「とりあえず、休め」
レイは隣の部屋にあるシャワーブースに向かって歩き出す。イリヤの存在にも構わず、次々とBDUを脱ぎ捨て、羞恥の欠片も無く下着を脱ぎ捨てシャワーを始めた。
レイには軍人ゆえの性差の羞恥はあまりない。生まれてからほとんどを軍の中で過ごしてきたからという理由も大きい。
しかし配属されて間もないイリヤには刺激が強すぎたようだ。表情を露わにしない男の顔に動揺が見える。
イリヤは茫然とレイがシャワーを使い終えるのを眺めていた。
見てはいけないと思いつつも、シャワーカーテンの向こうに見える人影にイリヤの目は吸い寄せられてしまう。
ゆっくりと髪を洗い流すレイの仕草はさながら女豹のように優雅で、淫靡だった。
レイはタオル一枚を巻き付けただけの姿でシャワーブースを出てくる。
茫然と佇むイリヤの隣をレイが通り過ぎると、ようやくイリヤの体は制御を取り戻した。
レイの使い終わったシャワーブースに入ると、シャワーの温度を下げて頭からかぶる。先ほど目にしたまろやかな曲線が頭から離れない。冷たい水がわき上がる欲望を静めてくれることはなさそうだった。
イリヤは諦めの境地でシャワーの温度を元に戻すと体を洗い始めた。
体に染みついた硝煙の匂いを洗い流すと、ようやく人心地つく。ざっと体を拭いて、腰にタオルを巻いた状態で部屋へと戻った。
ソファではレイが下着一枚の姿で寝ころんでいた。
「お前の体ではソファは無理だろう。ベッドを使え」
レイの姿を目にした途端、イリヤは体が熱くなるのを抑えることができなくなる。
「アルファ……」
イリヤは切ない声でレイの名を呼んだ。
「貴女を抱きたい」
「唐突だな」
レイは苦笑しながら、ソファから体を起こした。その姿は豹が獲物に襲いかかる直前のように静かに、優雅だった。
「それで、私はお前に抱かれてどんな利益がある?」
「さあ?でも私は貴女が欲しい」
「ふん。私をその気にさせることができるか?」
レイはイリヤをせせら笑った。
レイはこれまでの性交渉で快感を覚えたことがなかった。これがいわゆる不感症というものかと思っていた。
イリヤは腰に巻いたタオルをその場に落とし、ゆっくりとレイに近付いた。
ふとレイはイリヤの匂いに気づく。同じ洗髪料を使っているのに、匂いが違うのだ。これが彼の匂いか……。
スパイシーな香りに、レイはくらくらした。
いつもと異なる体の反応に自分で驚く。
薄暗い部屋の中でイリヤの青い瞳が、熱い欲望を湛えた光を放っていた。
「アルファ、口づけても?」
「好きにしろ」
イリヤの手が頭の後ろに回され、ゆっくりと唇が近付いてくる。レイは切なげに眉を寄せて近付くイリヤの顔をじっと見つめていた。
探るような触れるだけの柔らかい感触が唇の上をたどっていく。ぬくもりとイリヤの香りに包まれ、レイはふわりとめまいを感じた。
「綺麗だ」
イリヤの瞳はレイの金色の瞳を覗きこんでいた。目を合わせたままふたりの口づけは長く続いた。イリヤの態度は次第に大胆さを増し、唇の上を舐めまわしていた舌が唇の中に入り込む。
「はぁ……」
レイは今まで感じたことのない熱が体の芯にともるのをはっきりと感じた。
――なんだこれは?
顔には表れないがレイは軽いパニックを起こしていた。
――どうしてこいつのキスはこんなに気持ちがいい?
これまで感じたことのない感覚にレイは次第に翻弄され始める。レイはその感覚に生まれて初めて脅えを感じた。
「やめっ……」
「嫌だ、貴女はいいと言ったでしょう?」
イリヤの手がレイの手をつかんだ。手の甲にキスを落とすと、イリヤはそのまま指を口に含む。
「……っく」
レイは思わず反応してしまい、口を捕らえられた反対の手を握りしめ、口を押さえつける。
「だめ。ちゃんと貴女の声を聞かせて」
普段のイリヤからは想像もつかない表情に、レイは負けを認めた。握りしめた拳をゆっくりと解きながら手を下ろす。
イリヤは満足そうな笑みを浮かべて、指への愛撫を再開した。
「な……んでっ……」
レイの声が高く上擦る。
「知りませんでしたか?腕だけで女性は感じることができるのですよ」
武器を扱う男の手のひらは固く、ごつごつとしている。けれどレイに触れる指は優しく、ゆっくりとレイの性感を高めていく。
今までにない経験に、レイはどうしていいか分からなくなる。
イリヤの口と手はレイの腕をゆっくりと肩の方に向かって進んで行く。
「はぁっ」
レイは体をぶるりと震わせた。