目ぼれしたと言っていた」
「そうか」
――だからどうしろと言うのだ。同じ職場で恋愛感情を持つことは時に命取りになる。そのことにファイは気づいているのだろうか?
レイはラムダの言葉を聞き流し、通り過ぎようとした。
ラムダはレイの予想通りの行動に苦笑しながら、レイの肩に手を掛けようとした。
レイは咄嗟に肩に伸ばされた手を払った。
ぱしん。
レイは自分でもラムダの手を払ったことに驚いていた。
「すまない。貴女が触れられることが嫌いなことを失念していた」
ラムダの謝罪にレイは自分の方が謝るべきなのに、上手く口に出せない自分に苛立った。
「別にいい」
続いて謝罪の言葉を口にしようとしたところで、フロア全体にアラートが鳴り響いた。
「第一種戦闘状態発令!局員は直ちに戦闘配置についてください」
本部のセキュリティ担当AIであるスケープゴートの人工音声が非常事態を告げる。
局員たちは自分のBDUへと着替えるため、部屋へと一斉に走り出した。レイも自室でBDUを身に纏い、部屋に備え付けられたVVM(Virtual Viewing Machine)のコクピットに体を沈めた。
仮想空間へとダイブしたレイはすぐに異常事態に気付く。本部の周囲に赤い翼と思われる集団が潜んでいることが分かる。
「くそっ!」
レイは思わず悪態をついた。
「各局員に告ぐ、本部はすでに包囲されている。現時点を持ってコード、トリプルナインを発動し現本部を破棄する。各員は各個撃破を行い、指示のあるまで既定の潜伏場所にて待機」
レイはインカムに向かって本部の自爆を局員に通達した。
これで皆はここを逃げ出したはずだ。
レイは自らの権限でスケープゴートに本部の破棄を命令する。
「非常事態と判断し、アルファの申請を許可します。コード、トリプルナインは十分後に起動シーケンスに入ります」
レイはAIからの回答にOKを出すと、VVMから飛び出した。
仮想世界と現実世界の差に慣れるまで、いつもは眩暈が続く。けれど今はそんなことを気にしていられる場合ではなかった。
保管庫から持てるだけの装備を取り出して身に付ける。小型のアサルトライフル、ナイフ、CE4爆薬と起爆装置、閃光弾や替えの弾薬も持てるだけ身に付けると、レイはエレベーターで地下の格納庫へと移動した。
レイの大型バイクが格納されている。レイはBDUのままバイクに跨った。
「アルファ、ここにいたのですか」
背後から掛けられた声にレイは驚いた。
「まだ残っていたのか!」
「はい。コード、トリプルナイン発令時の対応マニュアルがありませんでしたが、自己判断でこちらへ移動しました」
「トリプルナイン発令後は十分後に本部の破棄が行われる。あと、八分後だな。時間がない。後ろに乗れ」
「了解です」
ファイは素早くレイの後ろに乗り込んだ。
「しっかりつかまっていろ。あと、可能なら援護しろ」
レイはアクセルをふかすと、出入り口に向かってバイクを走らせる。
「アイアイ、マム」
レイは包囲網を突破すべく、前を見据えた。